「南泉さんって……すごい薄着ですね」
「……いいだろ別に」
「まあ、出陣のときは刀装持ってもらいますけど……」
だからといって敵の攻撃をすべて避けられるわけではない。は目の前でつまらなそうに頬杖を付く南泉一文字の服装に不安を覚えた。シャツ……はだけすぎじゃない?釦を1つしか留めていないせいで胸元と腹部がちらちら見える状態なもんだから、あの釦、全部閉めたい……という欲望に駆られつつ見つめていると「あんまりじろじろ見んなよ……猫じゃねえんだから」と不機嫌そうに呟かれてしまった。
「あ、すみませんつい……。でも、寒くないんですか?」
「別に」
「そうですか…………」
「……」
「……」
「……おい」
「な、なんでしょう」
「別にお前が主じゃ不満だとか、そういうんじゃねえから、にゃ」
「にゃ?」
「あ……これは、違う、の、呪いにゃ!」
「の、ろい……?」
は政府からの資料にあった、触れた猫が真っ二つに斬れたという逸話を思い出す。それで猫の呪い?南泉一文字は必死に弁解しようとしているのだがところどころで「にゃー」という猫の鳴き声が混じっている。呪いというか猫と融合してるのでは?という疑問が頭を過ぎったが呪いとの違いがわからなかったので黙っていることにした。
「くそ、途中まで順調だったのに……!」
「もしかして、隠そうとしてました?」
「わ、悪いかよ」
「別に隠さなくてもいいじゃないですか。ていうか、どうせすぐばれてましたって」
「他人事だと思ってんだろ……こっちは真剣なんだ、にゃ!」
「ご、ごめんなさい。私も呪い解くの手伝いますから、そんな怒らないでください」
「……本当か?」
「はい!で、何をすればいいんですか?」
「それがわかれば苦労しないにゃ」
「…………」
落胆する南泉一文字には口が裂けても言えないが、は安堵せずにいられなかった。どうやら彼は「猫の呪い」とやらを隠したいがために必要最低限の受け答えしかしないつもりだったらしい。本来の南泉一文字はそこそこノリの良い、ごく普通の青年のようだ。
「てっきり怖い人かと思ってたから安心しました」
「……オレは背が高くて泣く子も黙る恐るべき刀剣男士のはず……だった、にゃ」
「それも猫の呪い、ですか?」
「そうにゃ」
言うほど背が低いようには見えないけど、とは首を傾げた。普段から低身長を気にしている後藤藤四郎が聞いたら贅沢な悩みだと叱られそうな気もするが、そういえば資料には「大磨上」とも書いてあったのを思い出す。つまり、磨上する前の姿のことを想像して嘆いているのかもしれない。じろじろ見るなと言われた先からがまた彼のことを観察していると今度はぷいとそっぽを向かれてしまったので、諦めて事務作業を再開することにした。
今回の江戸城潜入調査、ひとまず1回目の調査は終了したが期間はあと1週間と少し。その間にどの程度調査を進めることができるだろうか……。加州清光からの報告書をくしゃくしゃになるほど握りしめたは脳内でペース配分を計算する。今回の時間遡行軍はそれほど強いものではないようなので、できれば新入りである南泉一文字にも参戦してほしいし、折角の機会だし加州清光以外の刀剣男士にも隊長を経験してもらいたい。……出陣させたい刀剣男士が多すぎる。がはあ、と大きめのため息を吐いてしわしわになってしまった報告書を手で伸ばすと、南泉一文字は「審神者ってのも、案外大変なんだ……にゃ」と欠伸混じりに笑った。こんどはが観察される番である。
「余裕ぶっこいていられるのも今のうちですよ。次は南泉さんにも出陣してもらいますからね」
「おう、いいぜ。カチコミ隊長ならまかせ、にゃ」
「……その前に手合わせでもして、感覚を掴んでもらわないと」
「それもそうだな……ずっと箱の中にしまわれてたからにゃ。腕が訛っちまう」
刀の時の感覚って、どんな風なのだろう。それは人間として生まれたには一生かかってもわかりっこないもので、「箱の中にしまわれていた」というのも喩えではないのだから反応に困ってしまう。が「はは……」と乾いた笑いを浮かべたところで加州清光が「お待たせ~」といつもの軽い調子で現れた。今日は南泉一文字に近侍の引継ぎをしてもらう予定だ。新入りの刀剣男士に暫く近侍を任せるのはこの本丸の恒例行事なのだが、やはり勝手のわかっている加州清光がいないというのはどうにも心細い。と言ってもまだ半日どころか1時間も経ってないうちに寂しくなった、などと泣き言をいうわけにもいかないので、は内心ほっとしたのを隠すように「おはようございます、加州さん」となるべく平常心を装って挨拶した。
「おはよ、主、南泉。じゃ、始めよっか」
「あ、私遠征のお迎えに行ってくるので、先に始めててください」
「りょうかーい。じゃあビシバシいくよ」
「お……おう……!」
が部屋から出て行くと、加州清光は慣れた様子で棚から冊子を取り出した。この本丸の刀帳だ。顕現した日付、練度等に加えてそれぞれの好きなこと、苦手なもの等が書き込まれていて、昨日の夜この中に南泉一文字が追加された。まずはこれを熟読して仲間の名前を覚えるところから……と言いたいところだが如何せん、人数が多いので一朝一夕ではきかないだろう。若干厚みのある刀帳を南泉一文字の前に置くと、案の定彼の顔がみるみるうちに引き攣っていった。
「はいこれ、ちゃんと読んでおいてね」
「……ここのやつら、みんなこれやったのか……?」
「そうだよ。まあ、そのうち覚えられるから心配しなくていいと思うけど」
「覚えるのは苦手だ、にゃ……」
「いい?近侍っていうのは、主のさぽーとをするのが役目なんだからね。主の負担をできるだけ減らすのが仕事!わかった?」
「わ、わかったにゃ」
「……その、にゃってなに?猫なの?」
「…………」
「……まあいいけど。とりあえず、南泉がやらないといけないのは刀剣男士の名前を覚えるのと、あとは……主の予定を把握すること、かな」
そう言って次に加州清光が差し出したのはの1日のスケジュールをまとめた冊子だった。見開き1頁に羅列された小さな文字を見て、南泉一文字は眩暈を覚える。あいつ、いつ休んでんだ!?隙間なく詰め込まれたスケジュールには休憩する暇など見当たらず、南泉一文字は目を疑う。2、3度読み返してみても予定は変わらない。
「……あいつ、一々帰還部隊の出迎えしてんのか」
「うん、忙しくても必ず待っててくれるんだよね。無理しなくていいって言ってるんだけどさー」
「頑固なんだよね、主って」などと苦笑いを浮かべてはいるが加州清光はどこか嬉しそうな様子だ。南泉一文字はまだ彼の気持ちを理解できないまま、刀帳に手を伸ばした。
2020/11/29