だいせんじがけだらなよさ

17

 ここ最近、館にはへたくそなギターの音が時折響くようになった。音の主が誰なのかは、ほとんど全員に知れ渡っている。

「てめえ、最初に調律しろっつってんだろ」
「してます!してますってば!」
「できてねーだろバカ。気持ち悪い音だしやがって」
「ひどっ!」

 からギターをひったくった田噛が正しくチューニングし直して弦を鳴らすとさきほどとは違い澄んだ音が鳴り響く。は思わず「おおー!」と歓声を上げたが、チューニングという初歩中の初歩で褒められてもなにも嬉しくない。こんな調子ではいつまで経っても先に行けないので小言を言いたくなるのをぐっと我慢し、田噛はギターを再びへ渡した。

「それでホの和音弾いてみろ」

 田噛に言われたコードで弦を弾くとそれっぽい音が出た。初心者のにとってはそれだけでも感激ものだが余韻に浸る間もなく次のコードが指定される。矢継ぎ早に指示が出されてよくわからないままあわあわと弦を鳴らしていく。合っているのかどうかすら、にはわからない。

「思ったよりできてるじゃねえか」
「(このっ……鬼教官……!!!)」
「お前今俺の悪口考えただろ」
「イイエ」

 あまりにも察しの良すぎる田噛にじとっと睨まれたは冷や汗たらたらの作り笑いで首を振った。だがの方も、口は乱暴だが意外と教え方は丁寧な田噛を意外に思っていた。まあ実際には「次までに覚えてこないと殺す」的な殺気を感じて殺さないまでも血を見るような予感がして必死だったのもあるのだが。最初にコード表を見せられた時はなんの暗号?宝の地図?読める気がしないと思っていたも、彼に覚えろと言われた2つのコードだけを重点的に練習し続けてなんとなく「ギター弾いてます感」を味わうことでまだ曲も満足に弾けていないにも関わらずちょっと楽しくなってきていた。

「田噛さん、田噛さん」
「……なんだよ」
「ちょっと聞いてくださいこれ」

 そう言っては覚束ない手つきで超スローなきらきら星を披露する。コードと一緒にこっそり練習していた曲だ。終わってからドヤ顔を田噛に見せつけたが、褒めてくれそうな気配はなかった。まあ田噛さんだしな、とはすぐに開き直った。きらきら星はギター初心者にも弾きやすい曲だ。もちろんはそんなことなど知らずに単音で繰り返しのフレーズだけの曲なので自分でもできそうと思いやってみたのだが、これが案外難しい。なにが難しいのかといえば、左手指をスムーズにコード移行することもそうだし、それと同時に弦を弾く右手をすばやく鳴らしたい弦に移動させることだ。両手でまったく違う動きをさせなければならないのはピアノでも同じことだったが、ピアノの場合「鍵盤を押さえる」という動作自体は左右同じだ。しかしギターはそうもいかない。慣れの問題もあるだろうがにとっての第一関門はコード表の読み方でもチューニングでもなく、そこにあった。
 へたくそながらも一応はきらきら星っぽい曲をやりきったは褒められないまでもなにか田噛からコメントがあるだろうかと少し期待した目でそれを待った。無表情でを見ていた田噛は彼女の右手に腕を伸ばす。

「右手の小指はギターに付けて弾け。その方が安定する」

 そのままの右手を掴んでギターに添えるように置き直した。練習時とは違う手の位置に違和感がある。なんだか慣れなくてつい力が入ってしまうに「力むなって」と田噛の説教が飛んでくる。そんなこと言われても……と困惑しつつ、きっと田噛が言うならそうなのだろうとポジティブに受け止めた。田噛は手を離したあともの右手をじっと観察している。なにか変なところでもあったのだろうか?とは首を傾げた。

「お前……」
「なんですか?」
「…………指短いな」
「ひどーーーっ!!」

 神妙な顔つきでなにを言い出すのかと思えば普通に悪口だったのではつい大声を上げる。

「よく弦に指届いたな」
「重ね重ね酷いですね……ばっちり届いてますよ、ほら」
「奇跡ってやつだろ」
「ディスりが止まんない……!」

 一応ピアノの鍵盤の1オクターブ分に手が届くから言われる程手は小さくはないと自負していたのだけれど。他者からはそう見えてしまうのだろうか。は自分の手をじっと見つめてみたが、いまいち納得がいかない。むう、と子供みたいにむくれていたらすかさず田噛から「それでもう一回やってみろ」と命令がきた。はいはいと適当に返事をしてからもう一度ぶきっちょなきらきら星を演奏する。やっぱり右手が力んでしまう。が、なんだかひとつ成長したみたいで嬉しくもあった。
 が眉間に皺を寄せながら演奏するへたくそなきらきら星を耳に入れながら、田噛は先日の佐疫と木舌とのやり取りを思い出す。を中心にしているように起こっている、不可解な事件未満の出来事。それらは果たして偶然なのだろうか。刺方という男は……今の情報だけで足取りを掴むのは難しい気がした。あれ以来、は刺方とは連絡を取っていないようだし、記録課でも見かけたことはない。完全に自分たちの前から姿を消してしまった。それがなにを意味するのか。たしかに気になりはするが、考えすぎなようにも感じる。木舌の言う通りだった。雲を掴むような曖昧さで疑問が浮かんでは消えていく。つい考え込んでいた田噛の様子を不審に思ったはその肩を揺さぶった。

「……今度はなんだよ、うるせえな」
「あー良かった、目開けて寝てるのかと思いました」
「んな器用なマネできるか」
「ちゃんと聞いてました?」
「聞いてた」
「どうでした??」
「下手くそだった」
「……今日の田噛さんはディスりの切れ味がすごいですね」
「まあな」
「褒めてません」
「ギター貸しといてやるから、練習しろよ」
「早く田噛さんと二重奏したいなあ~」
「100億年早え」
「お、億単位で……!?」
「獄卒の100億年なんてあっという間だぞ、
「それはなんかおじさん臭くないですか?」
「じゃあお前もばあさんだろうが」
「それより、田噛さんも練習しておいてくださいね!」
「………………きらきら星を?」
「きらきら星を!」
「もっと上目指せよ……」
「ええー!それはまだちょっと早いかな」
「当たり前だ、バカ野郎」

 ブーブー言いながら出て行ったを見送って、田噛は一人ため息を吐いた。が努力型なのは知っている。それに、のめり込むとそれこそバカみたいな集中力を発揮することも。100億年といったのはもちろん冗談だが、案外上達は早いかもしれない。がいなくなると部屋の中は一気に冬が来たような静けさに包まれた。




***




 今日も今日とて、任務がある。はギターの練習もそこそこに、制服に着替えて玄関ホールへ足を向けた。今日の顔ぶれはと斬島、そして木舌だ。

「私、現世って初めてなんですよ~」
「へえ、そうだったんだ。じゃあ楽しみだね」
「はい!」
、遊びに行くんじゃないぞ」
「わ、わかってますって……でも終わったら観光してもいいですか?」
「それはまた今度にしろ」
「うう……はい……」

 もちろん仕事はきちんとやるつもりだったが、早く終わらせれば少しくらい見て回ることもできるかと期待していたは斬島の一言でバッサリ切り捨てられて肩を落とした。佐疫でなければ寄り道もワンチャンあるかと踏んでいたが、斬島も彼以上の超がつくほどの弩級真面目獄卒である。つけ入るすきもなく、は諦めざるを得なかった。

は、現世のどこに行きたいの?」
「え……っと……東京タワーとか?」
「残念、今から行くのは四国だよ。東京タワーにはちょっと行けないかなあ」
「そうですか……」
「あ、じゃあ今度みんなで東京タワー見物に行くっていうのはどうだい?」
「え!!!」
「良い考えだな。俺も東京タワーはまだ行ったことがない」
「やったー!じゃあ私、美味しい食べ物屋さん調べておきますね!」
「……もしかしてそれが目的……?」
「いや、てっぺんに登りたいっていうのはありますけど、それはそれとして美味しいもの食べたいじゃないですか」
「俺も同意だ、

 美味しい食べ物同盟の二人がハイタッチするのを見て木舌は苦笑する。片やハイテンション、片や無表情で、の「イエーイ」の掛け声とともに両手を合わせる様はなんだかシュールだ。斬島も無表情ではあるもののちょっと嬉しそうに見えるのはおそらく気のせいではない。

「よし、じゃあ任務の内容をおさらいしようか」

 ひとしきり盛り上がったところで木舌がパンと手を合わせた。普段はのんびりと他の獄卒をにこやかに見ていることが多い木舌も、お兄さんを自称するだけあって指揮を執るのが苦手なわけではなかった。それに、真面目だが天然な斬島、自他ともに認めるフリーダム獄卒が揃っている中では自分が仕切り役にならざるを得ない。佐疫や谷裂とは違う穏やかなその雰囲気はとても任務が始まる前とは思えない緊張感のなさだったが、二人は木舌の手合わせの音を合図に雑談を切り上げて彼に体を向けた。
 今回の任務は四国のとある廃民宿での怪現象についてだ。昭和中期に建てられたという海沿いの小さな民宿は地元でも知る人ぞ知る心霊スポットらしい。主な事象は「名前を呼ばれる」「放置されている布団がなぜか使った直後のようにほんのり湿って冷たい」といった一見人畜無害なものばかりだ。しかし最近になって亡者が人間を襲うという情報が入った。それが以前から住み着く亡者または怪異なのか、それとも新たに現れた誰かなのか調査しなければならない。そして「それ」を捕縛するのが今日の任務だ。
 民宿の入り口は廃墟とは思えないほどきれいに見えた。だが建物自体はかなりガタがきているのがわかる。が玄関の引き戸を開けようとするが、建付けが悪いようでびくともしない。

、おれが開けるよ」

 ぽん、との肩を叩いた木舌がにこりと笑いかける。さすが木舌さんは頼りになるなと頷いてが後ろに下がると、木舌は開けるというよりもぶん投げる勢いで扉をスライドさせた。バキバキバキと轟音を立てて玄関が崩壊していく。

「……木舌、やりすぎだ」
「えー?でも入れるようになったよ?」
「それは、まあ、ありがとうございます……」

 平腹のように暴れて壊すということはないが、木舌にはこういう大雑把なところがある。「じゃあ行こうか」などと全く気にしていない木舌は少し屈んで壊れた玄関をくぐった。すでに廃墟だし、肋角にどやされることもないだろうと考えた二人はそれ以上つっこまず、斬島、の順でその背中に続く。

「この民宿、開かずの間があるんだって」
「わあ~!いかにもなにか潜んでそうですね!」
「早いところ捕まえて帰ろう。腹が減った」
「さっき出かける前に食べてなかったかい?」

 奥へ進むほど、潮騒が大きくなっていくような錯覚に陥る。きっと内部が静かすぎるせいだろう。はそんなことを考えつつきょろきょろと周囲を見回した。



 ふと、誰かがの名前を囁いた。それは耳元で聞こえたようにも、どこか別のところから聞こえたようにも感じた。来た道を振り返ると、明かりのないせいか異様に長い廊下が暗闇へと伸びていた。咄嗟に前を行く二人の背中を確認したが、その声が聞こえた様子はない。

「今、私のこと呼びました?」
「いや、呼んでいないが」
「呼んでないよ」

 振り返った二人は不思議そうにしながら首を振った。今のが怪異か……。振り返ったり反応したら連れていかれるタイプだったりして……とは肩を竦めて向き直る。

「あれ?」

 前を歩いていた木舌と斬島がいない。はぱちくりと数回瞬きをしてその場に立ち尽くした。


聞こえないふりだけは得意だった: :ハイネケンの顛末
管理人は弦楽器は弦バスしかやったことないのでギターの練習法はがんばってぐぐりました。間違ってても笑って許してください。