だいせんじがけだらなよさ

14

 一夜明けてからもはそのままだった。夕食に居なかった特務室のメンバーやキリカ、あやこたちとも一通り「誰?」「です」の儀式を済ませ、いよいよ抹本に報告しないといけない段階にきた。は午後から任務が入っている。もしこのまま任務に行くとなれば、昨日冗談で言った「制服を田噛に借りる」が現実になってしまう。が、その前に肋角への報告は必須だろう。昨日不在にしていた肋角はまだこのことを知らずにいるが、彼も木舌や谷裂たちのように自分の姿に違和感を覚えて微妙な反応が返ってくるのだろうか。は念願叶った喜びとは裏腹に誰もかれもが元に戻ることを望んでいることを寂しく思う。
 執務室の扉をノックするとすぐに返事が返ってきた。肋角の反応を見るのが少し怖くなり、は恐る恐る扉を開ける。

「肋角さん……」
か。どうした?」

 ソファに座ってなにか書類に目をとおしていた肋角は、に視線を移すと一瞬目を見張った。

「抹本の実験か?」
「あ……はい、そうです」
「そうか……良かったじゃないか。普段から俺や木舌たちを羨ましがっていたからな。どうだ、目線の違う世界は」
「最っっ高です!昨日まで届かなかったところに手が届くし、みんなとも対等に話せてるような気がするし。……でも、みんな酷いんですよ、人のこと気持ち悪いとか調子が狂うとか」
「戸惑っているだけだろう」
「そうですかね……」
「お前だって、俺たちの身長が急に縮んだらどう思う?」
「……びっくりすると思います」
「そうだろう?みんな同じだ。もしずっとこのままならそのうち嫌でも慣れるさ」
「肋角さんは、背の高い私ってどうですか?」

 肋角の隣に腰を下ろし意を決して尋ねてみると、一度だけゆっくり瞬きをしてからふと口角を上げた。

はどんな姿でもだ。他人の意見に惑わされず、自分の好きなようにしなさい」
「……はい!」

 と、がようやく笑顔で頷いた瞬間にその時が来た。気持ちの悪い浮遊感のようなものがの全身を駆け巡る。ああ、終わるのかあと残念に思ったが、珍しく肋角の驚いた顔を見ることもできたし、斬島たちと同じ目線を体験できたのはあまりにも貴重な体験だった。きっとそれらが日常になった時、自分はまたないものねだりをしてしまうのだろう。そう考えるとこれで良かったような気がしてくる。身長が伸びたのは寝ていた間だったのでわからなかったが、戻るのは数秒だった。隣に座る肋角が、どんどん上へ登っていく……いや、自身が下がっていっている。

「……戻ったな」
「戻っちゃいました」

 は苦笑しながら肩を竦めたが、不思議と落胆はしていなかった。肋角の一言がこんなに大きく響くだなんて単細胞だなあと自分に対して呆れつつも、さきほどの彼の言葉はの中でお守りのように感じられ心が温かくなった。

「ところで、その服は誰かに借りたのか?」
「田噛さんに借りました」
「そうか、たしかに、田噛と同じくらいだったな」
「次は木舌さんを目指します!」
「……お前は懲りないな」
「薬の量を変えたら身長も変わる説、気になりません?」
「いや……まあ、抹本が喜びそうな議題ではあるが」

 今回はほぼ陥れられる形で薬を盛られたわけなので、その量については知らない。だから量の増減による効果の違いについても一考の余地があるわけで。「実験台にされそうだから抹本には報告したくない」と渋っていただったが自身に起こったことについての仮説を立てると途端に面白く感じてしまった。実験って案外楽しいのかも、などと一瞬考えたが抹本の薬が失敗する場合、そのほとんどが爆発ないし人体の損傷とセットであることを思い出す。は好奇心と爆発を天秤にかけ、やっぱり爆発は嫌だという結論に達した。ため息を吐きながら「爆発とかしなければ実験台になっても良いんですけどねえ」とが漏らすと、肋角も思わず苦笑いした。と抹本、二人に共通するのは良くも悪くも仕事熱心ということだ。肋角も災藤もその点では二人を評価している。そのうえでさらに二人に共通するのは自身の行動がもたらす周囲への影響力を重視していないことだ。獄卒らしいといえばらしいが、自分たちの死はあまりにも軽い。だがいくら死なないとはいえ怪我をすれば痛みもあるし、回復には時間が必要だ。怪我をするなというのは無理だとしても、いつかわかってくれる日がくればいいと肋角は祈るような気持ちで任務へ向かうを見送った。
 任務の時間が近くなり、はいつもの自分の制服に袖を通す。借りたままだった田噛のTシャツは明日あやこに洗ってもらおうと、自室のソファに垂らしておいた。すっかりぶかぶかになってしまったそのTシャツを見ているとなんだか夢の残滓みたいに見えて悲しいより切なくなる。ついさっきまでこれがちょうどいいサイズだったなんて、今鏡に映っている自分からは信じられない。

「お待たせしましたー!」

 がバタバタと慌ただしく階段を降りると、すでに今日のメンバーである斬島と佐疫が待っていた。二人とも元通りになったを見て一瞬おや、という表情になる。

?いつの間にか……戻ってる?」
「そうなんですよ~!肋角さんに報告してたら急に」
「残念だったな」
「はい……でも、もういいかなって」

 話が見えない斬島と佐疫は頭に疑問符を浮かべたが、が思いのほか落ち込んでいないようなのでまあいいかと結論付けた。

「結局、身長は何センチあったんだ?」
「あ……嬉しさのあまり測り忘れました」
「俺たちと同じくらいだったよね、たしか」
「ということは少なくとも170センチ以上はあったのか……」
「抹本さんに自慢しておけば良かったかなあ」
「抹本なら、羨ましがる前に実験したがりそうだけど」
「……たしかに」
「満喫できた?」
「んー……正直まだ物足りないですけど、まあ、今度木舌さんにでも肩車してもらいます」
「それはいいね、俺もお願いしてみようかな」

 特務室では一番小柄な体格を持ち、8名の中で唯一の異動組であり肋角からの名前を授からなかった女獄卒。事務職員だった経歴から戦闘能力は下の上でまだまだ周囲のフォローが必要だ。そんないくつもの劣等感を昨日の出来事はから少しだけ忘れさせた。元通りになった今、また日常が始まる。


泳ぎ出す小さな魚: :ギリア
身長縮むシーンは某魔法学校映画のポリジュース薬で変身するイメージです