だいせんじがけだらなよさ

「よっしゃああ!やるぞーーーっ!」
「お~~~~~!」
「(だるい)」

 盛り上がる二人とは対照的にダウナー系である田噛は耳を塞ぎつつゆっくりとした足取りで後に続く。も平腹も戦力としては申し分ないが、如何せん騒がしい。子守と変わらんと溜息を吐く田噛だが、この二人との任務では良いこともある。佐疫や谷裂なんかだと尤もらしい理屈をつけても全く引っかからないが、この二人はすぐに信じてしまう上に乗せやすい。上手くいけば二人だけで片をつけてくれるので今回も楽ができることを期待していた。
 今回の任務は廃病院に留まっている亡者の捕獲である。複数居るとの話だが力は弱いらしい。平腹は楽勝だなーなどとのんきに鼻歌を歌っていたが、田噛は先日の一件を思い出し考え込む。田噛はあれ以来どの任務でも疑心暗鬼になっていた。誰かが自分たちを陥れようとしているのではないか。そして「自分たち」とはどこまでの範囲なのか。一体何のために……それを考える時間も必要だ。少し離れたところから平腹が早くしろよー!と手を振っている。は覚えているだろか。……いや、あいつもそこまで馬鹿ではないと思いたい。

「どこ行く?」
「えーと、2階建てだから……あ、そこまで大きな建物ではないですね。じゃあ私は2階を見てきますから、平腹さんは1階で、田噛さんは中から亡者が逃げてこないかここで見張るってのでどうです?」
「わかった!」

 食い気味に返事をした平腹が一目散に駆けていく。あの調子だと1階だけじゃなく2階もすぐに見終わってしまいそうだ。自分が動くまでもなく外での見張りを提案された田噛は少し驚いたものの手間が省けた、と息を吐く。

「じゃあ、私も行ってきます」
「……おい、気を付けろよ」
「田噛さんが心配してくれるなんて珍し……槍でも降るんじゃ」
「この前のこと、忘れたのかよ」
「…………ああ、あれですか……いえ、でも今回もそうとは限らないじゃないですか」
「馬鹿野郎。油断するなって、谷裂がいつも言ってるだろ」
「わ、わかってますよ!」
「なんだ、喧嘩か!?」
「……もう終わったのか」
「おー!なんかすげー話のわかるやつらでさー、すぐ終わったぜー!」
「早っ!!」

 暴れ足りないけどな!と笑う平腹の背後には3体の亡者が続いていた。え、そんな簡単に?この前とは逆パターンとは予想外だった。呆気にとられるだったが平腹が「でもなー」と続ける。

「2階にやべーやつがいるって、こいつらが言うんだよー!」
「や、やべーやつ……?」
「そいつが親玉ってわけか」
「なんかな、とにかくやべーんだって!」

 とにかくやばいことしか伝わらなかったがとにかくやばいらしい。と田噛は反射的に顔を見合わせる。幸い平腹の捕縛した亡者は話が通じるようだったので事情を聞こうとしたが、こちらもこちらで震えながらやばいとしか言わないので閉口した。やっぱり楽勝にとはいかないらしい。田噛はめんどくせえ、と呟いた後亡者たちにここで待機するよう命令した。逃げたらどうなるかをおどろおどろしく言い聞かせると亡者たちはまた震えだしたのでは同情を禁じ得なかった。亡者が怯える亡者とは一体どんなやつだろうか。2階を全員で手分けして探しているとどこからか平腹が「いた!」と叫んだのでは声の方へ走る。途中で全く急ぐ様子のない田噛とばったり会ったので急かしてみたが一向に歩みを早めなかったので置いていくことにした。相変わらずマイペースだ。でもこの仕事にはそれくらいでちょうど良いのかもしれない。
 平腹は倉庫の前に仁王立ちしていて、が到着すると「すげーのがいるぞ!」と興奮気味に伝えた。たしかにすごい気配を感じる。なんというか……こう、恨み辛みの塊のようなものだ。その空気にあてられたは少し気分が悪くなり口を押える。大分任務にも慣れたつもりでいたが、ここまでひどいものは初めてだ。もともと青白い顔を更に悪くしていると平腹が「大丈夫かー?」と元気づけるみたいに背中をばっしんばっしん叩くので出る!出るからやめて!と抵抗したくてもそれをすると本当に出てしまいそうなので歯を食いしばって耐えるしかないという地獄のような状況に陥ったは田噛の到着を心待ちにした。

「……なに遊んでんだよお前ら」
「あっ田噛ぃー!が変なんだよ、なあ?」
「……」
「……情けないやつだな。この程度でへばってんのか」

 呆れたようにわざとらしいため息を吐いた田噛がポケットを探り、なにかを放り投げる。なんとかキャッチしたに向かって抹本が以前調合した胃薬だと説明した田噛は「早く治して亡者をなんとかしろ」と言うなり面倒くさそうに座り込んだ。この場合胃薬を飲むのが正解なのかわからなかったが、せっかく来たのに戦わないんですか?たまには3人で協力プレイしましょうよ!などと煽る元気もなかったので素直に渡された薬を飲むと体の奥の方にあった不快感がすっと消えていくのがわかった。胃薬、というより気付け薬といった方が正しかったのかもしれない。

「治りました田噛さん!ありがとうございます!」
「わかったから、早く行け」
「いやサボらないでくださいよ」
「はぁ……お前なあ、俺はさっき働いたばっかりだぞ。少し休ませろ」
「……そうでしたっけ?」
「下にいる亡者を説得してやっただろ」
「……あれは説得じゃなくて恐喝では」
「細かいことは気にすんな。それより働いてないのはお前だけだぞ、
「うっ……それは、そうですけど……」
「田噛行かねーの?」
「休憩だ休憩」

 釈然としないだったが平腹の方は何も疑問に思わなかったのかそっかーなどと言って納得してしまった。まあ、二人でどうにかならなければ流石に手伝ってくれるだろうと思うことにして、は相変わらずどんよりと嫌な空気が漏れ出ている倉庫の扉の前に立つ。

「久しぶりに歯ごたえのあるやつだといいなー!」
「それを言うなら手ごたえじゃ……」
「まあそうとも言うな!」

 早く早く、と平腹に急かされたが扉に手をかけると幸いなことに鍵は掛かっていなかったため難なく開いた。狭い倉庫だ。扉がゆっくりスライドして閉まると自分たちの姿が暗闇に飲み込まれてしまったので、は灯りを持ってくればよかったと後悔することになった。真っ暗なその部屋には何かがいることはわかるものの姿を確認することはできない。隣にいるはずの平腹の姿さえ見えないほどの暗闇の中で、は彼の名前を呼んで手を伸ばす。が、そこには何もなく手の平は空気をかいただけだった。あれ?と不思議に思った瞬間、頭上から平腹の声が聞こえた。

「おい、そっちは出口だろ~!もう降参か!?」
「ちょ、人聞きの悪いこと言わないでください!逃げてないですよ!!」
「あ?お前どこいるんだよっ!」
「どこって……まだ入り口ですよ。平腹さんこそ遊んでないで戻ってきてください!」
「遊んでねーよ!勝手にいなくなったのお前の方だろ!もっとチームワークってもん考えろよ!」
「それ平腹さんには一番言われたくないっ!……いやそんなことはいいんですよ、ほんとにどこにいるんですか?あんまり動き回らないでくださいよ~」
「だーかーらー!動いてねえって!動いてんのはだろ!?」
「……いや、だから私は別に動いてなんか……」
「……ほ?」

 平腹の声は常に違う方向から聞こえている。だが本人は動いてないと言っている……まあ、正直平腹の動いてないはあまり信用できないものの、この暗闇の中で瞬間移動と言って良いほどすばやく動き回っているとは考えにくい。は顎に手を当てて考えた。空間が歪んでいるのだろうか?だとしたら、入口もどこか別の場所に移動してしまったのかもしれない。こんな暗いところで探し当てることができるだろうか。田噛……は、あまり期待できないが時間が経っても出てこなければ流石に異変を察知してくれるはずだ。しかしあとから小言を言われるのもアレなのでとりあえず自分たちでなんとかしてみようと、は状況を整理することにした。亡者は今、どこにいるのだろう?平腹は?

「平腹さん、私の声ってどこから聞こえてます?」
「あ?あー……前の方!でもさっきまで後ろにいたよな?」
「……私は平腹さんの声が下から聞こえます」
「何言ってんだお前!下なんかにいるわけないだろー!田噛じゃあるまいし!」

 今のは左から聞こえた。ひとつ会話するごとに位置が移動している。頭を使うのは苦手なのに……とはため息を吐いてまた平腹を呼んだ。

「両手を横に伸ばしてください」
「なんで?」
「いいから!」

 うまくいくだろうかと不安に思いながらも、まあ失敗したらきっと田噛がなんとかしてくれるだろうとは楽観的に考えた。


息は出来るか::ハイネケンの顛末