「私ってさあ……可愛いと思う?」
真剣な顔で二階堂に尋ねたのに目の前の浩平はちょうど口に含んでいたお茶を綺麗に噴き出した。ちょ……汚いなッ!顔にかかるのは回避できたが袖が少し濡れてしまったし、テーブルの上もびしょぬれだ。激しくせき込む二階堂を置き去りにして私は布巾とお茶のおかわりを取りに行く。そのお茶を差し出して二階堂の背中をさすってやると漸く落ち着いたらしく、はあーーーーと大きく深呼吸したあとで新しいお茶をゆっくりと飲み込んだ。突然変な質問をした私も悪かったなと素直に反省して「大丈夫?」と普段の5倍くらいの優しさを詰め込んで心配してみたのに、二階堂は訝し気な視線で私を見つめていたので少し傷ついた。
「器量の良い女ってのはな、男みたいな恰好でも変わらねえもんなんだよ」
「遠まわしに人を傷つけるのはやめなさいよ」
「まあ、仮にも女なんだから多少は可愛いんじゃねえの?」
「二階堂らしからぬ、当たり障りのない回答だね」
「どういう意味だコラ」
「……あんたに聞いた私がばかだった」
谷垣なら気を使ってお世辞を言ってくるだろうか。いや空気読まずに本当のこと言ってくるのかも…………それはそれで傷つくな。もし真顔で普通とか言ってきたら恐らくそれが本心なのだろうななどと考えながら目の前で涙を拭く二階堂を頬杖をついてジト目で眺めた。可愛いと言われたいのは谷垣ではないのだがこの男はちっともわかっちゃいない……が、喧嘩友達みたいになってしまった今の状態ではきっと叶わぬ夢だろう。普段の二階堂からしてみればさきほどの答えでも十分意外ではあるが私がほしいのはそういうのではないのだ。ま、期待するだけ無駄だけど……。まだ喉に違和感があるのか、少し苦しそうにけほけほとせき込む二階堂を見ながら諦めのため息を吐く。
「私だって本気でめかしこんだら結構イケてると思うんだけどなあ」
「ほー、そりゃぜひ見てみたいもんだな。できるなら、の話だけどよ」
「まあここじゃあ化粧品も買えないし、着物もないしね。ああ残念残念」
「なんだよ、落としたい男でもいるのか?」
「……まあ、うん」
「………………まじかよ」
「えっそんな意外だった?」
「いや…………」
二階堂は顎に手を当てて考え込んでしまった。なんだ、相手を当てようとしているのか。まさかここまで興味を示してくるとは思っておらず真剣な表情で黙りこくる二階堂に戸惑った私は視線を泳がせた。薄汚れた軍服に似合わないベリーショートヘアではこのやり取りがあまりにも滑稽な気がしてならない。兵営の外へ行けば綺麗な女の子など山ほどいるのというのに、誰が私など相手にしてくれるというのだろう。二階堂が「おい」と恐らく私に対して呼びかけたので泳がせていた視線を戻すと、湯呑に入っていたお茶をぐいっと飲み干したあとでわざとらしく音を立てて置いた。
「谷垣か?」
「……違うけど」
「三島か」
「はずれ」
「じゃあ誰だ?」
「……ねえ、当たるまでやるつもり?」
「教えろ」
「どうして二階堂に教えないといけないの」
「減るもんじゃないしいいだろ」
「いや確実に私のメンタル削られるわ」
「めんたる?」
「どうせ洋平と一緒にからかうつもりでしょ!」
「しねーよ馬鹿。ガキじゃあるまいし」
それでも信用できない私が疑り深い目で睨むと二階堂は頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまった。自分で言うのもアレだがそこまで真剣になるような話題だっただろうか。いやあの二階堂のことだ、絶対周りに言いふらすだろ。その手には乗らないぞ。というか、本人目の前にして言う勇気など私にはない。言えるわけがない。それこそ一生からかわれそうだし。適当に誰も知らない人だということにしておこうかなどと未だ動かない二階堂を観察しながら考えていると、二階堂がのっそりを上半身を起き上がらせた。
「……なあ、お前俺と洋平の区別ついてるのか?」
「まあね」
「すげえな、ただの貧弱馬鹿女だと思ってた」
「褒めるか貶すかどっちかにしてくれる?」
「めちゃくちゃ褒めてるだろ?俺たち見分けられるやつなんかそうそういないからな」
「貧弱馬鹿で台無しだよ」
この男は貶さないと褒められない体質なのか?二階堂兄弟を見分けられる人間はこの第七師団には誰もいなかったらしいので一応素直に感心はしているらしいけど一言多いのがやっぱり二階堂である。
「浩平くんの好い人教えてくれたら私も教えてあげてもいいよ」
「なんで上から目線なんだよ、むかつくな」
「とりあえずその口が悪いのなんとかした方がいいと思うなあ」
個人的には嫌いじゃないからもしこれを真に受けて二階堂が口の悪さを正したとしたら少し寂しい気もする。などと自分の発言に後悔しながらも気取られないようにふふ、と笑ってみた。二階堂は私の笑みを見て「気持ち悪い」と吐き捨てたのでどうやら改善するつもりはないらしい。
「俺が突然三島みたいになったら気味悪いだろ?」
「うん。二階堂はそのままでいいんじゃない」
「がそう言うなら仕方ねえからこのままでいてやるよ」
「……そういうところだよ、二階堂」
「あ?何がだよ」
「別に」
多少なりとも私は二階堂に影響を及ぼしているらしいので、なんだかもうそれだけで自分が二階堂の好い人になんてなれなくてもいいかななんて気がしてくる。
「お前もそのままでいいんじゃねえの。俺から見たら可愛い部類だよ、お前も、一応ギリギリな」
「二階堂は男装の麗人がお好み?」
「普通自分のこと麗人とか言うか?調子乗ってんじゃねーぞ」
呼び込む音を探しているのだ::彗星03号は落下した