「結局今日も言えなかったのか」
「……なにをだよ、洋平」
「俺に隠し事ができると思ってるのか?浩平」
片割れが同じ顔で俺を覗き込む。カマをかけているのか、本当に知っているのか。判断に迷って返事もしないまま洋平と見つめ合った。洋平に隠し事なんてするわけがないだろ。……ないはずだったのに。全部あいつのせいだ。俺はすべての責任をに擦り付けて、ふん、と鼻を鳴らす。
「まあ性格なんてすぐには変えられねえからな」
「だからなんのことだよ」
「浩平が後悔しないなら俺もそれでいいけどよ」
「……洋平、俺はそんなにわかりやすいのか」
「何年お前と双子やってると思ってんだよ、浩平」
ずっと同じものを見て、同じように育った片割れの言葉はすうっと胸に染み込んでいった。隠し事をしようにも洋平にだけは通用しないらしい。
「……どうすればいいのか自分でもわからねえんだよ」
「浩平にわからないなら俺も同じだな」
「だめじゃねえか」
「とりあえず、あいつの好きな男をなんとか聞き出して痛めつけるってのはどうだ」
「……そうだな」
「冗談だぞ、浩平」
冗談にしては顔が真剣すぎる、とつっこみそうになったが「お前も同じ顔だろ」と返されるのが関の山なのでなんとか耐える。解決策は見つからないものの、洋平に打ち明けられたことで少しだけ心が軽くなったように感じた。
「本当は、あの時あいつに言おうとしたんだ。俺も教えるからお前も言えって」
「それは悪手じゃないか?こっちの手の内は明かすべきじゃないと思うぞ」
「じゃあ、洋平ならどうする?」
「……監視する」
「それはもうやってる」
「見ててもわからないのか」
「わからねえ」
「そりゃお手上げだな、浩平」
「そうだな洋平」
先日のの台詞が頭から離れない。結局うやむやになったがあいつの言う「落としたい男」がこの27聯隊にいることはたしかだ。はほとんど兵営の外に出ない。他人から誘われれば連れ立ってでかけることはあるが、1人で街に出ることは俺の知る限り一度もなかった。そういった行動から推測して相手は内側にいると踏んでいる。一体誰なのか。あのあともずっと考えているがさっぱり見当がつかず、ただ胸のあたりがざわつくだけだった。自分と違って人当たりの良いは紅一点ということもあり、聯隊内ではそこそこ人気がある。妹や愛玩動物のように可愛がっているやつが大半だが、中には本気で狙っているやつもいるらしい。……と洋平が言っていた。それを聞いて俺が一瞬ぎくりとしたのは言うまでもない。最有力候補だった谷垣と三島は否定されたが、果たしてそれは本心だろうか。この聯隊内でと特に親しいのは俺と洋平を除けばその2人だけだ。あいつらが候補から外れてしまえば一気に特定が難しくなってしまう。残念ながら自分、もしくは洋平という選択肢は初めから除外してあった。自分が可愛いか、などとしれっと聞いてくるあたり、ただの友人としか思われていないことは明白だろう。だが望みはないとしてもやはり相手は気になるものだ。そうやってごちゃごちゃと考えながら1人で兵営の廊下を歩いていた午後、見慣れた背中が目に入り声を掛けた。
「おい」
少し離れてはいるが聞こえない距離ではないはずなのにから反応はない。無視かよ、と内心舌打ちしつつもう一度「おい、聞こえてんだろ」と言ってみるがやはり返事はなかった。まさか人違いか?と一瞬疑ってからすぐに思い直す。軍服の袖を折り返して着ているやつはしか思い当たらない。見間違うはずがなかった。では何故俺を無視するのか。普通に考えれば俺か洋平に対してなにか腹を立てているのだろう。正直心当たりが多すぎて逆に見当もつかなかった。だがこいつは俺たちにやられて大人しく引き下がる性分の女ではない。必ずなにかしら反撃してくるし、月島軍曹に告げ口されて注意を受けたこともあった。それが今日に限って無視だと?逆切れの自覚はあったがどうにも腹が立ち、大股でに追いつくとその細い肩を鷲掴みにして近くの壁に押し付けた。
「痛っ!」
「いつまで無視するつもりだ?」
「私はおいって名前じゃないですぅ~」
「ああ?なんだよ今更……そんなことで無視してたのかよ」
「そっちこそ、どうせたいした用事じゃないくせに」
「勝手に決めつけんじゃねえ」
「じゃあなに?」
「」
「……な、なに」
大したことないと言えばそうかもしれない。心の準備もなく普段の調子で呼び止めてしまったことを俺は少し後悔していた。いざ口にしようとするとうまく伝えられない気がして言葉が出てこない。喉の奥に声がひっかかっている。何度も言い淀んでいるうちに肩を掴んだままだった左手にも力が入ってしまい、が顔を顰めたのに気付いてはっと我に返った。
「なにか言いづらいことでもあるの?」
「別に……」
「そんな歯切れの悪い言い方じゃ説得力ゼロだよ」
「うるせえ」
どうあっても喧嘩腰になってしまう。これじゃいつもと同じだ。先日の一件で俺は焦っていた。すぐとはいかなくとも、はいつか自分の手の届かないところへ行ってしまうだろう。俺はどうすればいいんだ、洋平。
「……ねえ、用がないならそろそろ離してほしいんだけど」
「……」
「ちょっと、二階堂くん?」
「」
「うん」
「………………お前、あれどうなった」
「いや流石にあれじゃわかんないって」
「………………………………なんでもねえよ!」
「なにそれーーー!?」
少し粘ってみたもののやはり決心がつかず、俺はヤケクソ気味にを解放した。いや、こんな柄にもねえことしようとしたのがそもそも間違いだったんだ。俺が女に執心するなんてありえねえ。そうやって自分を納得させようと努力してみるが、自分の後を小走りでついてくるを思うとどうにも歯痒さがこみ上げてくる。
「浩平ってば!」
小言を聞き流されたのがおもしろくなかったのか、が俺の袖を掴んで引きとめようとした。お前もさっき俺のこと無視しただろうが。という不満は心の奥になんとか押し込める。
「……なんか今日変じゃない?具合でも悪いの?」
「違えよ」
「じゃああれってなに?」
「……もういいって」
「私がいやだよ。なんか中途半端で気持ち悪い」
引き下がろうとしないと決心の付かない俺は廊下のど真ん中でしばらく見つめ合う。こいつのことばかり考えるようになったのはいつからだったか、もう思い出せない。俺と洋平だけの閉ざされた世界を築いてきたはずなのにこいつが当たり前みたいな顔して堂々と居座りやがるせいだ。
「落としたい男がいるって言ってただろ」
「……うん。え?そんなのが気になってたの?」
「悪いかよ」
「いや別に……そうじゃないけど……なに、もしかして二階堂くんてば、私のこと好きなの?気になっちゃう感じ?」
「…………そうだよ」
「だよね~!浩平が私をなんて……………………」
否定が返ってくると思っていたらしいは俺の返事を聞いたあと時間差で動きを止めた。笑っていた顔がみるみるうちに真顔に戻っていく。俺の脳裏に洋平の忠告が過ぎったが時すでに遅しだ。後悔がないわけじゃないが、どこか清々しい気分でもあった。恋だの愛だのばかばかしいと思っていた曖昧な感情も案外悪くないのかもしれない。ただしとの関係は確実に終わりを迎えた。
「罰ゲームとかしてる?」
「……お前なあ……」
「ご、ごめん、でもちょっとびっくりしちゃって、私今、頭こんがらがってる」
「柄じゃねえって思ってんだろ」
「そうだね、二階堂っぽくない発言だった」
「言っとくが、冗談じゃないからな」
「あ…………り、がとう?でいいのかな」
目を泳がせるの頭を2、3回撫でてからくるりと方向転換し、洋平のもとへ戻ろうとする。が、「待って!」という声とともに再び腕を引っ張られた。
「それだけ?」
「ほかに何かあるのかよ」
「いや、ほら私の好きな人、気になってたんじゃないの?」
「まあな」
「………………こ、浩平だよ」
俺が呆気に取られているうちには反対方向へ全力疾走していった。今度はこちらの頭がこんがらがる番だった。これは現実か?夢じゃないことを確かめるために、近場の壁を思いきりぶん殴ってみるとヒリヒリとした痛みが拳から腕にかけて広がっていった。
手放した運命の行き先::Raincoat.
※もうちょっと続きます