だいせんじがけだらなよさ

 緊急招集がかけられたというのにがまだ現れないことで、同じく招集された佐疫と木舌は少し不機嫌な様子の肋角を前にして気まずそうに立っていた。かち、かち、と時計の針の小さな音だけが響く執務室は、緊急招集から20分が経過しようとしている。は平腹と鍛錬をすると言っていたはずだが……なにかトラブルでも発生したのだろうか。佐疫が「様子を見に行ってきます」と口を開こうとしたとき、漸く執務室のドアが開かれた。

「遅れて申し訳ありません!」
「随分遅かったな。なにかあったのか?」
「平腹さんに殺されてました!」
「……そうか」

 肋角は一瞬微妙な顔をしたが誰にも気取られないうちに元の真顔に戻った。相変わらずすぐ死ぬ彼女に対して一応心配をしている肋角だが、自分の役に立つため強くなりたいという動機で文字通り死ぬほど鍛錬に励む姿を見ると「ほどほどにしておけ」としか言えないのである。殺されていたと報告したの上半身はたしかに血まみれだったが怪我はほぼ治っているようで、その姿を確認してから肋角が3人に任務を言い渡した。

「亡者が迷子になったらしい。それを探し、捕獲するのが任務だ」
「……迷子、ですか。逃亡ではなく?」
「迷子、だそうだ」
「どんな状況ですかそれ」
「亡者を連れ帰る途中で野犬に襲われたらしい。それに驚いた亡者がどこかへ逃げてしまったそうだ」
「え~、それ逃がした人が捕まえるべきじゃないですか」
「たしかにお前の言う通りだ、。だがどこを探しても見つからないらしくてな」

 自分たちの不始末くらい自分のところでどうにかしてくれよ、という不満はあったが、肋角がこの依頼を受けた以上これは特務室の任務だ。対象の亡者はまだ10代の少女と聞いてがなるほど、と横の二人をちらりと見る。凶悪でも狂暴でもない少女であればできるだけ怖がらせないようにした方が良いだろう。その点で佐疫と木舌は納得の人選である。佐疫は言わずもがな、木舌は高すぎる身長がネックにはなるものの人柄でカバーできるはずだ。ちなみには同性という理由で選んだ、と肋角が付け足した。
 亡者を見失った地点に着いた3人はひとまず辺りを見回すが当然亡者らしき気配はない。遠くへ逃げたのか、近くに隠れているのかすらわからないとは厄介である。

「手分けして探そう」
「え~~~やだ~~~!野犬出るんでしょ?」
「野犬が怖いのかい?」
「そりゃそうですよ……めっちゃ吠えるし、病気持ってるかもしれないし」
も獄卒なんだから、そんなことで怖がってたらだめだよ」
「まあまあ二人とも。とりあえずもう一度状況を確認しようよ。亡者が逃げたのはあっちだったかな?」
「うん、路地裏の方に走って逃げたようだね」
「遠くへ行ってなければいいんだけど……」
「肋角さんの低音ボイスで呼びかけたらすぐ出てくるんじゃないですかね」
「そんなわけないだろ。もっと真面目に考えて、
「あ、犬から逃げるんだったら、高いところに上ったかもしれないですよ」
「なるほど」

 と佐疫は隠れられそうな隙間を探し、木舌は高いところに亡者がいないか確認していく。まあこんな程度はすでにやっていると思うが初心に帰るというのも大事なことである。は「亡者さ~~ん居ませんか~~」などと呟きながら探すが、亡者どころか蟻一匹出てこないし低いところばかり探しているものだから腰が痛くなってしまった。ふう、と息を吐いて立ち上がると少し遠くに居る木舌と目が合う。見つかったかと目で訴えられた気がしたので横に首を振り、中腰での捜索を再開した。こりゃ腰痛になるかもしれないな。ちょっと休憩……と言い訳してその場に座り込むと、どこからか猫が出てきてにすり寄ってきた。獄卒の姿が見えているらしい。さすが猫。お腹が空いているのかもしれないと思ってが制服のポケットを探ると右には飴やチョコが入っていた。これは肋角にもらったものだ。左のポケットに手を入れるとにぼしの袋が入っていた。これは谷裂にプレゼントしたら突き返されたやつだ。怒りっぽい谷裂によかれと思って100%善意で勧めたのに「いらん!」と怒鳴られた記憶が蘇る。2、3個手に取って猫の前に差し出してみると、暫く匂いを確かめた後少しづつ食べ始めた。猫は良いなあ、仕事しなくていいんだもんな。恐る恐る人差し指で猫の頭を前から後ろに撫でながら話しかけていると、頭上から佐疫の声が降ってきた。

「も~、なにやってるの、……」
「あ、見つかっちゃった」
「見つかっちゃったじゃないよ……遊んでないで仕事して」
「いやもう腰が痛くて……中腰つらっ!」
「まったく……じゃあ少し休憩しようか」
「わ~い。あ、佐疫さんチョコありますよ」
「ありがとう……ちょっと溶けてるけど」
「……ちょ、ちょっとやわい方が美味しいじゃないですか!」
「俺は冷やした方が好きかな」

 と佐疫がぼーっと空を眺めて現実逃避していると木舌もやってきたので3人並んで座り込んだ。木舌にも溶けかけのチョコを渡したがあまり気にしていないのかにこにこして受け取った。猫は満足したのかの膝の上で丸くなっている。すっかりだらけてしまったがうとうとし始めると、佐疫に肩を揺さぶられた。

「寝るなら仕事が終わってからだよ」
「うう……今日中に見つかるかなあ」
「探し物か?」
「……ん?」
「今なにか言った?」
「いや、おれは喋ってないけど……」
「こっちこっち」

 声は地面近くから聞こえていたので3人揃って見下げるがそこには猫しかいない。小さいおじさんでもいるのかと目を凝らしてもなにもいない。首を傾げるを見て猫が面白そうに笑って手を上げた。しゃ、しゃべってるーーーーーっ!と吃驚して叫ぼうとしたの口を佐疫が無理やり押さえる。

「これは驚いたな」
「猫又……というやつか」
「そうそう。お嬢さんにぼし美味しかったよ、ありがとう」
「え、えへ……どうも……」
「なんだよその反応」
「いや猫又さんって初めてで」
「……どうして急に正体を現したんだ?」
「にぼしのお礼にと思ってね。なにを探してるんだい?」
「あー、その、亡者を……」
「亡者?もしかして女の子の?」
「そう!それそれ!」
「知ってるのか?」
「ついてきなさい」

 の膝から降りた猫が振り返って促したので顔を見合わせたが、手掛かりもないしダメもとで行ってみるか的なノリで猫の後を追うことにした。さすが猫だけあって小さな抜け道をすいすい進んでいくが人の形をしたこちらももう少し気にしてほしい。通るのは塀に開いた穴や生垣の隙間ばかりなので3人は制服を土まみれにしながら進む。木舌に至っては抜け穴につっかえたりしたおかげで全身ボロボロである。普段は長身の木舌や谷裂たちに囲まれて威圧感と敗北感を味わっているも、この時ばかりは小柄で良かったなんて少しだけ思いながら木舌に手を貸す。苦労してたどり着いた神社の石段には誰かが座っていた。それがずっと探していた亡者であることは3人全員、見た瞬間にわかった。膝を抱えて俯いた少女はまだこちらに気付いていない。怖がらせないように、とが声を掛けることになり、単身でそろそろと近づいていく。

「あの~……」
「だっ……誰ですか?」
「あ、えーと、その……お迎えに来ました!」
「お姉さんも獄卒ですか?」
「あ、はい」
「……すみませんびっくりして逃げちゃって」
「いや、仕方ないですよ…………たぶん私も逃げます」

 木舌と違ってはあまり説得ということをしない。相手を説得できるような語彙も話術も持ち合わせていないから無理だと肋角に予め伝えていたので、彼もそのつもりで任務を割り振っている。今回は亡者の年齢も若く攻撃性がないことから彼女が抜擢されたのだが、やはり慣れないのか所々つっかえながら言葉を紡ぐ。佐疫と木舌はそれを陰から見守っていた。

「肋角さんが言っていた通り大人しそうな亡者でよかったね」
「本当に野犬に驚いただけだったんだねえ」
……大丈夫だろうか」
は説得なんて向いてないって言うけど、相手の気持ちを汲み取って共感する能力はあると思うんだ」
「……たしかにそうかもしれないね」

 声までは届かないものの彼女たちの雰囲気は悪くなさそうだ。説得が苦手というのは本人が度々口にしているが佐疫たちが実際に現場を見るのは初めてである。が親指を立てながらこちらへ走り寄るのを見て、杞憂だったかと息を吐いて佐疫が立ち上がった。

「は~よかった、これで帰ったら心置きなく飲めるよ」
「……木舌、今日は休肝日って言ったよね?」
「…………じょ、冗談だよ冗談」
「佐疫せんせ~、さっき木舌さんがキリカさんにおつまみ作ってほしいってお願いしてるの見ました!」
「よし木舌。今日は俺の部屋でお泊り会でもしようか」
「え~~なにそれ楽しそう!枕投げとかします?」
「そんな修学旅行みたいなことはしないよ」

 残念ながらの想像するような楽しいお泊り会ではないので参加してもただ佐疫の自室で寝るだけである。それがわかっている木舌は涙を流していた。そういえば、と猫の存在を思い出したが足元を探すと今回の功労猫がすっと近寄ってきたのでしゃがんでお礼を言いながら撫でてやる。猫又は「お礼ならそのにぼしでいいぞ」としっかり報酬を要求してきたので袋ごと渡した。


降り注ぐ慈雨を呑み込んで瞼を閉じる::彗星03号は落下した

アニメ化またはドラマCD化の折には肋角さんの激渋バリトンボイスを期待してます。 個人的には玄田哲章さんとかのイメージ(声優さん詳しくないので他に思いつかない)。
災藤さんは諏訪部さんとかかな…