だいせんじがけだらなよさ

11

「あれ、田噛?任務終わったの?」
「いや。一旦帰っただけだ。また戻る」

 てこずっているいるのかと佐疫に問われたがそうと言えるのかもしれないし実はそうではないのかもしれないので曖昧に濁しておく。はぐらかされたことに気付いているのかは定かでないが、佐疫は「手伝えることがあれば言ってよ」と人の良い笑みを浮かべた。

「……お前今日は非番だろ」
「そうだけど、今日は特にやることもないから」
「嘘つけ。その手に持ってるのは何だよ」
「ちょっと練習してただけだよ」
「俺なら、休みの日まで駆り出されるのはごめんだけどな」

 たしかに休日が潰れるのは残念なことだが仲間が自分を必要としているなら喜んで協力するのに、と佐疫は肩を竦めた。最も、今日は斬島と谷裂が待機(という名の鍛錬)をしているから滅多なことがない限り出番はないはずだが。必要ないと一蹴したものの、田噛の心の中にはまだかすかな不安が残っていた。あの廃病院の亡者は前回の一件と関係あるのか、もしあるとすればやはり佐疫には話しておくべきだろうか。しかし田噛にも自信がない。打ち明けたところで考えすぎだと言われるだけかもしれないが……寧ろすっぱりそう言われた方が楽になるだろうか。つい足を止めて考え込んでいると佐疫に声を掛けられ我に返る。

「田噛が考え事なんて、珍しいね」
「……うるせぇ」
「そろそろ戻った方がいいんじゃない?と平腹が心配だ」
「あー……」
「おい田噛!」

 鍛錬場のほうからのっしのっしと歩いてくるのは谷裂である。まさしく鬼の形相を浮かべた様子から「貴様任務中だろう!なにをサボっている!」と怒られそうな気配を感じ、田噛はあからさまに顔を顰める。目の前で足を止めた谷裂がその台詞を一字一句違わず発したので、田噛はため息を吐いた。

「別にサボってねえよ。今戻ろうとしてたとこだ」
「俺も一緒に行く」
「あ?」
「肋角さんの命令だ」
「……そうかよ」
「二人とも、行ってらっしゃい」





***





 その小さな影から、子供の亡者だということがわかる。全身は闇に飲まれたように真っ黒なのに、吊り上がった口だけが白く浮かび上がっていて不気味だった。だが、倉庫に入る前に感じていた嫌な雰囲気は感じなかったので、は首を傾げる。

「なんだお前!亡者か!やばい亡者か!?」
「ちょっと、平腹さん……あんまり刺激しない方が」
「だってよー、オレたちがここから出られないの、こいつのせいだろ?早く倒して帰ろうぜ!腹減った!」

 それはそうなのだが、まだこの子供がそのやばい亡者と決まったわけではない。今のところ自分たちに危害を加える様子もないし……いや閉じ込められている時点でその言い訳は成り立たないのかもしれないが。平腹はシャベルを肩に担いで目をかぱあと見開く。こうなってしまうともうには止められる気がしなかった。狂気の滲む黄色い瞳にはもう亡者しか映っていない。

「遊んでくれたら出してあげる」
「おー!いいぜ!なにして遊ぶ?殴り合いか?」
「痛いのはパスでお願いします……」
「動物園で象、キリンが脱走し、しかもライオンまでもが脱走してしまいました。さて脱走した動物は全部で何頭でしょうか」
「ほ?」
「え?」
「クイズだよ。これが解けたら出してあげる」
「????」
「ちょっと待ってください!私たちバカなのでもう少し簡単なやつにしてもらえませんか!?」
「馬鹿でも解けるから大丈夫だよ」
「……それはそれでなんか釈然としない」
「面倒くさいお姉さんだね」
「わかった!!!!」
「待った!!タイム!タイム!!」

 無理やり平腹を引っ張ると「なんだよー」と不満そうに頬を膨らませた。だが正直彼のわかったは信用できないので事前に相談させてほしい。それに、正解したら出してやると亡者は言ったけれど、間違っていたらどうなるかをまだ聞いていない。自信満々に「3頭だろ!」と胸を張って答える平腹だがいやそんな簡単な問題がクイズになどなるわけがないとが反論した。

「もし間違えたら、私たちはどうなりますか?」
「お姉さんたち、下に居た子全員連れて行っちゃったから……代わりにずーっとここに居てもらおうかな」

 やはりこの亡者が元凶か、とは目を細める。よりによって平腹と一緒のときに頭を使う問題を出されるなんて運がない。さきほどまで彼の元気さに救われていたことも忘れ、は扉の向こうで寝ているであろう夕焼け色の瞳を持った男を想う。きっと田噛なら秒で解いてしまうような問題だろう。はさきほどの問題を一生懸命思い出し、もう一度数え直した。象とキリンが脱走して……。ピコーン、と電球が光るみたいに突然ひらめいたが手をぽんと打つ。びしっと指をさして答えると、一瞬黙った亡者が「正解」と呟いた。これで出れる!!と喜んでいると「じゃあ次の問題」などと亡者がしれっと口にするものだから綺麗にずっこけたは顔面を強かに打ち付けた。

「出してくれるんじゃねえのかよ!」
「1問で終わりとは言ってないよ」
「そんなぁ」
「お姉さんたち、本当にバカだね」
「なあこいつ殴っていいよな!?」

 キレ顔の平腹に尋ねられたは若干引きながらお、おう……と言ったがその直後、倉庫が揺れた。地震のような物理的なものではない。空間がふにゃふにゃと歪み、やがて元に戻る。それが2、3回続くと亡者も口元を歪めた。恐らく外でなにかが起こっているのだろう。外にいる田噛が漸く異変に気付いたのだと思い、と平腹は顔を見合わせ「田噛か?」「たぶん……」と目で会話をした。





***





 倉庫の扉は谷裂によって何度も何度も滅多打ちにされていて、田噛は少し後ろから耳を塞いでそれを眺めた。普通なら一撃で壊れてしまいそうなほど力を込めているはずなのに、扉はびくともしない。ただ耳障りな衝撃音が何度も響くだけである。

「チッ、なんだこれは」
「……亡者の仕業だろ」
「そんなことはわかっている!」

 苛立つ谷裂が金棒で扉を叩くと、また中の空間がぐにゃりと歪んだ。その音が聞こえないと平腹はなにが起こっているのかわからず頭にはてなマークを浮かべたが、亡者の顔から余裕のある笑みは消えていた。

「なんだ?なんか祭りでも始まってんのか!?」
「あいつら、お兄さんの仲間?」
「あん?田噛のことか?」
「乱暴な人は嫌いなんだけど」
「このお兄さんも十分乱暴ですよ」
「……どうしてみんな僕から友達を取り上げるの」

 ぞわり、と気持ちの悪いなにかがの背筋を撫ぜる。最初に感じたあの空気だ。亡者はたちの向こうの、ずっと先を睨んでいる……ように感じた。なにせ顔が見えないので実際には違うかもしれないのだが、少なくともはそう感じた。この亡者は寂しくて、友達がほしくてこんなことをしたのだろうか。ただ遊び相手が欲しかっただけなのだろうか。は亡者に手を伸ばしたが、それが届く前に彼が後ろへ飛び退いた。

「はずしたあ~~~!」

 やっぱりこうなるのかとは息を吐く。全然悔しそうじゃない平腹が次は当てる!とシャベルをぶんぶん振り回したので棚に置かれた薬のビンやらいろいろな小物が床へ落下していった。そんなことなど気にも留めない平腹はまたシャベルを天高く振りかざしたのでも後ろへ避ける。こんな狭いところで暴れられてはこちらが巻き添えだ。平腹が暴れる度、左右の壁にある棚が大きな音を立てて崩れていくのをはなすすべもなく見守った。また迷子になってしまうのではと心配したが今のところその様子はない。恐らく亡者に空間を歪める余裕がないのだろう。今なら出口を見つけられるかもしれない。亡者の方は平腹に任せて出口を探そうと、は静かに後退した。
 ずっと探し求めていた扉は拍子抜けするほどあっさり見つかった。思ったとおり、空間は元通りになっているようだ。あとは扉が開いてくれれば……と祈るような気持ちで扉を引いたがびくともしない。ですよねーと肩を竦め、今度は持っていた大鎌を思いっきり振り下ろしてみる。手ごたえはあるが傷ひとつ付かない。うーん、どうしようか。顎に手を当てて考えていると、扉の向こうから「誰かいるのか」と聞き慣れた男の声がした。

「……もしかして、谷裂さん?」
なのか?平腹はどうした」
「平腹さんは今奥で大暴れしてます」
「……そちらからも開かないのか」
「そのようです」

 彼の口ぶりからするに開ける努力はしてくれたようだ。助っ人が来ているということは、思っていたよりも長く閉じ込められていたのかもしれない。今度は谷裂からどんな亡者なんだと尋ねられたは子供の、と言ったあとで答えあぐねた。谷裂にとってはそれだけで十分だったかもしれないが、はあの亡者に少しだけ興味が湧いていた。どうにかして彼の心に刺さるトゲを抜いてあげられないだろうか。そのためにはもっと知る必要がある。どうしてそう思ったのか彼女にもわからなかった。きっと谷裂に言えば必要ないと一蹴されるだろうことはわかっていたので口にはしない。自分たちの仕事は亡者を閻魔庁へ連れていくことである。それが第一ということはわかっているけれど、亡者自身が納得したうえでついてきてくれるならその方がこちらとしても後味が良い。できる限り平和的に解決したいというのはきっと木舌の影響だ。

「……子供の、なんだ」
「あ、えーと……」
~~!そっちいった!!」
「えっ」

 後ろから突然呼ばれたは咄嗟に防御の姿勢を取ったが、亡者はの腕をすり抜け、たくさんの手足で彼女を包み込んだ。数えきれないほどの負の感情が渦巻いている。悲しいのも怖いのも寂しいのも、全部わかる。すべてがの中に流れ込んでくる。

『友達が欲しかっただけなのに』

『どうして』

『僕だけ』

『死んでいくの』

 斬島はよく「獄卒の俺に人間の気持ちなどわからない」と、ある種自虐的に語っていた。それはも例外ではない。感受性の強い方であるも、人間に同情することはあっても理解し、共感することはできなかった。もし人間の気持ちを理解することができたとしたらと思ったこともあったけれどこれがそうなのだろうか。容赦なく降りかかる亡者の感情に全身を貫かれているような錯覚を起こし、は耳を塞ぐ。塞いだつもりだが、自分が今どうなっているのか自身もわからなかった。「やめて」と呟いたはずの声すらかき消され、自分と亡者が融合してしまったように胸の奥から感情が溢れて制御できずにいる。病室で静かに眠る酷く孤独な子供は自分?それとも亡者?
 やがては恐る恐る目を開けたが相変わらず暗いままだった。さきほどと違うのは自分の姿がぼんやり発光したように明るいことである。私はなにをしていたんだっけ、とは必死に思い出そうとしたが、頭に靄がかかったみたいにはっきりしない。目の前にはもう一人の自分がぼんやりと佇んでいる。その姿はどうしてか寂しそうに見えた。

『死にたくない』

「死にたくない」

『誰か』

「助けて」

 思ってもいないようなことが勝手に口から零れていく。自分は死にたくないのか。助けてほしいのか。どうして?なにから?知らないうちに涙が流れていたので袖口で乱暴に拭う。そのカーキ色の袖を見ては動きを止めた。私はこれを知っている。これは。……これは、

『一人はいやだ』

「……ごめんね」

『わかるでしょ?』

「私にはわからない」

『どうして』

「だって私、獄卒だから」

『どうして』

「私は獄卒だから、人間の気持ちなんてわからない」

『どうして』

「でも、君の次の人生は幸せになってほしいと思ってる」

『次なんかいらない。僕はずっと僕でいたいんだ』

「生まれ変わるのって、そんなに悪いことじゃないと思うけどなあ」

『……次、なんてあるのかな』

「ある!……まあ、決めるのは私じゃないけど」

『……』

「お父さんとお母さんも、きっと私と同じこと思ってるよ」

 ほんのわずかだけれどさきほどの記憶の中にいた少年の両親を見ては確信していた。人間の愛などそれこそわかるわけもないがどんなものを愛と呼ぶのかという知識だけはある。自分よりもっと小さなその影の頭をぽんぽんとあやすように撫でると、亡者は笑っていた。いや泣いていたかもしれない。どっちだ?そう思った瞬間に意識がゆっくり沈んでいくのを感じた。凍えるように寒くて、どうやら自分は死にかけであるらしいことを悟る。死んだら田噛にまた怒られる。はつい最近彼に言われた台詞を思い出しながら、結局は睡魔との闘いに敗れて瞼を下ろした。
 亡者が抵抗をやめたおかげで頑丈に施錠されていた扉はあっさりと開き、谷裂がこれで最後とばかり、ありったけの力を込めて振り下ろした金棒はちょうど扉を開けた平腹の肩を直撃した。ぶちぶちっとなにかが千切れる音を立てながら腕の肉がずり落ち、平腹の断末魔ともいうべき悲鳴が病院中に響いてさすがの谷裂もばつが悪そうにすまんと謝る。

「なにすんだよ!肩取れただろ!」
「だ、だから謝っているだろう!」
「なんだその態度!もう許さねー!!」

 任務そっちのけで喧嘩を始めた平腹と谷裂を横目に田噛がため息を吐く。開け放たれた扉の傍に小さな影が立っていた。怨霊化していたはずの亡者はやけにすっきりした表情を浮かべていたが、その足元にはと思われる惨殺死体が転がっていたのでとりあえず名前を呼んでみる。……応答がないのでまだ復活はしていないらしい。田噛がその場にしゃがんでと思われる死体を仰向けにすると、上半身の損傷が激しく、内臓がぐちゃぐちゃになっているらしいことがわかり舌を打つ。

「随分可愛がってくれたらしいな」
「……ごめんなさい」
「…………別にお前を責めちゃいねえよ」

 今の舌打ちはに向けたものだ、と一々説明するのも面倒だった田噛はそこで言葉を切りを引きずって倉庫の外へ出した。回復に時間がかかるのは明白なのでもうひと休みするか、と壁を背に座り込む。戻ってきた谷裂に亡者を丸投げすると一瞬眉をひそめたが「まあいい」と捨て台詞を吐いて立ち去った。平腹の方も走り回っているうちにすっかり怒りの感情を失くしたようで腹減った~~などと喚きながら戻ってきて血まみれのを見下ろす。

~!まだ起きないのか~~?」
「うるせえ、静かにしろ」
「なあ谷裂は?」
「亡者を連れて帰った。お前も一緒に行け。俺はこいつが起きるまで…………待ってる」
「休みたいだけじゃね?」
「じゃあお前が残るか?大人しく、静かに、一人で、待機できるのか?」
「ん~~~~~無理だな!田噛頼んだ!」

 谷裂を探す声が遠ざかり、田噛はまたうるせえと呟いた。結局あの亡者はなんだったのか聞くのを忘れたことに気付いて彼らの去った方に目を遣ったが大して興味もなかったのですぐに視線を戻す。雑に転がされたが視界の隅に映っている。が、ぴくりとも動かない。目覚めたところで一人で歩けるんだろうかという疑問が頭を過ぎり顔を顰めたが、まあその時はその時だ、とそのまま田噛も目を閉じた。




***





「田噛さ~~~ん起きて~~~」
「……あぁ……?」

 か細い声で呼ばれた気がして目を開けると相変わらず寝転がったままのが嬉しそうに田噛へと手を振っていたので見なかったことにしてまた目を閉じた。

「ちょ、この状況で無視とか鬼ですか!?」
「そうだが?」
「いやそうだけど!!そうなんだけど……!そうじゃなくって!」
「そんだけ騒ぐ元気があるならもう大丈夫だな。帰るか」
「なんか内臓めっちゃ痛くて起き上がれないので無理です」
「甘えんな」

 田噛が無理やりの腕を引っ張っると「痛い痛い!!」と言いながらも観念して立ち上がった。流石に置いて帰ったら肋角に怒られるだろうかと想像した田噛は仕方なくに肩を貸してやる。

「そういば、亡者は……あれ、谷裂さんいませんでした?そういえば平腹さんは?」
「少し落ち着けよ……あいつらなら先に帰った。お前が起きるのを待っててやったんだ、感謝しろよ」
「え、ということは、任務完了?」
「そういうことだ」
「私が寝てる間に一体何が……」
「こっちが聞きてえよ。お前は1日1回死なないと生きていけない呪いにでもかかってんのか?」
「どんな呪い……いや、私は毎日生まれ変わるみたいな?……なんかかっこいいかも」
「真に受けんな、嫌味だ馬鹿野郎」


聞こえない悲鳴が空っぽの窓枠に突き刺さる::彗星3号は落下した