ろくでもなくすばらしい世界に眠れ5

「……本当に悪化したんですね」
「はあ……そうなんです、情けない……」
「まさかまた部屋を抜け出してたとかでは」
「曽良さんは私をそんなお転婆だと思ってたんですか」
「ええ、初対面から」
「……」

 後日お見舞いという名目で訪ねて行くと風邪をさらに悪化させて寝込むさんと対面することになった。やはりあのときすぐに帰るべきだったかと一瞬後悔が頭を過ぎったが、まあ今更仕方ないかと気にしないことにした。起き上がるのもしんどそうだったので寝てなさいと布団に押し戻しその枕元に腰を下ろす。医者にかかったのかと聞くとさんは「ただの風邪だから安静にしてなさいって言われました」と普段のようにふにゃりとした笑みを浮かべた。見てるこっちからしたら一体何が楽しいんだ、そんな辛そうにしてるくせにと顔を顰めたくなる。辛いとき、苦しいときこそ彼女は笑顔を見せる。それに気付いてからは素直に受け止められなくなった。数日前に自分で「しおらしい姿は見たくない」と言っておきながら何言ってんだとも思ったが、こんな時でも無理矢理笑顔を作っている彼女に少なからず苛ついていた。

「曽良さん、何か怒ってますか」
「……ええ、少し」
「ごめんなさい」
「謝るという事は心当たりがあるんですか」
「……私が貧弱すぎて、とか?」
「違います」

 自覚がないのは当たり前か。さんは心配かけないようにそうしているだけなのだろうから。わかってはいるがどうしてもそれが気に食わなくて、僕はまるで子供のように不機嫌な顔になってしまっている。さんはそんな僕の機嫌をどうすれば直せるのかと困っているようだった。そういえばこの前も同じ質問をされたこと思い出す。その時は怒っていたのではなく自分自身の性格の悪さにうんざりしていただけで彼女に非があるわけではない。しかし自分が無表情な人間という自覚は持っていたがどうやら不機嫌な時は無意識にそんな顔になってしまっているらしい。

「辛いときまで無理して笑ったりしなくていいですよ、見てるこっちが辛くなりますから」
「……違う、違います、私……」
「何が違うんです?心配かけたくないのはわかりますがそんな顔されたら逆効果だと思いますよ」
「……ごめん、なさい、曽良さん、ごめんなさい、」

 そう言った途端さんは顔を覆って泣き出してしまい、最後は何を言っているのか聞き取れないくらい嗚咽していた。それでも僕の苛々は治まらない。一体何が違うというのか、泣いていてはわからないのにと思いながら暫く黙ってさんを見つめた。彼女は芭蕉さんじゃない。芭蕉さんのようにきつく当たっては気の毒だと僕の頭は警鐘を鳴らしている。お互い少し時間を置いて冷静になった方がいいかもしれないとさっきより回るようになった頭で考え、お大事にと呟いて部屋を後にした。少し冷たい言い方をしてしまっただろうか。