は作戦を考えたがこれが正解なのかは自信がなかった。だって佐疫や田噛みたいに頭脳明晰というわけでもなく、ただ体を動かすことしかできないのだから。しかしいつまでもそうやって言い訳しているわけにもいかない。自分だって獄卒だ。特務室の一員だ。平腹や田噛たちのことは兄のように慕っているけれどずっとおんぶにだっこというわけにもいかないのだ。肋角は自分を選んだのだから、期待には応えたい。
は声を掛け続け、その都度平腹の声の方向を心の中で確認する。上、下、後ろ、下―――彼の声が右横から聞こえたときにがそれに向かって飛び込むとなにか柔らかいものに衝突して「あぎゃっ!」という独特の悲鳴とともに床へと倒れこんだ。どうやら成功したらしい。未だに暗くてはっきりしないが、目が慣れてきたのかぼんやりと黄色の目が浮かび上がった。
「なんだよ、びっくりするだろ!どこにいたんだよ~」
「いやそれこっちの台詞ですって……平腹さんすぐどっか行っちゃうじゃないですか」
「まあー……そうだな!オレじっとしてるの苦手だしな!」
「じっとしてなくてもいいですから、離れないでください」
おそらく離れたらまた元通りになってしまうと考えたは平腹の手を握る。なんだか迷子にならないようにしている子供のようで気恥ずかしいがこの際仕方ないと我慢するとは反対に、平腹の方は何故か楽しそうに腕を振った。いや握力強いな。骨が折れてないか心配になるくらいの力で手を握りつぶされているは痛みを堪えながら今度は亡者の気配を探る。この空間の歪みは亡者によるものなのだろうか。あの不快な空気は消えていないから近くにいるのは確かである。
「暗くてわかんねーなー」
「そうですね……」
「お前の手小せえのな!」
「……まあ、平腹さんからしたらそうでしょうね……」
「赤ちゃんみてえー!」
「そこまで小さくないっ!」
「たーがーみぃー!なあーーー灯り持ってねえ?」
平腹が声の限り叫んだので至近距離にいたはうるさっ!と空いている方の手で咄嗟に耳を塞いだ。数秒待ってみたが田噛からの応答はない。気付かないで寝たままなのか、そもそも声が届いていないのか。というか、扉はどこだろう。この倉庫はそこまで広い部屋ではなかった。両側の壁は棚で埋めつくされ、正面は暗くてはっきりとはわからなかったが奥行きもあまりないように感じた。まずは扉を探そうと提案すると平腹が「こっちだろ!」と力任せにの手を引っ張り自信満々な様子で前進していく。流石に力では敵わないのでなすがまま引きずられながら注意深く周囲の様子を伺うと暗闇の中には入ったときと同様、棚がずらりと並んでいた。元に戻った、とがほっとしたのもつかの間で、いくら進んでも突き当たりがないことに疑問を感じた平腹が突然足を止めて唸りだした。平腹はおかしいなーと首を傾げて辺りをきょろきょろと見回す。
「気配はあっちからするんだけどなー」
「反対側に行ってみます?」
「そうだな!」
二人はくるりと方向転換して、来た道と逆へ進んだ。今度は腕が抜けるような力で無理やり引っ張られることもなかったが、気が急いているのか幾分大股な平腹に歩調を合わせるためは小走りになりながらなんとか隣を歩く。なにか手掛かりはないかと両隣に並ぶ棚を注意深く観察してみたが、割れたビンや朽ち果てた木の棒やら何かの実験道具やらが乱雑に放置されているだけである。液体の残ったままのビンを見て抹本が喜びそうだなあなどと余計なことを考えながらひたすら歩いたが、やっぱり突き当たりにたどり着かない。平腹が「このまま一生閉じ込められたりすんのかなー」と縁起でもないことをぽつりと口にするので背筋がゾッとした。この狭くて広い倉庫を永久にさまよい続けることになったりしたら……しかもよりによって平腹と。……いや、この場合にぎやかし要員である彼が一緒だったのは幸いと言えるのかもしれない。もし閉じ込められたのが田噛だったとしたら、まともに話しの相手すらしてもらえず発狂している可能性もある。なんの慰めにもならないがは閉じ込められた相手が平腹だったことに多少ほっとして手に力を込めた。
***
暫くして田噛が目を開けても騒がしい二人の姿はどこにも見当たらなかった。随分寝ていたような気もするが、ものの10分ほどしか経っていないような気もする。とにかく、と平腹はまだ中の亡者にてこずっているらしいことだけは確かだ。ふう、と小さく息を吐いて田噛は立ち上がり、身体を伸ばした。神経を研ぎ澄ましてみても物音ひとつしない。あいつらはなにやってんだ?と眉を潜め、田噛は二人の入った倉庫の前に立つ。騒がしい平腹の声すら聞こえないのはいくらなんでもおかしい。田噛の心臓はどくりと鳴り、との任務の一件が頭を掠めた。考えすぎなのかもしれない。いつになく弱気になった田噛は自身に対して浮かべた嘲笑をかみ殺してから真顔に戻り、スライド式の扉の取っ手にぐっと力を込めた。―――開かない。チッ、と舌を打ってから今度はツルハシを思いきり突き立てると、鍵が掛かっているのではない違和感が田噛の手に伝わりこじ開けるのは無理だと悟る。
「おい、平腹、、いるのか?」
多少やる気のある時の田噛の声が薄汚れたリノリウムの床に吸い込まれていったが、返事をする者はいなかった。田噛はその場で暫し考えてから1階へ向かう。平腹は頭は悪いが負けっぱなしになるようなやつではない。もいつもはあんなだが平腹と一緒だと多少頭を使って動けるのを知っている。そう簡単にやられる二人ではないと判断した田噛はさきほど平腹が捕まえた亡者たちのもとへ向かった。一旦亡者を引き取ってもらい、戻ってきたときには片が付いているだろうというある種の希望的観測だ。
***
「なあーどれくらい歩いたと思う?」
「そ、そうですね……1時間くらいかな?」
「お前大げさだなー!まだ30分くらいだろ!」
「も~~~やだこの体力バカ」
「まあな!」
「褒めてないですよ」
と平腹はあれから行ったり来たりを繰り返していたがどんなに歩いても景色は変わらず、もちろん出口も窓も亡者も見つからないまま時間だけが過ぎていく。本当に時間が過ぎているのかすら怪しい、そう疑ってしまうほど変化は現れなかった。呑気に口笛を吹きながら楽しそうに歩く平腹に対して、は足が棒になったようなだるさを感じていた。おんぶしてと言ったら平腹なら引き受けてくれそうな気もしたが、そんなことが谷裂の耳にでも入ったらまたどやされるに違いないと頭を振る。
この部屋の亡者は一体なにが目的で自分たちを閉じ込めているのだろう。心身共に疲れ切ったがふとそんな疑問を抱き、顔を上げる。肋角は力の弱い亡者ばかりだと言っていた。それはきっと平腹の捕まえてきた亡者たちのことだろう。ではここの亡者は?も先日の一件を思い出し、またなにか変なことが起こっているのかと眉を潜める。今はここから出て亡者を捕まえるのが先だ。早く帰って温かいごはんが食べたい。だからといってすぐに事態が好転するわけでも解決策がひらめくわけでもなく、少しでも気を紛らわせようという苦肉の策ではしりとり勝負を持ち掛けた。案の定乗ってきた平腹としりとりをしながら終わりのない通路を歩く。
「と……トマト」
「とー…………とりにく!」
「く、草」
「さァ?さーさーさー……あっ!災藤さん!!」
「はい平腹さんアウト~!」
「なんでだよ!」
「『ん』がついたら負けじゃないですか」
「ほ?オレ『ん』ついた?」
「がっつり『災藤さん』って言ってましたね」
「は~~~~くそっ!もう一回だ!」
「え~、じゃあ、『さ』からやり直しましょうか」
「おう!さ、さ、さ~~~~~~~~~~~~佐疫!」
「……人名ばっかりじゃないですか」
「別にいいだろー」
「…………き、き……」
「黄色」
「ちょっと~平腹さん、私の番ですよ!」
「オレなんも言ってねーよ!」
きょとん、と二人は顔を見合わせた。この空間にいるのは3人だ。、平腹、そして、姿を見せない亡者。武器を構えて振り向くと、暗闇の中でも一際真っ黒な影がこちらを見て笑っていた。
雨垂れが石を穿つのなんて待てるわけないでしょう::ハイネケンの顛末