審神者というやつは思ったより大変な仕事で、はあの日軽く二つ返事で就任したことを後悔していた。聞いていた話と違うじゃないか……などと悪態をついたところで、政府の担当者は淡々と「契約書には書いてありますよ」と事実を突きつけてきたので何も言えない。まず就労時間は一般企業と同じ8時間と定められているが、実際は残業、休日出勤(といっても自宅兼職場なのだが)は日常茶飯事。それに加えて事あるごとに政府からの命が下り、戦に駆り出されるのである。だが手当はきっちり支払われるので軽くグレーといったところだろうか。それでも大変なことに変わりはなく、は今回の江戸城潜入調査の報告書とにらめっこしながらため息を吐いた。
「主、ただいま」
「おかえりなさい、加州さん。ご苦労様でした」
「あ~もう、疲れたよ~あるじ~」
「はいはい、お疲れ様。お風呂沸かしてありますから、入ってきてください。報告はそのあとでいいですから」
「ん。じゃあ先にこれ渡しておくね」
「ありがとうございます」
加州清光から渡された包みを両手で受け取ると、それはずっしりとの手にのしかかった。これだけあれば今日中に全部の宝箱を開けられそうだなと想像しながらはその包みの重量を確かめるように上下に動かしてみる。すでに9割ほど開封済だが、未だに目玉である南泉一文字は手に入っておらず、は自分の運の無さを呪いたい気分だった。それも今日で終わりにできるはずだ。宝箱開封の儀は近侍である加州清光と一緒に、というのがいつの間にか慣例になっていたので、はその包みを机の上にそっとおろした。
南泉一文字とは、どのような刀剣男士なのだろうか。政府から配布された文字だらけで頭の痛くなりそうな資料をぺらぺらと捲り、その姿を想像する。
福岡一文字派作、大磨上無銘の打刀。触れた猫が真っ二つに斬れたという逸話と、故事『南泉斬猫』を掛けてこの名がついたとされる。
猫を斬った刀……いや、彼の場合は猫の方から近づいてきて斬れてしまった、が正しいようだから恐らく蜻蛉切に近い。本人の意思と関係なく斬れてしまうのだから相当切れ味が良いのだろう。その由来である南泉斬猫を軽く調べたもののには理解できず秒で諦め、それ以外の来歴について頭に入れることにした。暫くすると湯浴みを終えた加州清光が戻ってきて「じゃ、宝箱開けよっか、主」と言ってにこりと笑った。
「南泉一文字、ってどんな刀だろうね?」
「資料読んでみましたけど、刀剣男士としての情報はなかったんですよね。あ、でも、徳川家康が所有していた時期があったみたいなので……物吉さんと知り合いだったりして」
「時期が被っていれば、そうかもね」
政府から送られてきた宝箱を置いてある蔵は暗く、ひんやりした空気が漂っている。残りの宝箱は20個で、この中にお目当ての南泉一文字がいるのだ。ついに待ち望んだ瞬間がくるのだと思うと、は何故か急に緊張してごくりと喉を鳴らす。それが聞こえたのかはわからないが、隣に控えていた加州清光は「なに、どうしたの?」と小さく笑った。
「なんか……緊張してきた……」
「なにそれ」
「い、いきますよ……」
「早く早く」
後ろから急かされたは包みの中から鍵を取り出すと、鍵穴にそっと差し込んで回した。かちゃり、と金属音が聞こえてと加州清光がその重たい蓋を持ち上げる。中に入っていたのは一振りの刀だった。
「主!刀だよ、南泉一文字!」
「おあ、そ、そうですね……」
今までの運の無さが嘘みたいに一発で「当たり」を引き当てたことに動揺したが震える手で刀を持ち上げた。金色の装飾が施された拵えに上品な紫色の下げ緒が結ばれている。感動しながらじっくり眺めていると後ろから「顕現させないの?」と加州清光が囁き、はっとして立ち上がる。
霊力、というのは審神者にとって必要不可欠な力であり、なにをするにも必要とされているが自身はこの霊力について然程詳しくない。審神者を志願したのも「なんか使えた」という適当極まりない理由であり、霊力を使う原理も源もなにもわかってはいなかった。その良くわからない力を手に入れたばかりの南泉一文字に注ぎ込むと刀が白く光り、だんだんと大きくなってやがて人の形になる。発光がおさまるとは目を開けた。目の前にはどことなくヤンキー感の漂う金髪金目の青年が立っている。
「……南泉、一文字さんですか?」
「あんたがオレの主か?」
「あ、ハイそうです。どうぞよろしく……」
「あぁ……」
「……」
南泉一文字は無口なタイプなのだろうか?は加州清光と顔を見合わせた。無口といえば大倶利伽羅もそうである。彼が顕現したときもこんな感じだったなあなどと少し懐かしみ、は口元を緩ませた。南泉一文字も大倶利伽羅のように一人でいるのが好きなのだろうか。だとしたら少し寂しい気もするが、まあ刀とはいえ顕現した彼らにもそれぞれの性格があるわけで、プライベートに土足で踏み込むわけにもいかないのでこればかりは仕方がないことである。
「じゃあ、明日から近侍をしてもらいますのでよろしくお願いします」
本丸を一通り回り、最後に個室へと案内したが南泉一文字は終始「あぁ」とか「おお」しか言わず殆ど会話らしい会話もないままだった。南泉一文字と別れるとの口からは深いため息が零れる。
「大丈夫?」
「私……南泉さんと上手くやる自信ないかも」
「大倶利伽羅だって最初あんな感じだったでしょ?」
「……大倶利伽羅さんのときは燭台切さんがいたから……」
「案外人見知りなだけかもよ?」
「そうであってほしい」
項垂れるの肩を優しく2回たたいてから、加州清光は自室へ戻っていった。
お頭の実装の影響により一文字一家にハマりました。
drfと同様息抜き更新でのんびりやります。南泉夢増えてくれ!と願いを込めて。
2020/03/08