だいせんじがけだらなよさ

「なんで!どうして!私も行きたかったのにっ!!」
「お前は怪我をしていただろう」
「骨折なんて怪我のうちに入りませんよ」
「痛い痛いと泣いてたのは誰だ?」
「なっ……泣いてません!!」

 肋角は目の前で顔を真っ赤にしてぷんすかと怒るを見て煙管を咥えたまま口角を上げた。また子供扱いして!とふくれるだが肋角からみれば彼女に限らずみんな子供同然である。そもそもが何に対して抗議しにきたのかというと、先日の廃校での任務の件だ。古ビルの亡者を捕獲に行った木舌からの連絡が途絶え、廃校に逃げ込んだという情報が入ってきたため今度は斬島を始めとした獄卒6人で任務にあたった。任務が終わったあとでこの件を知ったは何故自分に声がかからなかったのか?とクレームを付けに来たのだがそれには正当な理由がある。は前回の任務で両足を折られ寝たきりだったのだ。そのような状態で声がかかるはずもないのだが「怪我は気合」がモットーの彼女は肋角から行けと言われれば骨が折れていようと腕がちぎれていようとたとえ火の中水の中、なのである。

「まあそう不貞腐れるな。怪我はもういいんだな?」
「はい!」
「ならば、次の任務にはお前も参加してもらう」
「はいっ!」

 勢いよく乗り込んで返り討ちに遭っただが肋角の一言ですぐに元気を取り戻す。単純といえばそうだが、肋角にとってはかわいくて仕方がない娘のようなもので、来た時とは一転してにこにこしながら退出したの顔を思い出してまた笑った。災藤がこの場に居たら「親バカ」と呆れられていたことだろう。
 すっかり機嫌を直し、ルンルンとスキップしながら廊下を進むが向かうのは食堂―――キリカのところである。時計の針は3時ちょっと過ぎを指していた。

「随分ご機嫌だね、
「佐疫さん」
「足はもう大丈夫なの?」
「はい、もうこの通り!」

 がその場でジャンプしてみると、佐疫が「それは良かったね」と苦笑いした。獄卒は個性的な面々が揃っているが、もなかなかの問題児である。特に彼女と平腹が揃うととても手に負えない、と佐疫は頭を抱えていた。この自由人×自由人のコラボレーションを止められるのは恐らく肋角か災藤くらいだろう。単体なら少し変わった女の子、というくらいの微笑ましものなのだが。

「だから、次の任務には呼んでくれるって肋角さんが」
「はは、あまり肋角さんを困らせちゃだめだよ?」
「……私は肋角さんの役に立ちたいだけです」
の気持ちは良くわかるけど、肋角さんだってのことが大事なんだよ。もう少し肋角さんの気持ちも酌んであげないと」
「…………正論すぎてイラっとしました」
「え~……」

 彼は優等生すぎないだろうか?物分かりが良すぎるというか……親に諭される子供のようで悔しくて、は顔を顰めた。自分も彼のようになればもっと肋角の役に立てるだろうか。頭の良いわけではない自分にできることはがむしゃらに働くことだけである。それがわかっていたからこそは這ってでも仕事をする姿勢を貫いていたのだが、心配されていると言われてしまってはなにも反論できない。

「とにかく……俺たちは死なないけど痛みは感じるんだから。無理は禁物だよ。肋角さんにあんまり心配かけるのも良くない。それに、心配しているのは肋角さんだけじゃないんだからね」
「……は~い……」
「うん、素直でよろしい」

 の頭を優しく撫でた佐疫は執務室へ入っていった。書類を抱えていたから、報告書の提出だろう。その姿を見送ってから、は当初の目的であるキリカの元へ急いだ。おやつを要求するために台所へ入るとキリカが掃除をしていたので、ふと佐疫の顔を思い出したは優等生を気取って手伝いを買って出る。ちょっとした手伝いならこれまでもしてきたことだがこう、改めて意識すると、キリカの喜ぶ姿にはこちらまで嬉しくなる成分が含まれているらしいことを知った。これからはもっと積極的に手伝いをしてみよう。は機嫌よく拭き掃除をしながら今日の夕飯に思いを馳せた。今日の当番はたしか……木舌である。以前の当番でおつまみオンリーの居酒屋メニューを出してきた木舌だが、料理の腕は悪くないのでそこそこ期待できる人選だ。自身は美味しければつまみだろうが肉だろうがなんでもいいと思っているのでただ美味しい夕飯にありつけるのを期待するばかりである。

ちゃんありがとう。おばちゃん助かったわ。おやつ食べる?」
「いただきます!」
ちゃんはなんでも美味しそうに食べてくれるから嬉しいわ~」
「いえ、キリカさんの作るものが美味しいからですよ」
「ありがとう。明日も腕によりをかけて作るわね」

 食堂の一角でキリカ作のプリンを食べるはキリカに頭を撫でられた。今日はよく頭を撫でられる日だ。まんざらでもないはにこにこしながらプリンをまた口に運ぶ。キリカの料理がどれも絶品なのは本当のことで、美味しそうに食べているというのは演技でもなんでもない。おまけにデザートまで美味しいなんて。はキリカを採用した肋角に心の中で感謝した。一緒に出されたコーヒーを飲んでだらけているところにあやこが現れたので手を振ると、ぺこりと頭を下げた。こんなに大人しくてかわいい彼女の後頭部に真逆の性格(?)の口が付いてるなんてには今でも信じられない気持ちだ。3人はこの館で数少ない女性陣として仲良くしているせいか、後頭部の口もに対してはあまり辛辣な物言いをすることがないのでたまに吃驚してしまうのだ。ちなみに次の休日には3人で女子会をすることになっている。
 あやこはキリカを迎えにきたらしく、連れ立って帰っていった。もうそんな時間か、とは壁に掛けられた時計を確認する。夕飯までまだ時間があるので、食器を片付けたあと谷裂達と鍛錬でもするか、と鍛錬場へ向かった。予想通りそこでは谷裂と斬島が激しい打ち合いをしていたので邪魔にならないようすみっこに体育座りをして見学の体勢をとる。今回は斬島の勝利で終わり谷裂が悔しそうに舌打ちをしたが、すぐに鍛錬場の片隅でちょこんと座るに目を止めた。

「いつからいたんだ」
「ついさっきですよ。谷裂さんに決闘を申し込みにきました」
「断る」
「なんで!?鍛錬大好き谷裂さんが勝負を断るなんて信じられない!」
「お前がすぐ怪我をするからだ!」
「谷裂さん……そんなに私のことを心配してくれるんですか……?」
「俺が心配しているのはお前じゃなくて任務に支障がでないかだ」
「そこは嘘でもお前が心配だって言ってくださいよ~」
「言うわけがないだろう!気色悪い!」
「ならば俺が代わりに相手しよう」

 言うなり木刀を構えた斬島がの前に立った。谷裂は文句を言いたそうにしているが戦闘モードに入った二人は彼のことなど目に入っておらず、静かに睨み合う。が斬島とやり合うのは初めてではないが、表情の読めない斬島との勝負は少し苦手である。

「あっ!ちょっとタイム!」
「なんだ?」
「武器持ってなかった……」
「……気付くのが遅くないか」
「俺の金棒を貸してやってもいいぞ」
さんはか弱いからそんな重いもの持てないです!」
「か弱い……?誰のことだ」

 谷裂のボケを無視したは鍛錬場の隅にある木刀を取りに走った。真面目な斬島は準備が整うのを律儀にじっと待っていてくれる。平腹だったら隙ありとか言ってフライングで攻撃してきてもおかしくないので一応背後を気にしながら、は木刀を1本手に取って斬島の元へ戻った。剣術にはあまり自信がないのだけど……こういうのは気合で負けたら終わりだ。それは亡者に対しても同じである。ただでさえは女だからという理由で亡者になめられやすく、日ごろから悩んでいた。せっかく目を掛けてくれている肋角には申し訳ないが、この仕事は向いてないかもしれないと泣きついたこともあった。それでもがなんとかやってこれたのは斬島たちが叱咤激励してくれたおかげでもある。口は悪いし愛想もないけど、仲間思いな同僚たちなのだ。いつか背中を任せてもらえるように、というのがの当面の目標である。
 とはいっても道のりはまだ遠く、斬島には手も足も出せない状態で勝負がついてしまったはぜえはあと息を切らしながら大の字で倒れこんだ。谷裂は軟弱なやつだといった呆れ顔でを見下ろすが、疲労困憊で怒る元気もない彼女は目を閉じて呼吸を整える。

「怪我はしなかったぞ」
「虫の息だがな」
「それ死ぬ前のやつ……」
「おい、寝るなら別のところにしろ。邪魔だ」
「はーい」

 斬島に差し出された手を取って、はのそりと起き上がる。どうして息切れしてないんだろうと不思議に思いながら立ち上がると、斬島がさっきのここはもっとこうした方が良いとかアドバイスをしてくれた。だが大きく肩で息をする今のにはせっかくの助言も右耳から左耳に抜けるのみなのだった。


その感情ならもう羽化してしまったよ::ハイネケンの顛末