「そういえばさ、記録課だったよね」
「え?」
佐疫と木舌が二人で訪れた場所はまさしく閻魔庁記録課だ。作業所までの長い廊下を歩く途中、ふと木舌はあの時がデートした相手の男を思い出し呟いた。突然すぎてなんのことだか最初はわからなかった佐疫も数秒置いてそのことを思い出し「あー……そうだったね」と同意する。その後、佐疫たちが知る限り二人が会っている様子はない。の反応が微妙だったことを考えると、どうやら彼との縁は切れてしまったらしいが……佐疫としてはほっとしたような、少しあっさりしすぎなような……なんとも言えない気持ちだった。わざわざラブレターを渡すほどの情熱を持っていた割には引き際が良すぎるところに違和感がある。……まあ、実際に二人きりで過ごした結果ちょっと違っただとか、満足してしまったという可能性もあるにはあるが。思い出してしまった佐疫はついついその姿を探して作業所を見渡した。遠目からではあったものの人相はすでに把握している。いわく「礼儀正しそうな人」、田噛いわく「平凡な男」。彼女と会話する様子からは朗らかな印象を受けたが、田噛のいう通りそれ以外に特筆すべき特徴のない男でもあった。
記録課には男女合わせて数十名の獄卒がみな俯いて手を動かしているため顔は確認できない。佐疫はまずあの男と似た体格を持つ人物を探した。合致する男は5名。そして次に髪型。これはイメチェンなどをしている可能性もあるので決定打にはならないものの、明らかな長髪でチャラついた男を除外すると最終的に3名まで絞られた。が、佐疫たちにできるのはこれが限界だ。いくらなんでも、明確な用事もなしにただの記録課職員に話しかけるのは不自然すぎる。それにみんな一心不乱に筆を走らせている様子はなんとも話しかけにくいものだった。と、不信に思われない程度にあたりを見渡している佐疫と木舌のもとに、記録課の主任が話しかけてきた。
「お待たせしました。ご案内します」
記録課主任とは佐疫と木舌も何度か顔を合わせたことがあるのでスムーズに事が運んだ。すでに保管庫の場所も知ってはいるが、やはり同じ閻魔庁の所属と雖も課外の人間が勝手に出入りするのはご法度なので、毎回記録課職員の付き添いが必要だ。人員はその時々で違い、今回のように主任が付くこともあれば手が空いている他の職員が同行することもあった。
「いつもすみません、助かります」
「いえいえ、お仕事なのですから当然です。そういえば、は元気でやってますか」
「え、……ですか」
「ええ、今は特務室の所属ですよね?」
「そうですが……」
「以前は彼女、記録課だったんですよ。ご存じなかったですか?」
主任が不思議そうに目を瞬かせるので、佐疫と木舌は思わず顔を見合わせる。が閻魔庁から異動してきたことは知っていたが、具体的にどこからとは聞いていなかった。自ら引き抜いてきた肋角は当然知っているとは思うが、それ以外の誰も知らないのは少しおかしいとこの時初めて気づく。それに自身も、あんなにおしゃべりが大好きで聞いていないことすらペラペラ喋ってしまう質でありながら異動前の部署について一言も言及しないなどありえるだろうか。佐疫は胸のあたりがざわつく感覚に陥ったが、気取られないように「そういえば以前そんなことも言っていた気がします」と笑顔で流した。
「特務室ではデスクワークがほとんどなくて、苦労しているとか……」
「そうですね、苦労も多いでしょうが……彼女なりに頑張っていると思います」
「それを聞いて安心しました。閻魔庁で異動だなんて、あまり前例がないもので心配だったんですよ」
「異動も突然決まったと聞きましたが記録課の人員補充はされたのですか?」
「いえ、それはまだなんですよ。なかなか適性のある人材が見つからなくて」
「……それは大変ですね。あんなに忙しそうなのに」
「じゃあ、が異動してからは入れ替わりは一度もないんですか?」
「はい、一度も」
の近況などを主任と雑談しつつ、佐疫と木舌は目当ての資料を手に入れて閻魔庁を後にする。その間ずっと笑顔を張り付けていた二人だが、特務室への帰り道では無意識に顔が強張っていた。
「どういうことだろう……この前の男が記録課なら、より後に入ってきたことになるよね?」
「うん……いくら多忙な職場だとしても、同じ課内の獄卒と全く面識がないのはあり得ないよ」
「記録課の主任が嘘をついている可能性はないかな?」
「嘘をつくメリットがない……と、思う」
「じゃあ、やっぱり……」
「あの男は、記録課の職員なんかじゃない」
はっきりと言葉に出してしまうと急に二人の胸に不安が押し寄せる。
「目的は肋角さん……かな?」
「おそらくね」
「じゃあ、どうしてあれからにも、おれたちの誰にも接触してこないんだろうか?」
「からは情報が引き出せないと悟ったのか……その必要がなくなったのか、かな」
も特務室の一員であり、そのあたりは本人も弁えているはずなので部外者へ特務室や肋角さんの情報をペラペラ喋ってしまうようなことはないと思いたいが、この状況では十分疑う余地がある。
「……は、どうして自分が記録課に居たって言わなかったんだろう」
「それは……俺にもわからないよ。本人に聞いてみないと」
「言いたくないのかな」
だとしたらなぜ言いたくないのか。それこそ本人にしかわからないことだったので佐疫は答えなかった。もしも、が記録課の時代のことを言いたくないのなら、無理やり話題に出すのは可哀そうだ。今はまだ、佐疫と木舌の憶測にすぎないことばかりなのだから。ひとまず、の経歴については木舌がそれとなく肋角へ聞いてみることになった。今日は二人で晩酌の予定があるらしい。それを聞いた佐疫はなにが言いたげに木舌へ視線を送ったが、明日はなにも予定がないとの弁解を聞いて小言はやめておいた。佐疫はへデートの時の男の様子について探りを入れることにする。当日帰ってきたあとは「疲れた」といった愚痴ばかりで、二人でどんな話をしたかまでは聞いていない。館へ帰ると斬島と鍛錬をしていたらしいが早めの風呂から上がってきたところだった。
「あ、佐疫さん、木舌さんお帰りなさーい」
「ただいま、。お土産あるよ~」
「え!!!お土産!?……お酒じゃないですよね?」
「うん、今日はね、閻魔庁の目の前にあるケーキ屋さんのショートケーキだよ~」
「わあああ!あれ美味しいんですよね!やったあ!木舌さん大好き!!」
実のところ土産代の出どころは肋角なのだが、風呂上りのは「髪を乾かしてくる!」と文字通り飛び上がる勢いで消えていったので二人とも言いそびれてしまった。やれやれ、と佐疫が苦笑を浮かべてケーキの箱を木舌から引き取ると、クレームの出ないよう均等に切り分けるべくキリカの居るであろう台所へ向かった。木舌は閻魔庁から提供された資料を持って肋角のもとに報告へ向かう。「ご苦労だった」などと自分や佐疫を労う彼に対して色々と問い詰めたい思いをぐっとこらえ、資料を渡してから晩酌の時間を確認する。
「夕食が終わったら伺います」
「うむ。お前の喜ぶ良い酒が手に入ったから、期待していなさい」
「わあ、それは楽しみだなあ」
肋角は普段通りの様子だ。煙管を加えたまま優しく微笑む彼には謀略の影など感じられない。肋角は一体なにを知っていて、なにを知らないのか。木舌は今自分が肋角同様普段通りの自分であることを祈りながらケーキの待つ食堂へ足を向けた。
「はいこれ、木舌さんの分!」
「ありがとう、」
「ここのケーキ食べたことあります?ここね、チーズケーキが一番有名なんですけど、私的にはショートケーキが断然イチオシなんです」
「そうなんだ。じゃあショートケーキ買ってきて正解だったね」
「ほんと、ファインプレーですよ!ありがとうございます!」
「は美味い菓子をたくさん知っているな」
「はい!今、がんばって獄都のおいしいお菓子屋さんマップ作ってるんですよー」
「お菓子屋さんマップ!?」
「平腹さん用になんでもありの食べ物屋さんマップもあります」
「うわあ」
「すごいね……」
「、俺にも美味い飯屋マップを作ってくれないか」
「了解です斬島さん!」
ケーキにはしゃぐを横目に、佐疫と木舌も彼女おすすめのショートケーキを一口咀嚼する。館も、肋角も、特務室も……も、全部が普段通りだった。だからこそ余計にさきほどの不可解な事実が重くのしかかり、彼らはいまいちケーキを堪能できずにいた。
さあ、宇宙の起源について語りあおうじゃないか!: :むくろはな
記録課のところは鬼灯の冷徹を参考にしていますが主任は葉●頭さんではありません(たぶん)