コンコン、との自室のドアが控えめにノックされた。ベッドの上で本を読んでいたがどうぞ、と声を掛けると現れたのは抹本である。いつものように泣きそうな目をしている抹本だがその腕に数本の怪しげなビンを抱えていたのでの表情が固まる。昨日の任務で両足を骨折したは自力で動くことができない。まずい、と青ざめるだが全部が全部やばい薬というわけではないことも知っていたので、きっと骨の再生が早くなるとかそういう回復系の薬をお見舞いに持ってきてくれたんだと自分に言い聞かせた。
「あ、足はどう……?」
「まだちょっと痛いけど、大丈夫ですよ」
「あの……これ、よかったら……」
「……」
「これは怪我の治りが早くなる薬、こっちは疲労回復に効く薬で……」
ベッド脇のテーブルに小瓶を並べながら抹本がひとつひとつの効能を解説するが、どれもこれも回復系の薬である。は心の中で抹本を疑ったことを謝罪した。
「あ……これ全部試験中だから……飲んだら結果教えてくれる……?」
「………………はい」
可愛い顔していても彼も立派な獄卒だ、とはしみじみ感じた。抹本がいなくなった後にテーブルの小瓶を改めて確認すると、どれも綺麗な色をしていることに気付く。なにかに似ているような……と暫く考えたは、この小瓶の液体が自分たちの目の色と似ていると思い至った。この深い青は斬島、夕焼けみたいなオレンジは田噛、くすんだ黄色が平腹……ちょうどよく全員分揃っているのは抹本の意図したものだろうか?ふと緑色の液体を見て、は首を捻る。抹本も緑の目だし、木舌も緑色である。二人の目玉の色味は違うけれど、この液体はどちらだろう……。瓶を光に透かして悩んでいると、またしてもドアが2回ノックされる。今度はしっかりめの大きな音がしたので抹本ではないだろうと予想しながら、は扉の向こうへ声をかけた。
「やあ、怪我の具合はどうだい?」
「あっ!木舌さん、ちょうどいいところに!」
「え?おれに何か用事かい?」
「用事というか……ちょっとこっちに来てください」
おいでおいで、と木舌を自分の寝ているベッドまで呼び寄せたは椅子を勧める。状況は飲み込めないものの素直に腰かけた木舌は元気そうなを見てほっと胸を撫で下ろしたようだ。任務のたびにもれなく怪我を負って帰還する彼女は木舌が何度注意しても平気平気と受け流してしまう。獄卒に死というものはないが、それでも怪我しないに越したことはない。しかもは割と重傷になりがちなので心配しているのはきっと木舌だけではないだろう。どうすればわかってくれるかなあと日々頭を悩ませている木舌の心情など知らず、は彼の顔の横に緑色の小瓶を並べて熱心に見比べていた。……なにをしているんだろう、と木舌が首を傾げる。綺麗な花緑青の瞳をぱちくりさせてを見守っていると暫くして顔から小瓶が離された。
「……それは、なんだい?」
「抹本さんが持ってきてくれたんです。えーとこれはたしか……疲労回復の薬、らしいです」
「これも全部抹本が?」
「そうですよ。これ、私たちの目の色に似てませんか?」
「……ああ、たしかに。それで見比べていたのか」
「はい。これは木舌さんと抹本さんどっちかなって」
「見ているだけなら綺麗なんだけどねえ」
「……やっぱり飲まない方がいいですかね」
「まあ、安易におすすめはできないけど」
「でもさっき結果を報告するって約束しちゃったんですよね……」
「あんまり安請け合いしたらだめだって言っただろ?」
「だ、大丈夫ですよ、私たち死なないんだし」
木舌は困ったように眉毛を下げ、また彼女の口癖がでたとため息を吐く。は免罪符のように「死なないから」といつも口にしていたが、木舌にはそれが呪いの言葉に聞こえてならなかった。自分を心配している人がいることを彼女はちゃんとわかっているのだろうか。
「には、もう少し体を大事にしてほしいなあ」
「え~~、そんな、真面目に言われたら照れちゃいますって!」
「うん、真面目に言っているからね」
「……」
笑顔のままにじり寄る木舌に不穏な空気を感じたは表情を引きつらせた。これは……怒ってらっしゃる!滅多なことでは怒らない木舌は怒ったときめちゃくちゃ怖いということをは知っている。しかし怒っていることはわかるが何に怒っているのかがわからないは困惑して目を泳がせた。足を満足に動かせないせいで退避することもできないは八方塞がりな状態である。完全に怯えているの手を小瓶ごと握った木舌が目いっぱい顔を近づけて「おれの言いたいこと、わかる?」とあくまでも優しく囁くので、は必死に頷くしかなかった。
「ほんと?じゃあ、言ってみて」
「え……と、命を大事にしろ?」
「…………ざっくり言えばそうかな」
「……」
「あれ?どうして泣いてるの?」
「…………なんでもないです」
半泣きのは今後はとにかく木舌は怒らせないようにしようと心に誓った。それでもこの薬たちは抹本との約束もあるし、飲まないわけにはいかない。抹本も普段おどおどしてはいるが優秀な獄卒である。きっと効果のある薬も含まれているはず……は以前抹本の薬を飲んで半日寝込んだ苦い記憶を思い出したが、頭を横に振って忘れることにした。
「それで、どっちかわかったのかい?」
「えっ?なにがですか?」
「その緑の薬。おれと抹本、どっちだった?」
「あ~……どっちでもない、かな」
「そうかあ、それは残念だなあ」
テーブルに置かれた小瓶は青、空色、黄色、オレンジ、紫、青紫、そしてが手に持った緑。7つの液体が自分たちに例えられるのなら、この中に自分がいないのが木舌には残念でならなかった。まあ他の液体も微妙に違う色合いではあるし、と木舌は自分に言い聞かせる。
「でも、木舌さんの目ってすごく綺麗ですよね。なんかこう……言い表せないですけど」
「そうかなあ。自分ではよくわからないな。おれはの目の色もとても綺麗だと思うよ」
「……私はあんまり好きじゃないです」
「どうして?」
「どっちつかずって感じで」
「うーん、どっちつかずじゃなくて、どっちも持ってるって考えたらどうかな」
「……それは、思いつきませんでした」
「おれは好きだよ。青でもあって紫でもあるって、贅沢な色だよね」
いつもの優しい笑顔に戻った木舌が青紫の瞳を覗き込むと、花緑青の瞳にの姿が映りこんだ。やっぱり木舌の方が綺麗だと思うけれど、少しだけ自分の目の色を受け入れられた気がする。
「これ、お見舞いだよ」
「あ、りがとうございます……」
じゃあね、と木舌が出て行ったあとでもらった包みを開封すると読みたいと言っていた本だった。木舌さんに話したっけ……と思いながらも、有難く受け取ることにする。少なくともあと1日はベッドとお友達だろうから、暇つぶしは多いに越したことがない。ずっと握ったままだった緑の液体が入ったビンをテーブルに置くと、窓から差した太陽の光が当たってきらきらと輝いた。ああ、なるほどとは目を見開く。どっちにも似ていないと思っていた緑は光の加減で木舌のようにも、抹本のようにも見えた。今度抹本に会ったら聞いてみよう。予想が当たっていることを祈って、は緑色の液体をラッパ飲みした。
***
「木舌は何を落ち込んでいるんだ」
「珍しいね」
「……ちょっとやりすぎたかなーって」
「なんの話だ?」
「…………うん、内緒」
夕食の席で木舌はさきほどのとのやり取りを思い出し時間差で反省していた。彼女を心配しているのは本当なのであれは木舌の本心である。でも怖がらせてしまったのは本意ではない。頬杖を付いて酒を煽る木舌に「行儀が悪いよ」と佐疫がやんわり注意したが、生返事しか返ってこないのでこれは重症だと察する。ぼんやりしすぎて何本も空けられては任務に支障が出ると判断した佐疫はテーブルに並べられた酒瓶をこっそりしまうことにした。ここまで上の空になるなんて一体なにがあったのだろうと佐疫たちは首を傾げるばかりだったが、やがてどうせ酒絡みだろうと短絡的に結論付けた。
木舌お兄さんが好きですがお話書いてるうちに気付いたら田噛くんも好きになってた罠。
きみが眠れますように::ハイネケンの顛末