とある日の食堂で、がじゃーん!というセルフ効果音と共に掲げたのは所謂ラブレターだった。どや顔で見せびらかしたにも関わらずほとんどが興味を示さず彼女を一瞥しただけであとはまた黙々とご飯を咀嚼している。反応してくれたのは佐疫と木舌くらいなもので、その佐疫も「へえ、どんな人?」と一応聞いてはいるものの社交辞令感がすごい。わざわざ立ち上がって発表したにしてはあまりにもあんまりな反応だったのでは静かに着席した。
「もうちょっと興味持ってくれてもいいと思うんですけど!」
「うん、だから、どんな人にもらったの?」
「……えーと……なんか礼儀正しそうな人でしたね」
「顔は?」
「帽子でよく見えませんでした」
「お前なあ、顔見ないでどうすんだよ。性格が良けりゃいいなんてのはモテないやつの言い訳だぞ」
「私は田噛さんみたいに打算的な考え方してないからいいんです!」
「ま、まあまあ……でも今時ラブレターって、随分古風だね」
「そこがまた良いんじゃないですかー!やっぱ自筆の手紙だと温かみを感じますね!」
「なあラブレターってなんだ?食いもん?」
「手紙だって言ってるだろ」
平腹がよだれを垂らしていたのでは咄嗟に持っていた手紙を隠す。ヤギじゃあるまいし。しかし平腹なら食べかねないとも思ってしまう。肝心のラブレターの内容はお友達からお願いします的な、言ってしまえばありふれたものである。その手紙とともにぜひ一度お茶でもと誘われたは戸惑ったものの悪い人ではなさそうだからじゃあ一度だけ、と受けることにした。とは言っても、あまり外出をしないは私服が極端に少ない。脳内でシミュレーションしてみたものの、どうあがいても手持ちの服はデートには相応しくないものばかりだった。こうしちゃいられないと、はご飯を一気に平らげ、服を買いに行くと言って席を立つ。
「……もしに恋人ができたら、俺たちも今までみたいにできなくなるかもね」
「今までって?」
「後ろから蹴りを入れたり、鍛錬でうっかり殺したり、かな」
「……なんでだよ」
「そりゃあ、相手の男からクレームがくるかもしれないからね」
「めんどくせえな」
「はだろー?なんでオレたちが怒られるんだよ!」
「もしもの話だよ。俺たちだって、大切な人がそんな風に扱われていたら嫌じゃない?」
「……見当もつかん」
「谷裂、肋角さんで考えてみたら?」
「それは………………」
まず、肋角がのような扱いを受けるというシチュエーションが想像できないが、谷裂は大真面目にそれを考え眉間に皺を寄せた。
「いや、肋角さんとでは比較対象にならんぞ!」
「それよりも、あいつが悪い男に引っかからないか心配だな」
「ああ……たしかに。騙されそうだよね」
「田噛の嘘に簡単に引っかかるからな」
「木舌の冗談もすぐ本気にするし」
「……この前ものすごくわかりやすい落とし穴に落ちてたぞ。鍛錬が足りんな」
「それ俺が掘ったやつじゃん!」
「やっぱり貴様の仕業か……敷地内に落とし穴を掘るなと言われているだろう……!」
「あの危機感のなさはちょっと心配だね」
「……」
「じゃあさ、見に行ってみる?」
ぽんと手を叩いて提案する木舌に全員が注目する。おしゃべりが大好きなはデートの日時から場所から聞いてもいないのにぺらぺらとバラしていったので筒抜けである。そういうところだぞ、!と佐疫は心の中で説教した。だが自分たちにとって妹分のような彼女が悪い男に騙されて悲しむ姿は見たくないので、木舌の提案には賛成だ。第一印象は良かったようだが、外面が良いだけという可能性もある。
「俺は行かねーぞ」
「田噛は心配じゃないの?」
「ガキじゃねえんだぞ。過保護すぎんだろ」
「う、うん……そうかもしれないな……いやでも、が酷いことされて泣いて帰ってきたりなんかしたら……」
「……」
「……それは最高に煩そうだな」
「いやそういうことじゃなくて」
田噛は全く興味がなさそうだが佐疫に至ってはまるで父親かのように心配していた。斬島も割と本気でを心配しているようだし、谷裂はが酷い目に合う→肋角さんが悲しむという方程式ができたことで途中から急に協力的になった。平腹はなにか勘違いをしているようだがノリノリである。言い出しっぺである木舌はを誘ったのはどんな男だろうと想像する。たしかには騙されやすい(というよりもバカ正直と言った方が正しいかもしれない)が人を見る目はあると思う。だから佐疫のような心配はしていないけれど……なにか、もやもやと胸のあたりが気持ち悪かった。昨日飲みすぎたせいだろうか。記憶がないけど。
***
飲酒以外にこれといった趣味を持ち合わせているわけでもなく特にやることもない午後、木舌は自室でベッドに寝転がってぼんやり窓の外を眺める。こうやって何も考えない時間もたまには良いものだ。だが、心を無にしていたつもりでも油断するとすぐにの浮かれた笑顔を思い出しそのたびにそっと目を瞑る。どうやら自分は佐疫と同じくらい過保護だったようだ、と木舌は口元を僅かに歪めた。暫く目を閉じてうとうとしているところに、小さくノックの音が聞こえた。気のせいかと思っていた木舌だがドアの外から「木舌さん、いますか?」との声がしたので飛び起きる。服を買いに行くと言っていたが用事は済んだのだろうか。木舌がドアを開けると見たことのない服を着たが立っていて目を見開いた。
「それ……買ってきたのかい?」
「はい!約束した人がなんか木舌さんと雰囲気の似てる人だったから、確認に来ました」
「……なんの確認?」
「え、似合ってるか……の確認……?」
「……うん、似合ってる、と思う…………でもおれ、女の子の服なんてわからないよ」
「そうじゃなくて、木舌さんと似合ってるかの確認です」
「……」
「…………あ!ちが、変な意味じゃなく……」
目の前でしどろもどろに弁解しようとするを見ていると微笑ましさと同時にまた得体の知れないもやもやが広がるのを感じた。言いたいことはわからないでもないが、それが他の男のためだと思うとなんだかおもしろくない。大人げないなあと自嘲しながら木舌はもう一度をじっと見た。
「可愛いと思うよ」
木舌がストレートに褒めるとは急に恥ずかしくなって顔を赤く染めた。褒められることに慣れていないのでどう反応すればいいのかわからずあたふたして目を泳がせる。さらに「おれは好きだなあ」と追い打ちをかけると、は顔を覆ってしまった。少しからかいすぎたかな?と思いつつあながち冗談というわけでもないので撤回はしないことにした。あの男だってきっと褒めちぎってくるに違いない。それにいちいちこんな反応をしたのでは相手が勘違いしてしまうのではないだろうか。素直なのは良いところだが素直すぎるのも考え物だ。……ああだめだ、どうやら佐疫が乗り移っているらしい。説教じみた物言いをしそうになるのをぐっとこらえ俯くを見ていると消え入りそうに「もういいですありがとうございます」と呟いたので木舌はごめんごめんと頭を撫でた。もしに恋人ができたら……木舌は佐疫の言葉をふと思い出す。もうこうやって気軽に部屋を訪ねてくることも、頭を撫でることもなくなるのだろうか。それは少し、嫌だなあ。
「木舌さん……どうしたんですか?」
「ん?なに?」
「泣きそうな顔してますけど……大丈夫ですか?私なにかしました?」
「ああ、いや……そうだなぁ、娘を嫁に出すような気分になってしまったよ」
「そんな大げさな……」
は苦笑いして木舌を見上げた。普段はお兄さんを自称する木舌が父親とは、なんとも珍しい。にとっても木舌は兄のような存在である。いや、斬島たち全員兄のように慕っていた。その彼らが自分を家族のように思ってくれているならこんなに嬉しいことはない。まあ、まだデートの約束をしただけなんだけど。は緊張したように両手で手紙を差し出してきた獄卒を思い浮かべる。どんな人なんだろうという想像は広がり続けるばかりで、それでも心のどこかで本当に木舌のような人だったらいいなと思ってしまう自分がいた。
枯らせども枯らせども::彗星03号は落下した