は夕食のラインナップを見て絶望した。今日の当番は……平腹だ。当の平腹は例の如く「肉うめーーーー!」と叫びながらギャー●ルズみたいな骨付き肉を豪快に噛みちぎっている。テーブルに並べられていたのは焼いた肉。そして、生野菜である。キャベツ1玉、乱切りにされていると思いきや1口サイズに千切られただけのピーマン、皮がついたままの人参。は目をごしごしと擦ってからもう一度テーブルに目を遣ったが、何度見てもそこにあるのはまるごと生野菜と肉だった。
「安心しろ。お前の目は正常だ」
「良かった~~てっきり私の目が腐ったのかと」
「いや、良くはないだろう!」
良くないことはこの場の平腹以外全員がわかっている。しかしリカバリーできる者がいないのだ。唯一の希望である佐疫は任務で外出しているし、食に煩い斬島や意外と器用な木舌も同様である。
「田噛、貴様も夕食当番だろう!何をしていたんだ!」
「……ちょっと休んでたらいつの間にか飯の時間だった」
「サボるなといつも言っているだろうが!」
「言いがかりはやめろ。俺の体感では寝てからまだ10分しか経ってない」
「体感ではなく時計を見ろ!寝るなら目覚ましを掛けろ!」
「ま、まあまあ……失敗作が出てこなかっただけマシだと思いましょう。幸い野菜は未加工ですから、なんとでもなりますって」
「何か策でもあるのか?」
「そんなときのデバイスですよ」
得意気にポケットからデバイスを取り出すと、谷裂が少し感心したように目を見開いた。残念ながら3人とも料理の心得はない。できないわけではないができるわけでもない。それでもレシピ通りに作ればそれなりのものができるはずという淡い期待を抱いてはテーブルに置かれた野菜でレシピを検索した。こういうとき無暗に冒険するのは悪手だ。複雑なものではなくなるべく単品で作れそうなものを選び、ひとつひとつ作っていく。いくつか完成したのは1時間後のことで、最初からお腹がペコペコだったの腹は頻りに悲鳴を上げていた。
「も~~空腹で死にそう……」
「死なないだろ」
「言葉のあやですよ、田噛さん」
「……おい、見てみろ」
料理を食堂に運ぶ途中で谷裂が急に足を止めたので、後ろを歩いていたは危うく激突しそうになる。谷裂が前に立つとさながら壁のようだ。見てみろ、と言われたと田噛は少しだけ顔を見合わせた後で谷裂の視線の先を追った。そこにあったのは綺麗に空いた皿と腹を膨らませて幸せそうに眠る平腹の姿だった。やられた……とさらに絶望したはふと谷裂の身体が震えていることに気付く。うわあ、めっちゃ怒ってる。谷裂の沸点が低いのは周知の事実だが、今回は仕方がない。食べ物の恨みは怖いっていうし。谷裂の持っていた盆がミシミシと嫌な音を立て始めたので、このままでは盆が割れてしまうと思ったが必死に宥める。田噛はつっこむのも面倒くさいのか、そんな余裕もないほど空腹なのか、そそくさと席に着いて自分たちで作った簡素な料理を食べ始めていた。
「平腹!起きろ貴様!!」
「お、落ち着いてくださいって」
「おい、無駄だからほっとけ」
すでに我関せずな田噛が口をもごもごさせながらに助言する。耳にキーンとくる谷裂の叫びを聞きながら、は佐疫の帰りを心待ちにした。あの天使のような微笑みが恋しい。平腹は襟首を掴まれ前後左右に激しくシェイクされても一向に起きる気配がなく、それがまた谷裂の怒りを買っている。完全に悪循環だ。
「お、これ美味いな。俺たちにしちゃ上出来じゃねえか」
「……よく平気で食べられますね」
「気にしたら負けだぞ。心を無にしろ。心頭滅却だ」
田噛は田噛で無になりすぎな気もするが、たしかに彼の言う通りかもしれない……などと妙に納得したはとうとう考えることをやめ、目の前の料理に箸を付けた。切って調味料をぶちまけただけの料理は料理と言って良いのかもわからないほど単純なものだが美味しい。キリカの手料理には遠く及ばないものの一応食べられるものができたことに安堵する。完全に谷裂と平腹の存在を忘れて食事に集中しだした頃、佐疫たちが任務から戻ってきた。予定より大幅に早く片付いたらしく、弁当を買って帰ってきたらしい。事情を説明すると佐疫が「大変だったね」と苦笑いしながら手に持っていた袋を差し出した。
「良かったら少し食べる?」
「い、良いんですか!?」
「もちろん。その代わり、俺たちもそっちをもらっていい?」
「どうぞどうぞ!」
佐疫たちの買ってきた弁当は運の良いことに肉料理だったので、は念願の肉を頬張ってさきほどの平腹のように「肉美味しい~~」と歓声をあげた。
「こっちも美味しそうだね。みんなで作ったのかい?」
「私と谷裂さんで作りました!」
「おい……俺もいただろうが」
「田噛さんは調味料混ぜただけじゃないですか」
「お前だって野菜切っただけだろ」
「残念皮も私が剥きましたぁ~~~!」
「それしきで威張るな」
「谷裂もこっちきて食べなよ」
漸く気付いた谷裂が掴んでいた平腹を床に放り投げチッと舌打ちして席に着いた。平腹は結局目を覚まさないままだ。まだ怒りは収まらないようだが、さきほどよりは落ち着いており斬島が弁当を差し出すとむすっとしながらもおかずを口に運ぶ。
「漸くまともな飯にありつけたな……」
「まったく、とんだ災難だったぜ」
「そもそも貴様がサボらなければこんなことにはなっていない!」
「まあまあ……あんまり怒ると血管切れますよ」
「そうだよ谷裂。ご飯の時くらい気を静めたらどうだい?」
「……わ、かっている……」
と木舌に宥められ、谷裂は深呼吸した。素直にアドバイスを受け入れるあたり谷裂も根は良いやつなのである。は「はい谷裂さんいっぱい食べてくださいね~」などと母親気取りで谷裂へおかずを取り分ける。
「谷裂さんはもっとカルシウムを摂取した方がいいのでは?」
「牛乳なら毎日飲んでいるが……」
「え……」
「なんだその顔は……なにか都合でも悪いのか」
「いや…………あ、だからそんなに背が伸びちゃったんですね」
「伸びちゃったとはなんだ!身長は高いに越したことはないだろう!」
「さりげなく私をディスるのやめてもらっていいですか?」
「カルシウム取って運動もしてるからじゃない?」
「え~おれは酒しか飲んでないよ」
「うん、木舌は黙ってて」
「じゃあ私もこれから毎日牛乳飲んで鍛錬する……」
「おれみたいに酒で背が伸びる可能性もあるよ~」
「そんな説はない」
そもそも今から背は伸びるのか?という疑問はさておき、特務室で一番小柄なはどうせなら抹本くらいはほしい……と夢みていた。抹本なら背が伸びる薬くらい持ってそうな気がする。今度頼んでみようと思いながらは漬物を食べた。斬島と佐疫が今日の任務は楽に片付いてよかったなどと談笑していたので内容を聞くと、ペットの捜索だったという。佐疫は洞察力に優れていて、こういった捜索任務を割り振られることが多いらしい。本人は「あんまり獄卒らしい仕事じゃないけどね」と肩を竦めたがこれも立派な任務である。ただ面倒ごとを押し付けられただけなんじゃ……という仕事もたまに含まれているが。ちなみにこのような探し物系がや平腹には滅多に回ってこないのは騒がしいからである。もそれがわかっていたので楽な仕事が少し羨ましくありながら、じぶんもやりたいなどとは口にしなかった。
「は今日なにしてたの?」
「斬島さんと勝負しました!」
「勝敗は……聞くまでもないな」
「もうちょっと興味もってくださいよ~!5回に1回くらいは勝ってますからね?」
「お前は詰めが甘いんだ。なぜ最後に手を緩める!?」
「いやなんか、体が勝手に……」
「早急に改善しろ!」
「うーん、たしかに、俺の時もそうだったよね。弱いわけじゃないと思うんだけど……」
「なにか心理的な要因でもあるのかもしれないな」
斬島がぽつりとつぶやくと、に視線が集中した。注目されることに慣れていないはかっと顔を赤くして谷裂の後ろに隠れたのだが、心底うざったそうにしっしされてしまう。心理的な要因など心当たりがないのでそんなに興味津々な様子で見られても何も出てこないのである。自分でもわかっていた。勝負に手抜きは禁物なのに、どうしてか最後の一手に力が入らない。に回される任務がいつも2人以上なのは、肋角も彼女の弱点を分かっているからなのだろうか。木舌のように説得をメインとして基本戦わない方向はどうだろう、と提案してみたが、谷裂から「お前と平腹は暴れてなんぼだろうが」と一刀両断された。ですよねー。
そこから明日は見えますか::ハイネケンの顛末