「大将ー!飯だぞ、食わないのか?」
「ああ……すみませんこれが終わったらにします……」
「なんだよ、腹減ってないのか?今日はオムライスだぜ」
「いや、この書類の締め切りが……」
「……じゃあここに持ってくるから、ちゃんと食えよ」
「あ、ありがとうございます……」

 やれやれ、といった風に苦笑いした厚藤四郎はくるりと回れ右をして厨へ戻ろうとした。が、一転してまたたちのところへ戻ると南泉一文字に向かって「手伝ってくれよ!」とにかっと笑った。この人懐っこい笑顔を向けられると断れないから不思議なものだ。南泉一文字もそうなのか、将又気圧されただけなのか「わ、わかったよ」と立ち上がった。一人きりになったは昼食に思いを馳せる。燭台切光忠の手料理はどれも絶品だ。初めて誉を取ったときにご褒美になにがほしいかと尋ねたところで彼が欲したのはレシピ本だった。手先が器用だからといつも厨当番ばかり任せてしまって申し訳ないと思っていただがこの時に彼の料理好きが発覚し、以降燭台切光忠が厨のボスと化している。ひとつ難を挙げるとすれば厨の掟が厳しすぎてこの本丸の主であるはずのですら辟易していることだろうか。

「おまちどーさん!」
「わ~~良い匂い!」

 厚藤四郎と南泉一文字は5分ほどで戻ってきた。3人分のオムライスが並べられると机の上はぎゅうぎゅうだ。歌仙兼定に見られたら怒られそうだな、と思いつつは書類を捲りながらオムライスに手を付けた。「いただきまーす!」と元気よく手を合わせたあとでオムライスを早食いする厚藤四郎を見て、はふと疑問に思う。

「厚さんはみんなと一緒に食べなくていいの?」
「おう!ま、大将の隣はいつも五虎退たちに取られちまうからなー。たまにはいいだろ?」
「あ、はい……」
「なんだよその反応……俺が隣じゃ不満なのかよー」
「いや~そうじゃなくてなんか照れちゃうなあと思って」
「そんな暇ないんじゃないのか?書類、出さないとなんだろ?」
「あっ、うん、そうですね、はい」
「南泉、美味いだろ?」
「……よくわかんねー……」
「顕現したばかりだと、味覚も不安定なのでは?」
「あぁ、たしかにそうだったかもな!もう忘れたけど」

 これが厚藤四郎のいう「美味い」というものなのだろうか、と一口一口噛み締めながら南泉一文字は考える。この本丸に人のかたちで顕現してまだ一晩とちょっとしか経っていない彼にはわからないことだらけだ。どうやらこの料理には隠し味とやらが仕込まれているらしく、目の前の二人はそれを当てようとあーでもないこーでもないと議論を交わしている。南泉一文字はそのやり取りを見て「書類はどうしたんだよ」とつっこむのも忘れ、米に混ぜられている具がなんなのか考えることに夢中だった。スプーンに乗せた朱色の米にはこんがり茶色に染まった一口大のかたまり、緑色の粒が散りばめられている。

「鶏肉と、ピーマンと、あと……」
「たまねぎ」
「そうそう!」
「あ?」
「オムライスの具の話だよ」
「この緑のがピーマンで……あ、ピーマンて西洋野菜でしたっけ?じゃあ知らないか」
「……苦い、にゃ」

 たった今知った「ピーマン」を食べた南泉一文字がその苦味をじんわり味わって舌をぺろりとだして顔を顰めると、が「南泉さんの好きな食べ物、わかったら教えてくださいね」と笑うので体がむずむずする感覚に襲われた。

「お前は何が好物なんだ?」
「俺?俺はなんでも好きだぜ!」
「……それじゃ参考になんねえだろ……」
「とりあえず試しににぼしでも食べてみます?」
「猫扱いすんじゃねー!」
「あははっ、ごめんなさいつい……でも、好きなものわかったら燭台切さんにリクエストしてみるといいですよ」
「そういうお前は何が好きなんだよ」
「えー……なんだろ。意外となんでもイケますけどね」
「お前もかよ」
「なんでも美味しく食えるのが一番だぜ!」

 どちらも全く参考にならず、南泉一文字はため息を吐いた。本丸の外では戦をしているというのに、こんなに呑気でいいのか?という抗議を込めた視線を向けてみても、当の本人たちは未だ食べ物の話題で盛り上がっている。その光景を眺めつつ南泉一文字はまた一口、オムライスを口に運んだ。このオムライスとかいう料理は嫌いじゃない気がする。


2020/11/29