「今から敬語禁止ゲームしましょう」
「……ハァ?」
「負けた方が何でも言うこときくんですよ!」
「……勝手に話を進めないでくれますか」
「だって暇なんだもん」
「僕は別に退屈してませんけど……」
「構ってくださいよー!」
曽良さんの読んでいた本を剥ぎ取って構ってアピールをしてみた私はきっと悪くないと思うんだ。だって折角遊びにきた私をさしおいて読書って、読書ってお前……。まあ曽良さんだから期待はあまりしてなかったんだけど。いやでもシカトして読書はないだろといい年して泣きそうになったので強引にゲームの提案をしたら、面倒くさそうにしながらも仕方ないですねえとこちらを向いてくれた。多分何でも言うこときくってのが効いたのだろう。きっと鬼畜の所業みたいな命令されるんだろうがという予想は簡単につくが要は負けなければいいのだ。
「なんでも言うこと聞くんですね」
「勝ったらですよ」
「まあ楽勝でしょう」
「ふっふっふ、自信満々でいられるのは今のうちですよ」
「……ハッ」
「……始まる前に精神的ダメージ与えるのやめてください」
既に負けたような気分になったがこの人が自信満々なのはいつものことだと自分に言い聞かせじゃあ今からスタートですよとぱちんと手を鳴らした。といっても特に何を話したらいいのか思い浮かばず暫くの間二人とも黙ったままだったのだがこんなんじゃいつまでたっても終わらんだろと思った私は曽良さんに何の本読んでたの?と、先ほど曽良さんから取り上げた本を指さしてみた。古いもののようで紙の色は変色していたが大切にしていたのかとてもきれいな状態だった。曽良さんは几帳面だなあ、私なんかついその辺にぽいってしちゃうのに。
「……芭蕉さんの俳句、だよ」
「何だかんだで曽良さんって芭蕉さんのこと好きだよね」
「それはない」
「……相変わらずツンデレだね」
「には言われたくない」
「えっ、私別にツンデレじゃないけど」
「自覚なかったのか」
「うん、てか違うし」
「まあそれでもいいけど」
「うん」
「………」
「………」
「………」
「何か、敬語じゃないと曽良さんじゃないみたい」
「はどっちがいい?」
「えっ…うーん敬語の方が良い、かな」
「じゃあと話す時だけ敬語やめるか」
「いや何で!?」
「で、が勝ったら僕に何を命令するつもりだったの?」
「ふっふっふ、私が勝ったら曽良さんに一日笑顔を振りまいてもらう!」
「………」
露骨に嫌な顔をする曽良さんに何でもってルールだからね!と親指を立てたら「じゃあ僕が勝ったらその親指を折る」と死刑宣告されそういう痛いのはなしだよ!と必死で拒否する羽目になった。そんな何でもありだったら軽々しくゲームもできないよ。命いくつあっても足りない気がする……チッと舌打ちする曽良さんを見るとちょっと本気だったみたいで背筋がゾクっとした。なにこの人怖い。いや怖いのはいつもだけど。芭蕉さんとのやりとりを見てるとどこまで本気なのかわからなかったけど、きっとこの人はいつでも本気だ。何としても負けられないというか負けたら私の人生も終了しそうだったのでこれは私も本気ださねばと拳をぎゅっと握りしめた。
「折るとか殴るとかそういうの以外だったら何でもいいから!」
「……わかった、じゃあこういうのは」
「ん?」
いまいち状況を飲み込めない私は曽良さんのなすがままだった。端正な顔が近づいてきたと思ったらちゅっと小さい音がしてまた離れていったのをスローモーションがかかったように眺めていたら、曽良さんがふっと笑ったのが見えた。
「なっ、何してんですかああああ!!!」
「はい、の負け」
「いやそうじゃなくて!何しれっとき、きっ」
「だって何でもするって言うから」
「だから勝ってからしてくださいよおお!」
「勝ったから続き、しますよ」
続きって何ですか!と抗議する前にまた唇を塞がれた私はもう曽良さんに「何でもする」なんて二度と言うもんかと誓って半泣き状態で目を閉じた。
きっとこうなる運命だった