「ここからじゃ何も聞こえねえ」
「うーん、でもこれ以上近づいたらバレちゃうんじゃないかなあ」
「この肉うめえ!」
「平腹、野菜も食べろ」
「斬島まで何言ってるの!」
「貴様ら静かにせんか!」
「……お前が一番うるせえよ」
谷裂の声が届いたのか、少し遠くのがきょろきょろと辺りを見回した。6人は咄嗟に後ろを向いたり新聞で顔を隠したりしてやり過ごす。はわずかに首を傾げたものの気のせいという結論に達したのかまた前に向き直った。の隣には知らない男が立っている。もしあの男がに危害を加えるようなクズだったら鉛玉をお見舞いしてやる、と懐に愛銃を仕込んでやってきた佐疫だが今のところ不審な点は見当たらない。まだ会って数時間なので当然と言えば当然だ。そんなに手の早い男だったら尚のこと鉄槌を下さねばなるまい。比較的人の少ない動物園をゆっくり見て回る二人はぎこちなさを感じるものの悪い雰囲気ではなかった。それはそれで面白くない。絶対に尻尾を掴んでやる、と何故か悪い男だと決めてかかる佐疫が二人から目を離さないので、食べることに夢中な平腹と斬島を除く谷裂、木舌、田噛は当初の目的からずれていることに多少の不安を抱きながら同じくたちを観察した。
「……もう十分じゃないか」
「谷裂は本当に気が短いね。まだ来たばかりだよ」
「悪いやつではなさそうだが」
「たった数時間じゃわからないよ」
「……」
「田噛、なにか気になることでもあるのかい?」
「……あの男、見たことあるぞ」
「ほんと?」
「どこで?」
「災藤さんと一緒に閻魔庁に行ったとき会った」
「名前は?」
「そこまで覚えてねえよ。興味もねえし」
「それだけでは何も分からないな」
「……たしか記録課のやつだった」
田噛は当時の記憶を思い返す。亡者の情報提供を受けるため災藤と記録課を訪ねたとき、自分たちを案内したのがあの男だった。田噛はいちいち人の名前など覚えるつもりもないので名乗っていた気はするが全く思い出せない。どんな男だったのかと佐疫が身を乗り出したが田噛にとってはあまり印象に残る男ではなく、ただただ平凡な男だった、としか言えなかった。
閻魔庁記録課に所属している男、ということがわかり佐疫は喉を唸らせた。身元ははっきりしているようだから怪しい男という疑いは晴れた。いやだが性格はまだわからない。閻魔庁に努めているからといって、品行方正な獄卒とは限らないではないか。まだ警戒を緩めず更に注意深く男を観察する佐疫だが、すでに飽きたのか平腹はどこかへ消えていたし田噛もベンチに座って寝る体制になっているしでもうぐちゃぐちゃである。はあ、と溜息を吐いた佐疫の肩を木舌がぽん、と叩く。もう頼れるのは斬島と木舌と谷裂だけだ。その谷裂も早く帰りたそうな雰囲気を出しているが、肋角の名前を出すと戸惑いつつ頷いた。少し卑怯だっただろうかと佐疫の良心が痛んだが、きっと肋角も彼女になにかあれば黙ってはいないだろうから嘘にはならないはずだと言い訳する。
「しかし、そこまで気に掛ける必要があるのか?」
「は妹みたいなものだから……どうしても心配なんだ。やっぱり過保護かな」
「……たしかに、あいつは危なっかしくて目が離せない赤子のようなやつだが」
「そうでしょ?平腹とはまた別の意味で放っておけないんだ」
二人の会話を聞いていた木舌はそれは妹というより娘なんじゃ……と苦笑しつつ再びの方へ視線を戻す。きっとこんなことを言われていると知ったらは怒るだろうが、佐疫の考えには同意できてしまうので内緒にしておこうと木舌は思った。そのは男とベンチに座っている。あの服は、この前木舌に見せにきたものと同じだ。それがなんだか寂しくて木舌は奥歯を噛み締めた。自分と似てるからという理由であの服を選んだのなら、自分と出かけるときにも同じように悩んでくれるだろうか。
二人が解散したのは3時間ほど経った頃だった。動物園をぐるりと回ったあと喫茶店に入って談笑し、あっさりと男と別れたは一直線に館へ向かう。
「何もなかったな」
「うん……でも、あれだけじゃわからないよ」
「佐疫は心配性だなあ」
「木舌だって俺と同じだと思ってたけど?」
「……佐疫ほどじゃないさ」
「なあーーー!置いてくなよーっ!」
「……貴様が勝手にはぐれただけだろう」
まだ半分眠そうな田噛を引きずって、平腹が後を追ってきた。今までどこにいたんだろう。途中から完全に存在を忘れていた佐疫だが、それを悟られないようにごめんごめんとフォローを入れる。ゆっくり周りを見てから「は?」と尋ねてきた田噛に館へ帰ったことを伝えると、ふうんと気の無い返事をしてきた。に少し遅れて6人で館へ帰ると、食堂で3時のおやつを食べているを見つけて目を疑う。
「……ついさっきなにか食べてなかったか……?」
「しっ!」
「あ、お帰りなさい。みんなしてお出かけなんて珍しいですね」
「う、うん……ちょっとね。こそ、もう帰ってたんだね。どうだった?」
「いやもう、超疲れました……デートって大変なんですね」
「そっか……」
「あーーーーっ!コーヒーこぼした!」
「あーあ……」
よそいきの服へと豪快にコーヒーを零したはあちあち言いながら布巾を探しに席を立つ。どうやらデートは成功とも失敗とも言えない結果だったらしい。床を掃除しようとするに「俺がやるから、先に着替えてきたら?」と佐疫が言うと素直に頷いて自室へと走っていった。戻ってきたはいつもの質素な私服を着ていて、見慣れた服装に彼らはどことなくほっとする。あーあーやっちまったな!と騒ぐ平腹の声を聞きつけてあやこが顔を覗かせたので、涙目のが茶色く染まった洋服を持って駆け寄った。
「あやこさ~ん!これ、落ちますかね……」
「あ、はい……大丈夫だと、思います」
「ほんとですか!お願いします!!」
「よかったね、」
「ほんともう……たった数時間しか着てないのにもう捨てないといけないのかと……」
「せっかくの可愛い洋服なんだから、気を付けないと」
「は~い……。といってももう着ないかもだけど」
「どうして?」
「いや、着る機会ないし」
「なんだ、デートはこれで終わりかい?」
「もう当分いいかなあ」
靴擦れはするし落ち着かないし大変だったんですよ!とが必死に訴えるも谷裂に鍛錬が足りん!と一喝されていた。それは鍛錬でなんとかなるのだろうか。谷裂はたまに無茶を言うなあと木舌が苦笑する。いつものようなオーバーリアクションを封印していたせいか体中が凝り固まっているらしいは谷裂の一言でそうだ鍛錬しましょう!と楽しそうに提案したが、谷裂は谷裂で慣れないことをして疲れたようで珍しく今日は休みだなどと言って逃げるようにいなくなった。
「ねえ、今度みんなででかけるときに、さっきの洋服着てきてよ」
「え~……嫌ですよ~」
「何故だ?」
「絶対汚すじゃないですか」
「それはお前が平腹と一緒になってはしゃぎすぎるからだろ。ガキじゃあるまいし、もう少し落ち着きってもんを覚えろ」
「うっ……」
「じゃあ汚さないようなところに行こうか」
「たとえば?」
「えっ……そうだね……うーん………………」
「佐疫、無理すんなよ」
「む、無理なんかしてないよ!そうだな、うん、映画なんかどうかな!ずっと座ったままだし」
「平腹さんが1時間も2時間も黙って座ってられるとは思えないんですが」
「……」
平腹がとっくの昔に食堂から消え去っていたのに気付いた佐疫はなにも言えず押し黙る。まあ元気なのはの良いところだよね、などと取ってつけたようにフォローした佐疫はキリカの淹れた紅茶を飲んで誤魔化した。
「で、どんな男だったんだ?」
「そうですね……すごく、女の子扱いしてくれて、優しくて……こっちが気を遣う感じ、でした」
「よかったじゃねえか」
「う~~ん……」
「女の子扱いが不満なの?」
「そうは言ってません……けど」
「贅沢なやつだなお前は」
この特務室の距離感が落ち着くんだよなあと思っていても気恥ずかしくて言葉に出せないはどう言い換えれば良いかわからなくて言葉を濁した。それとも、慣れていないだけでそのうち違和感もなくなるのだろうか。そんな自分が想像できなくてまたはうーんと唸った。
眩しさに目を細めるのに似ている::彗星03号は落下した