今日は田噛とがコンビで仕事という珍しい日だった。内容はいつもの如く亡者を捕まえてこい、という単純なものだったのでちょっとそこまで買い物にくらいの気軽さで出かけた……まではいつも通りである。いざ現場に行ってみると、当初の説明では亡者1人だったはずが3人。しかも全員怨霊化が進み暴れ回っていたので2人は揃って顔を顰めた。いかに動かず事を終わらせるか考えることに全力を尽くす田噛も今回ばかりは肉体労働せざるを得ないことを悟り、深い深いため息を吐いて愛用のツルハシをゆっくり肩から下ろす。
「さっさと終わらせて帰るぞ」
「は~い」
こちらが仕掛けるまでもなく、亡者のひとりが真っ先に向かってきた。それを田噛がツルハシで難なく仕留める。狂暴化してはいるがそこまで強いわけでもないらしい。が茶化すようにおみごと!と拍手を送ると田噛に「遊んでないでお前も早くあっちをやれ」ととんでもなくうざったそうに吐き捨てられた。まあ正論である。は残る2体に目を向けた。黒く塗りつぶされた、かつて人であったなにかは裂けたように大きな口で笑っていて酷く不快だった。その足元には血だまりがあることから人間を殺したのだろうと予測がついては顔を歪める。肋角から言い渡された依頼内容とあまりに違うこともそうだが、なにより人間が死んでいることが許せなかった。もう少し早く到着していれば、死なずにすんだだろうか。ぎり、と奥歯を噛み締めたの背中へ田噛が容赦なく蹴りを入れる。
「余計な事を考えるな」
「……わかってます」
「ここであいつらを止めないと、犠牲が増えるだけだ」
田噛はがこくりと頷くのを確認したあとで一番近くにいる亡者の方へ走っていった。田噛が助言のようなものを与えてくれるおかげで、優柔不断なは背中を押されたような……いや蹴りと言う名の渇を入れられた気がしてきた。本人に他意はないのかもしれないが。は田噛の台詞を反芻して深呼吸したあとでもう一方の敵へ向かう。武器の届く距離まできたとき、亡者の手が伸びて襲い掛かってきたので高くジャンプをして背後へ回り込んだ。着地した地点は丁度血だまりのできている場所だったための制服には誰かの血糊がべっとりと飛び散るが気にせず振り返り再び亡者に大鎌を向ける。どうして人間を殺したのだろう。どうして説明のなかった亡者が増えているのだろう。今回の任務はわからないことだらけだ。亡者は笑うのをやめない。の頭の中に亡者の狂ったような高笑いがこびりつく。
「っ!」
田噛が叫ぶのと同じくらいのタイミングでの腹を鉄パイプが貫く。亡者が勝ち誇ったように一層大きく笑ったのを見届けて、は大鎌で亡者の首を刎ねた。痛い。苦しい。怖い。これは亡者の感情なのか、自分のものなのか、判断ができない。腹部の痛みで立っていることができず膝をついたを、駆け寄った田噛が支えた。田噛が「ばかやろう」と舌を打った気がしたが痛みのせいでなにも考えられないし幻聴かもしれないしそもそも言い返す元気もない。意識が保てそうになかったは手間をかけさせることになって申し訳ない、という意味でかろうじてごめんなさいと呟いてから目を閉じた。
***
はっと目を開けると見慣れた天井が映った。起き上がって辺りを見回すが紛れもなく自分の部屋である。まさかあの田噛が連れ帰ってくれるなんて……今日は槍でも降るかもしれないと失礼なことを考えつつはベッドから抜け出した。誰かが着替えさせた綺麗なシャツを捲って傷が塞がっていることを確認したは上着を羽織りそっと部屋を出る。ちらりと見た時計は6時半過ぎを指していた。任務に出向いたのが夜の8時前だったから、だいぶぐっすり眠っていたらしい。田噛は怒っているだろうか……きっと報告書も全部済ませてくれているはずだ。もしかしたら寝てるかもしれないけど、と思いつつ少しひんやりした廊下へ足を踏み出した。館はまだ朝の静けさに包まれている。時々木造建築特有のあの家鳴りがする以外生き物もそれ以外の気配もない。はなるべく足音を立てないよう、一歩一歩慎重に廊下を進んだ。田噛の部屋はの部屋からすぐ近くにある。その扉を小さめに叩くと意外にも中から返事がきこえた。そろりと扉を開けると部屋の主はなんだお前か……みたいな興味のなさそうな顔をして一瞬で目を逸らしたが、は気にせずテーブルの前に座る。起きている、と思ったがソファに寝そべっているのでもしかしたら寝ていたのかもしれない。なんとなく忍び足で傍まで寄るとテーブルの上に散らばった紙が目に入った。どうやら報告書の残骸らしい。報告書を出したあとそのままソファで眠ってしまったのだろうか。いつもの調子で「珍しく仕事熱心ですね」などと茶化そうものならすぐさま「誰かさんが俺の代わりに気持ちよくすやすや眠ってやがったおかげでな」とか嫌味で応酬されそうなので黙っておくことにした。
「なんか用か。報告書なら出しておいてやったから有難く思え」
「ありがとうございます」
「……お前、ああいう戦い方やめろよ。後始末が面倒だろ」
「す、すみません……」
「あと持って帰るのがクソだるいから俺の時に死ぬのもやめろ」
「……はい」
田噛はなんだかんだ言いつつ結構面倒見が良い方なので、今までもが死んだとき放置して一人だけ帰るようなことはしたことがない。怪我が回復し目覚めるまでただ隣で寝ているだけである。連れ帰ってくれたのは今回が初めてではないだろうか?と、は記憶を探った。
「……どう思う?」
「え?」
「なんかおかしくないか」
「……今回の任務のことですか?」
「それ以外ないだろ。聞いてた話と多少違うってのは今までもあるにはあるが……」
「肋角さんは何か言ってましたか?」
「いや……聞ける雰囲気じゃなかった」
「田噛さんが空気読むなんて珍しいですね」
「……もう一回死んどくか?」
「ちょ、ツルハシこっち向けないでください」
「チッ……、お前聞いてこいよ。空気読めねえのに定評あるだろ」
「なんですかその悪意に満ちた定評は……言っておきますけど、私は空気読めないんじゃなくて敢えて読まないだけですからね」
「より悪いじゃねえか」
はテーブルの上にある適当な紙を手に取って、ペンを走らせる。まずは事前に肋角から聞いていた任務内容。亡者は1人で、狂暴化はしていないが不安定な状態。いつもなら獄卒1人で十分な内容だ。しかし肋角はと田噛の2名を選んだ。これにもなにか意図があったのだろうか?は顎にペンを押し付けてうーんと唸ったが一向に考えがまとまらない。続いて自分たちが見た実際の現場。亡者は3人、全員怨霊化がかなり進行しており人間も手に掛けていた。田噛によると犠牲になった人間は2人とのことで、うち1人は原型もなかったそうだ。よほど深い恨みがあったのかもしれない。それについても肋角からの補足はなく、田噛は報告書の提出と任務内容の相違点を告げただけで執務室を出たらしい。
「」
「はい?」
「……他の奴らには言うなよ」
「え……でも、佐疫さんとかに聞いたらなにかわかるかも」
「いや、まだ言わない方がいい。もちろん肋角さんと災藤さんにもだ」
「田噛さんと秘密を共有するなんて……ふふふ、なんか楽しいですね」
「なんで面白がってんだよてめえは……」
「安心してください!私口固いので!」
「不安しか感じねえんだが」
肋角がこの件に関わっているとは考えにくい。いや、考えたくないだけかもしれないが。いつもはけだるさ全開でサボりがちな田噛だが本来は頭脳派である。その田噛がいうならきっとそうなのだろう。どちらかといえば平腹タイプであるは田噛が何を考えているのか見当もつかなかったが信じて従うことにした。
「あっ、田噛さんギター教えてくださいよ、ギター!」
「今何時だと思ってんだよ……谷裂が怒鳴り込んでくるぞ」
「え~~そんなこと言って、朝じゃなくても断るくせにー!」
「気が向いたら教えてやる」
「うわあ、一生なさそう」
「それより、今回の件で一個貸しだからな」
「ちゃっかりしてるなあ……」
「用が済んだら出てけよ」
「もう朝食の時間ですよ?まだ寝るんですか?」
「ばかだなお前。朝食まであと30分もあるだろうが」
どんだけ寝たいんだこの人とは少し呆れたが迷惑をかけた手前なにも言えなかったので、お邪魔しました~と素直に退出することにした。難しいことはご飯のあとに考えよう。ちょうど良いことに今日は休日なので時間ならたくさんある。
の足音が遠ざかったあと、田噛はさきほど彼女が走り書きしたメモを手に取ってじっと見つめた。まだ確信がない。誰かに言うのは危険だと、脳内の誰かが警告を発している。「だるい」と呟いた田噛は紙を放り投げて目を閉じた。
カーテンレールを突っ走れ::ハイネケンの顛末