ろくでもなくすばらしい世界に眠れ3

「どうもお久しぶりです、先生」
「やあちゃん、元気だったかい?」
「芭蕉さん……鼻の下を伸ばさないでください。気持ちが悪いです」
「開口一番それ!?」
「さあさん、どうぞ上がってください」
「シカト!?」
「おじゃましま~す!」
ちゃんまで!?」

 約一か月ぶりに会ったちゃんは最後に会った時より調子が良さそうだった。前から元気な時は結構無茶する子ではあったけど、妙に曽良くんと息が合ってる気がするのが怖い。まさかこの短期間でこれほど意気投合するとはさすがの俳聖松尾芭蕉も予想外だ。だらだらと冷や汗を流しながら、味方のいない私は居間へと向かう二人を見送った。ここ、私の家だよね……?

「芭蕉さん何か茶菓子はないんですか」
「え?ああちょっと待ってね……」
「お手伝いしますよ先生」
「いいから貴女は座ってなさい」

 元気よく挙手したちゃんだったが曽良くんに両肩を押さえつけられて不服そうにほっぺたを膨らませた。曽良くんが優しい……だと?信じられない光景を目にして雷が落ちたようなショックを受けたがまあ当たり前か、女の子だものと納得して台所に向かう。なんだかんだで上手くやってるみたいで安心したような、ちゃんを取られたようで寂しいような複雑な気分だ。ちゃんの楽しそうな声が台所まで届いてきてついほっぺたが緩んでしまう。最後に会った時のちゃんがこのまま死んでしまうのではと不安になる程弱り切っていたので、彼女の笑顔が見れるのは単純に嬉しいことだった。もしかして曽良くんのおかげだったりして……くそ、その優しさの半分でも……いやせめて20%くらい私に向けてくれてもいいじゃないか!

「はいどうぞ」
「突然お邪魔してすみません」
「いいんだよ、ちゃんならいつでも大歓迎だから」
「芭蕉さんはだいたい暇ですからね」
「ちょっと!誤解を与える発言はだめだよ曽良くん!」
「僕は本当のことを言っただけですが」
「私だって暇じゃないよ!カッコイイ角度研究したりマーフィーくんと遊んだり……」
「暇じゃねえか!」
「おばぶっ!」
「おお!もしや今のが噂の断罪チョップですか!?」
「そうです、よく見て覚えてください」
ちゃんには必要ないよ!変な事教えるのやめて!」

 口からだらだら赤い涎を垂らす私を「汚いですよ」と蔑んだ目で見る曽良くんの必殺技は日を追うごとにキレを増している。このままだとほんとに死ぬかもと身震いする私を他所に、ちゃんが早くも断罪チョップの練習を始めていた。曽良くんはいらんアドバイスまでしてるし、本当に命が危ういかもしれない。ぞくりと背筋が凍る。でも曽良くんがこんなに誰かと関わっているのを見るのは初めてじゃないだろうか。私の他の弟子たちとも雑談くらいはするが、そこまで親密なわけではないみたいだし私とは話がかみ合ってない時があるし……曽良くんにとってもちゃんにとってもこれは良い傾向だろう。これで師匠である私への態度ももう少し謙虚になってくれたら嬉しいのだけれど。

「僕は岩で練習してますけどさんにはまだ早いと思いますのでまずは柔らかいものからの方がいいかもしれませんね」
「はーい!」
「……よく今まで無事だったな私……」
さんは断罪されないような大人になってください」
「いや私もう大人なんですが」
「おや、そうでしたか」

 頭をなでなでしながらまるでお母さんのように諭す曽良くんと子ども扱いにむっとしているちゃんはいいコンビだと思う。曽良くんがこんなに面倒見の良い子だとは思わなかったなと新しい一面を知ってほのぼのした。

「何だか傍から見てると兄妹みたいだね二人とも」
「……」
「ぶへらっ!何で!何でビンタするの!」
「すいません何かムカついたので」
「どのへん!?」

 今のビンタも会得しようとしているのかちゃんの生き生きとした視線が辛かった。