だいせんじがけだらなよさ

16

 は特務室の獄卒の中でも異質な存在だった。そのひとつは経歴。以外の獄卒は全員肋角に選ばれ、肉体と名前を与えられた者たちだ。彼らは人型を取ってはいるものの、正体がヒトとは限らない。が、は元閻魔庁の事務方であり、名前や姿かたちも肋角から与えられたものではなかった。彼女は特務室に異動となる前からすでにだった。特務室の獄卒たちが知っている彼女の過去はここまでである。
 田噛の部屋の扉を2回ノックすると、中から返事が返ってきたが今の佐疫にそれを待つ余裕はなく、彼の声とほぼ同時に扉を開けた。ギターの弦を弾いていた田噛は入り口に立つ佐疫と木舌を見て少し驚いたように手を止めたが、すぐに何事もなかったかのように再開する。

「なんだよ、二人して」
「田噛にお願いがあるんだけど……」
「断る」
「肋角さんに関わるかもしれないことなんだ!」
「……あ?」

 いつになく焦った様子の佐疫を見て、ただ事ではないらしいと悟った田噛は二人をしぶしぶ部屋へ入れた。佐疫が記録課での出来事を伝えると、面倒ごとの気配を察知した田噛は眉間に皺を寄せつつ、自身もあの不可解な任務を思い出す。

「あの記録課の男は記録課にはいなかった……てことは、俺が見たのは他人の空似だったのかもな」
「俺たちはそれを確かめたいんだよ、田噛」
「確かめるって……どうするつもりだよ。なにか考えでもあんのか?」
「災藤さんが一緒だったんだろ?災藤さんに名前を聞いてみてもらえないかい?」
「チッ……仕方ねえな」
「ありがとう田噛」
「田噛も、が記録課出身だって知らなかったの?」
「知らねーよ。興味もないし」
「田噛の場合は言われても覚えてない可能性あるけど……」
「まあな。興味のねえことを覚えるのはだるいしな」
「……そ、それじゃあ、俺はからあの男とどんな会話をしたか聞いてみるね」
「おれは肋角さんから記録課のことを聞いてみるよ」

 報告はまた後日となり、佐疫と木舌は田噛の部屋から退散していった。再び一人となった田噛はソファに横になって天井を見つめる。考えるのはとの任務でのことだ。結局田噛はあの日の違和感を二人には黙っている決断をした。さきほどのことと関係があるのかはまだわからない。しかし、どちらにもが関わっているのは偶然なのか?はバカだが頭が悪いわけではないことを知っている。だとすれば田噛に見せたあれは演技だったのか……本当になにも知らないのか。考えれば考えるほどこんがらがる気がして、田噛は考えるのをやめることにした。せっかくの休日が台無しだ。まったく、あいつら面倒なことを押し付けやがって。心の中で悪態をつきながらふと、ののんきな顔を思い出す。あれは、俺たちの知っているなのか……?




***




「じゃあ、ひとつずつ整理しようか。俺と木舌の疑問は3つ。ひとつは、が記録課出身というのを隠している理由。もう一つが、とデートした男の正体について。そしてあの男の目的について」

 後日、再び田噛の部屋に集まった3人がテーブルを囲む。各自それぞれ確認した内容を報告しあうためだ。佐疫が切り出すと、木舌が静かに頷く。ソファにごろ寝状態の田噛は頷く代わりに二人へ視線を送った。この様子を見るに、二人は一連の事象には無関係と考えていいか……。そう確信しつつも、佐疫たちが持ち込んだ新たな疑問との関連性がわからない今は場を混乱させるだけのように思えて、やはり伝えるのはもう少し先延ばしすることにした。

「まず俺から報告するね。はやっぱりあの男と面識はないみたいだ。それと、話の内容だけど……好きな食べ物はとか、よく行く場所だとか、そんな程度だって」
「特務室については特になにも話していないのかな?」
「いや、俺たち獄卒のことは話題に出たみたいだよ。でも、相手もが特務室所属の獄卒ってことは知ってたから不自然な流れではないよね」

 佐疫がから話を聞き出した際にも彼女の態度やしぐさに不自然な点は見られなかった。デートの話を蒸し返したことで少し慌てた様子はあったものの、それはいつも通りのおっちょこちょいなだった。最初こそ気乗りしないだったが、やはりおしゃべり好きな本質は変わらないようで、時間が経つうちに冗談を交えながら面白おかしく語っていった。聞き上手な佐疫が相手だったせいもあるかもしれない。そういうところだぞ、!と内心つっこみつつも、こういうときには少しありがたいとも思ってしまう矛盾した感情に佐疫は罪悪感を抱いた。

「記録課の話はしたのか?」
「いや、それはしてないよ。……もしかしたら、言いたくない事情があるのかもしれないからさ」
「相変わらず甘いやつだな」
「田噛だって、には結構甘いと思うけど?」
「……」
「まあ、に甘いのは多かれ少なかれきっとみんな同じだろ?」
「あの谷裂ですらたじたじになっているのはちょっと面白いよね」

 少し癪だが間違いでもなかったので、田噛は押し黙った。なんだかんだでこの特務室全員がに甘い。それはキリカやあやこも例外ではなかった。だからこそ、今この場にいる3人はみんな同じことを考えているはずだ。が、仲間が、特務室を謀っているなんてありえないと。

「肋角さんの方はどうだった?」
「ああ、うん……それなんだけど」
「もしかして酔っぱらいすぎて聞き忘れたんじゃないだろうね」
「さ、佐疫……おれのことをなんだと思ってるんだい。ちゃんと聞いてきたよ」
「ごめんごめん、冗談だよ。それで、肋角さんはなんて?」
「肋角さんが言うには『が自分から話すまで待ってくれないか』……だって」
「……どういうことだ?」
「今は話せないって」
「そっか……でも、少しほっとしたよ。やっぱりにはなにか言えない事情があったんだね」
「それで、田噛は?」
「……名前は刺方。災藤さんも一度しか会ったことがないって言ってた。でも『いつも大変ですね』とか『今日は木舌さんとご一緒じゃないんですね』とか話しかけられたらしいから、記録課の獄卒だと疑わなかったみたいだな」
「おれを知ってたってことかい?」
「災藤さんの話では、そういうことになるな」
「名前はわかったけれど……偽名の可能性もあるよね。しかも木舌を知っていたなんて……」
「なんだか、ますます謎が深まった感じだね~」
「……随分のんきだな、お前」
「今の段階じゃあただの疑惑にすぎないからね。のことが少しわかっただけでも一歩前進だろ?」

 もしあの男のターゲットが肋角さんや特務室ではなく自分だったらどうすんだと呆れる田噛だったが、彼の言う通り今はまだ漠然とした疑惑が生まれただけである。もしかしたら自分たちには全く関係のないことに利用されている可能性もあるし、そもそも考えすぎということすら否定できない。

「それで、これからどうしようか?」
「そうだな……の件は肋角さんのいう通り、見守る必要があると思う」
「刺方とかいう男の方はまだ調べるのか」
「うん、そのつもりだよ。田噛と災藤さんが記録課で会ったということは、そこまでは入れる獄卒ってことだろうから、もしかしたら他の獄卒からも情報が得られるかも」

 なんだか途方もない気がして頭が痛くなりそうだ。まあ俺の仕事はもう終わったからなとでも言いたげに田噛はため息を吐く。佐疫はやると言ったらやる。もしも「刺方」がこの執務室を敵に回すようなやつだとわかったら……おそらく肋角が知るよりも前に排除しようとするだろう。そんな怖いもの知らずが存在するのかはそれこそ疑問だが。

「ねえ二人とも、が初めて来たときのこと覚えてる?」
「わあ、懐かしいね。覚えてるよ」
「……肋角さんの後ろに隠れてて見えなかったな」
「今じゃ考えられないくらい、すごくびくびくしてたねえ」
「それも、記録課のことを言わないことと関係あるのかな」

 ぽつりと零した佐疫の台詞を聞いて、木舌はを思い浮かべる。お菓子にはしゃいだり、ギャーギャー喚きながら任務をこなしたり、自身の力不足を嘆いてしょんぼりしたり、とにかく彼女は忙しい。実際のところ、おれたちはを信じたいから確かめるのだ。きっと3人とも同じことを考えているのだろうと木舌はなんとなくそう思った。


満ち欠けの夢うつつ: :ジャニス