※全部現パロ
※スーパー短いです
※隠し味程度のクリスマス要素
※付き合ってたり付き合ってなかったりする
※名前変換はあったりなかったり
↓お好きなところへジャンプできます
杉元佐一 / 尾形百之助 / 二階堂浩平 / 二階堂洋平 / 鶴見篤四郎 / 鯉登音之進 / 三島剣之助 / 宇佐美時重 / 月島基 / 門倉利運 / 菊田杢太郎
◆佐一さんとドライブ
デートはいつも行き当たりばったりが多い佐一さんだが今日は行きたいところがあるらしい。「暖かい恰好で来てね」とだけ言われた私は行先を予想する。クリスマスっぽい場所である可能性は高かったものの、なんやかんやで佐一さんと出かけるときは歩きまわることが多い。ここで安易に普段しないようなおしゃれをして履き慣れない靴なんか履いたりしたら後悔するかもしれないなと考えた末、いつも通りの服装に落ち着いた。結果として予想は半分はずれ、半分あたりである。佐一さんはいつもの待ち合わせ場所に車で現れた。こんなこと初めてだった。普段は電車かバス移動なのに。「こっちこっち」と手招きする佐一さんがなんだか別人に見える。
「行きたいところってどこなんですか?」
「んー……着いてからのお楽しみ」
車窓を眺めているうちにビルの灯りが遠ざかり、住宅街の灯りも遠ざかり、やがて街灯がぽつりぽつりと灯るだけになった。真っ黒な窓ガラスには自分の顔が映っている。それをまじまじと見るほど自分の顔が好きなわけではないので、なんとなく佐一さんの方へ顔を向けた。等間隔に並ぶナトリウムランプが前から後ろへ走っていくたびに私たちもオレンジ色に照らされる。付き合いは長い方だけど実は運転する姿を見るのは初めてなので、少しだけむず痒い緊張感が走った。
「免許持ってたんですね」
「あれ?言ってなかったっけ」
「聞いてないです」
「ごめんごめん、別に隠してるつもりじゃなかったんだけど」
「車じゃないと行けないところ?」
「うん。たぶん、さんも気に入ってくれると思う」
「そんなにハードル上げて大丈夫ですか?」
「……だ、大丈夫」
目的地には1時間ほどで到着した。山の中腹にあるドライブインに車を止める。クリスマスだからなのか普段からなのか定かではないが、人は少ない。車外に出ると冷たい風が顔に刺さった。結構着込んできたつもりだったけど、そういえば顔は無防備なままだ。耳当てでも持ってくればよかったかと少し後悔する。佐一さんから「大丈夫?」と心配そうに尋ねられ、私は首を縦に振った。
途中から予想はついていたが佐一さんの見せたかったものとは夜景のことだった。百万ドルの、とは言い難いけど、思わず感嘆の声が出てしまうくらいには十分綺麗な景色だ。
「……やっぱりもっとクリスマスっぽいところの方が良かったかな」
「そんなことないですよ。ここもすっごく綺麗じゃないですか」
隣に立つ杉元さんから視線を感じる。なんとなく気恥ずかしくてそちらを見れないでいると、手すりに乗せていた手に佐一さんの掌が重ねられた。
「何か食べて帰ろっか」
「ラーメンが食べたいです。あ、あとケーキも」
「……なんか、普段と変わらないような気がするなあ」
「普通が一番ですよ」
*************
◆尾形さんと家でだらだらするだけ
テレビをつけると年末特有のわちゃわちゃした雰囲気の番組ばかりやっていて、私はそれをBGM代わりにもそもそとショートケーキを食べる。買ってきた本人である尾形さんは少し食べてから「もう食えん」などと呟いたあと当たり前のように私の膝へ倒れこんで目を瞑ってしまった。まあいいけどさ。とは言いつつ内心もやもやが晴れずにいた。尾形さんは自分が来たいときに来て帰りたいときに帰る。今日だってクリスマスだからとか関係なく、たまたまそんな気分だったのだろう。こんなんで本当に付き合ってると言えるのか私は自信がなかった。だが私も私でこの距離感がちょうどいいと思ってしまっているあたり、お似合いなのかもしれない。テレビの内容も入ってこないままひたすらケーキを口に入れていたらフォークを持っていた手をぐいっと下に引っ張られた。もう寝てしまったのかと思ったがそうでもないらしい。というか、実際のところ膝枕の寝心地ってどうなんだろう。あまり良さそうには思えないが。
「どうしたんですか」
「ケーキ」
「うん」
「まだ残ってるのか」
「残ってるに決まってるじゃないですか……ホールですよ、ホール」
4号とはいえ、2人で食べるにはなかなかの量である。しかも尾形さんが食べたのは実質0.5人分くらいなのでまだ半分以上残っていた。尾形さんは私が食事のあとでも4号のホールケーキをぺろりと平らげられるほど大食いだと思っているのだろうか。
「そうじゃねえよ」
のそりと起き上がった尾形さんは私のお皿に乗る食べかけのケーキを指をさした。なるほど、切り分けた分の話か。理由はわからないが早く食べろと言っているのだと合点のいった私は残っていたショートケーキを口に入れた。それを見届けたあと尾形さんは私からフォークを取り上げてソファへ引きずり込む。だがさすがに二人で寝るには狭い。
「寝るなら片付けてからにしません?」
「あとでもいいだろ」
「せめてケーキは冷蔵庫に入れないと、食べられなくなっちゃいますよ」
しぶしぶ私を解放した尾形さんに見守られながら、半分ほど残ったケーキを冷蔵庫に詰め込む。ほどなく私の後ろで食器がカチャカチャと鳴った。なんだかんだ言いつつ手伝ってくれるらしい。結局テーブルの上をすっかり片付けてしまい、一息ついたところで尾形さんと目が合う。今度はソファではなくベッドに座っていて、無言で自分の隣をぽんぽん、と叩いた。前から思っていたけど、この人は言葉が少なすぎる。「なにか用事ですか」とすっとぼけてみたら案の定苦い顔をされた。
*************
◆浩平と街歩き
世間は楽しいクリスマスだというのに、私はどうしてこんな辛気臭い男と一緒に歩いているのだろうか。ふと我に返りため息を吐くと、二階堂浩平は怪訝な顔でこちらを見下ろした。いつ見てもイルミネーションの似合わない男だ。
「お前は薄着すぎんだよ」
「……ごめん、いきなりなんの話?」
「寒いんだろ?」
「いやまあ、そりゃ寒いっちゃ寒いけど……」
「貸してやるよ」
ぽいっと無造作に放り投げられたカイロをキャッチする。……うん、まあ、いいんだけどさ。浩平が優しいなんて、槍でも降るんじゃなかろうかと思いながらカイロを握りしめ、冷えきった手先を温める。
「いいの?浩平くん凍死しない?大丈夫?」
「するわけねえだろ……」
「浩平って冷え性っぽいから心配」
「どこ情報だよそれ」
なんとなくそう思っただけなのでソースを聞かれてしまうとちょっと困るのだけど。肯定も否定もしない彼は自分の両手をさすって息を吹きかけた。自分も寒いくせに、やせ我慢してる……。何の気なしにその手をそっとつまんでみたら、氷のように冷たかった。
「うわっ冷たっ!!私より冷たいんじゃない?やっぱ返すよこれ」
「……いや、いい」
言うのと同時に浩平に手を掴まれて、カイロごと彼のコートのポケットへねじ込まれる。ちょっとなにが起こっているのかわからない。頭に疑問符を浮かべている私を余所に二階堂は満足そうに「あったけぇ」などと呟いた。なんで私は浩平に手を握られているのだろうか。
「……状況が飲み込めない」
「暖かいだろ」
「そうだけど」
「だけど、なんだよ」
「…………なんでもない」
恋人みたいだね、なんて恥ずかしくて言えなかった。
*************
◆洋平の嫉妬がすごい
「俺だ」
「俺じゃわからん」
「……お前の大好きな洋平くんだろうが」
「顔と台詞が合ってないんだけど」
顔が怖いんだよ、顔が。なにはともあれ、このままじゃ逆恨みされそうなので大人しく鍵を開ける。まあ今日来ることは前からわかっていたのでここまで引っ張る意味もなかったのだけど。扉を開けるとブスっと不機嫌そうな洋平が立っていた。あ……それはいつもか。
「来るって言ってたんだからスッと開けろよ。寒いんだよこっちは」
「いや~だってさ、浩平っていう可能性もゼロじゃないでしょ?」
「彼氏の顔くらいわかるようにしとけ」
「無茶ぶりやめて」
親にも間違われるとかこの間愚痴っていたくせにそんな殺生な。洋平が適当に脱ぎ捨てた靴を自分の靴の隣にきっちりと揃えてからリビングへ行くと、当の本人はすでにくつろぐ気満々で私のお気に入りのクッションを抱えていた。それどころかふてぶてしく「喉乾いた」などと飲み物を要求してくる始末。お客様気どりかよ。いやまあ、一応そうなんだけどさ。これ以上不機嫌にさせてもデメリットしかないのがわかっていたので私は素直にコーヒーを出した。
「もし私が洋平と間違えて浩平を家に上げたらどうする?」
「……その時は浩平を半殺しにする」
「いやそんな真顔で言われたら怖いんだけど」
「ま、兄弟だからな。半殺しで勘弁しといてやる」
「お、おう……」
「つーか、お前もほいほい家に上げるんじゃねえぞ」
「さっきと言ってること違うじゃん」
「が俺と浩平を見分けられればいいだけの話だろ」
「見分けてほしいならそれなりの努力してよ。おでこにしるしつけるとかさぁ」
そういえば、と私はこの男に用意していたクリスマスプレゼントを思い出す。数日前にデパートで買った指輪の箱を開けて洋平の手を取った。本当は綺麗にラッピングもしてもらってたんだけど、まあ洋平のことだからそんなものには毛ほども興味がないだろう。自分で言ってて虚しいが。私の選んだのはなんの飾りもない、シンプルな細いシルバーの指輪だった。ただし裏にイニシャルが彫られている。大人しく小指に指輪を着けられていた洋平はそのあともしばらく自分の手を見つめていた。
「……お前のは?」
「は?」
「は?じゃねえよ。普通ペアで買うもんじゃねえの?」
「えっ……」
指輪なんて初めて買ったからそこまで気が回らなかった。普通はそうなのだろうか。
「じゃあ洋平くんの大好きな可愛いちゃんにお揃いのやつ買ってよ」
「自分で言ってて恥ずかしくねえのか」
ただ洋平の真似をしただけなのに……。私は理不尽さを感じながらも購入自体は否定されなかったことに気付いて一人にやけるのだった。
*************
◆鶴見さんと残業デート
「もし良ければ、なにか御馳走させてくれないかな」
憧れの上司である鶴見さんにそう言われて動揺を隠せない人間が確実に一人いる。それは私だ。世間ではクリスマスムードで浮足立っているというのに私と鶴見さんは部下のやらかしの後始末で無慈悲な残業を強いられていた。まあそれは仕方ない。ミスは誰にでもあるさ。漸くひと段落ついた頃には私たち以外の社員は帰ったあとだった。別に特別用事があるわけでもないのでせめてケーキくらい買って帰ろうかと思っていたところでまさかの変化球が飛んできて私はたじたじである。
「この後用事があるのかい?」
「いえ、ない、です」
「なら是非つきあってほしいな。もちろんさんが嫌でなければ、だけどね」
「嫌だなんて……」
そんなこと言われて断るはずがなかった。まさか鶴見さんと食事をご一緒できるなんて夢のような話だ。誓って言うが、私は別に鶴見さんとお付き合いしたいとかそういった邪な気持ちなど持ち合わせていない……はずだ。
「こんな時間まで残業させてすまなかったね」
「鶴見さんこそ、お疲れ様でした」
「さんにはいつも助けられてばかりだから、日頃のお礼も兼ねて一度落ち着いて話がしたいと思っていたんだ」
「そんな……私なんて、いつも鶴見さんに頼りっぱなしですし」
運よく待たずに入ることができたイタリアンのお店で、私と鶴見さんはグラスを合わせた。こういうところには友人となら来たことがあるけど、相手が違うと雰囲気もまるっと違って見えるから不思議だ。私は鶴見さんから溢れ出る大人の余裕オーラに終始やられっぱなしでワインの味もよくわからなかった。やばい、緊張して全然箸……じゃなくてフォークが進まない。とにかくなにか変なことを口走ったりしないようにだけは気を付けないと。
「こんなことを聞いてしまって良いのかわからないのだけど……さんは私が苦手なのかな」
「……はい?」
「私と話すとき、いつも緊張しているようなのが気になっていたんだ。今日も無理やり誘ってしまったかもしれないね」
「ち、違います!逆です、私、鶴見さんのことが好きなので、それで緊張して…………あっ、好きっていうのはその、変な意味じゃなくて!人として、人として好きってことです!」
しどろもどろな私をきょとんと見つめていた鶴見さんだが言い訳が終わったところで穏やかに微笑んだ。ああ、穴があったら入りたい。
「いや、そうか……安心したよ。ありがとう、私もさんのことが好きだよ」
恥ずかしさと嬉しさで涙が滲む。そんな、優しく微笑まれたりしたら、勘違いしてしまいそうだ。さりげなく差し出されたハンカチを受け取ると、ほんのり上品な香水の匂いが漂ってきた。
*************
◆寂しがりやの鯉登さん
「暇になってしまった」
私は自室で呟いた。もちろん独り言である。2時間ほど前に届いたメッセージのせいだった。急な仕事が入ったからと、予定がキャンセルになったのだ。そうか、仕事なら仕方がないと頭ではわかっていても感情が追い付かなかった。普段なら着ないようなおしゃれワンピースも、玄関でひっそり倒れたままのハイヒールも心なしか悲しそうだ。……別に、ちょっと良いレストランで食事なんて今日じゃなくてもできるし。そう自分自身に言い訳しているところでインターホンが鳴った。こんな時間に誰だろう?もしかして、なんて淡い期待を抱きつつモニターを覗く。カメラの前に立っていたのは予想通り鯉登さんだった。相当急いで来たのか、肩が上下に動いているのがわかる。
「……はい」
「俺だ」
「……はい」
オートロックが解除された瞬間、鯉登さんはすぐにカメラからフレームアウトした。相変わらず足が速い。などと感心しているうちに今度は内ドアのインターホンが鳴った。
「お仕事は」
「…………終わらせてきたに決まっているだろう」
「とりあえず、上がります?」
「そのつもりで来た」
ですよねー、と苦笑して鯉登さんを迎え入れると、その手に持っていた小さい花束が差し出された。
「……すまなかった」
「鯉登さんのせいじゃないですから、気にしないでいいですよ」
「怒ってないのか?」
「特には……」
それは紛れもなく本音だった。怒るというよりも、いつもより気合を入れておしゃれしたのが徒労に終わって脱力したというのが正しい。むしろ怒るというならせっかくの誕生日を残業で潰された鯉登さんの方だろう。
「私が怒ってると思って急いで来たんですか?」
「いや……てっきり寂しがっているかと」
「子供じゃあるまいし」
「俺は寂しかったぞ」
「……3日前に会ったのに?」
「ちょっと待て、そこは普通『私も』とかじゃないのか!」
「私にそんなん期待しないでくださいよ」
冷蔵庫の中にウーロン茶があったのでグラスに注ぎ、鯉登さんと自分の前にひとつずつ置いた。本当ならレストランでワイングラスを傾けていたはずなのに、随分落差が激しい。
「ケーキ食べます?コンビニの2個入りのショートケーキですけど」
「……食べる」
「あ、それとも外に食べに行きます?おなか空いてるでしょ」
「」
ウーロン茶を飲み干した鯉登さんが神妙な面持ちで私の名前を呼んだ。私はおかわりを持ってこようと腰を浮かしていたがその様子を見て姿勢を戻す。
「その服……に、似合ってる」
「……鯉登さんも似合ってますよ」
「オーダーメイドだからな。当然だ」
「……あ、はい」
*************
◆三島くんとクイズ
「クリスマスプレゼント、なんだと思う?」
突然出題されたクイズは私の頭を混乱に陥れた。どうしたの、急に。優しい笑顔の中にちょっとだけ悪戯心を滲ませた三島くんが正解の品物を後ろ手に持ったまま少し首を傾げている。
「……え、普通にわかんないんだけど……」
「がほしいものだよ」
「いや、範囲広すぎるって」
まさか正解しないともらえないとかだったらどうしよう。いや私だって良い歳した大人なのだからそれくらいで駄々こねたりはしないけども、もらえないのはやっぱり悲しいので懸命に思考を巡らせる。私のほしいものということは……きっと普段の何気ない会話で適当に言った「あれほしいな~」的な台詞がヒントになるはずだ。三島くんは私自身が忘れているような些細なことまで覚えていたりするから。最近だと……ええと。
「本棚?」
「……どうみてもそんな大きさじゃないだろ」
「後日引き換えのシステムならいけるかなって」
「はずれ」
「ん~~~、じゃあ、パソコン?」
「いやだから……」
「わからないよーーー!ヒントちょうだい!」
「この前、一緒にテレビ観てた時に出てきたものだよ」
この前のテレビ……?私は思わず視線をテレビに向ける。いやそんなことしたってあまり意味はないのだけど。最後に会ったのはたしか1週間くらい前のことだったと思う。三島くんとだらだらしながらテレビを観ていた。その時映っていたのは……。
「……温泉?」
「正解」
「え、ほんとに?連れてってくれるの?」
「もちろん。ちなみに泊まりのつもりだから、覚悟しといて」
「なんの?」
「いろいろ」
今までいろいろ遠出をしてきた私たちだが、実は泊りがけでの旅行はまだ一度もない。一体なにを覚悟するのか、残念ながら三島くんの微笑みからは読み取れなかったが、受け取った旅行雑誌を見ていたらいつの間にか忘れてしまった。温泉なんて何年ぶりだろう。社会人になってから初めてなのはたしかだ。
「行きたいところ、決めようか」
「うん!……でもさ、言っちゃ何だけどクリスマスプレゼントっていうなら今日行くもんじゃないの?」
「……そこはつっこまないでくれ」
どうやらプレゼントに悩みまくった挙句、数日前に思いついてしまった案らしい。そりゃ仕方がないな。まあそこは大した問題じゃない。私は「なんかごめん……」と苦笑して旅行雑誌を広げた。旅行というのは計画の時点ですでに楽しいものである。事実私は雑誌を眺めるだけで行きたいところとか食べたいものがありすぎて目移りしてしまい、それを見た三島くんは苦笑していた。
「あんまり予定ぎゅうぎゅう詰めじゃ疲れるぞ」
「そ、そうだけどさ……」
「ほどほどにして、また次にとっておけばいいだろ?」
そうか、次があるのか、と私の目から鱗が落ちる。素直に頷いたら三島くんの顔がおもむろに近づいてきて唇が重ねられた。「可愛かったからつい」と三島くんが悪戯っぽく笑う。ほんとにこの人は心臓に悪い。
*************
◆宇佐美さんにまんまと嵌められる
私は「篤四郎さん」を知らない。宇佐美さんの口から毎回出てくる「篤四郎さん」は会ったことも話したこともないのに嫉妬の対象だった。
「この前篤四郎さんにもらったんだけどさあ」
久しぶりに会った宇佐美さんは息をするように「篤四郎さん」の話題ばかり持ち出した。私は穏やかに相槌を打つ。苛立ちなど毛ほども表さない。うん。そうなんですか。良かったですね。そんな汎用性の高い台詞ばかり使いながら心の中にはどす黒いものが渦巻いて吐きそうだった。言いながら宇佐美さんは遊園地のチケットをひらひらさせている。「篤四郎さん」にもらったらしい。きっと一緒に出掛けるのだろう。男同士で遊園地とは少し想像がつかないが、宇佐美さんの様子を見るに少なくとも彼の方は十分楽しめるようだ。
「一緒に行ってくれるよね?」
「……えっ、どこに?」
「聞いてなかったの?遊園地だよ、ゆ・う・え・ん・ち」
あれ?「篤四郎さん」と一緒に行くっていう話では……?はっきり言って私はさきほどの話をほとんど聞いていなかった。宇佐美さんの声は私の耳から耳へと通り抜けるだけで、記憶に残っているのは「篤四郎さん」だけだったからだ。どんだけ嫉妬深いんだよ、私。
「あ、ああ……すみません、てっきり『篤四郎さん』と行くのかと」
「なに言ってんの?篤四郎さんが僕とちゃんのためにチケットを譲ってくれたんだよ。女の子はこういうの好きなんだってね~、僕にはわからないけどさあ。こういうこともちゃんとチェックしてるなんて、さすが篤四郎さんだよね」
あ、どっちみち「篤四郎さん」の話題に戻るんだ……。でも遊園地の同行者が自分だとわかったことで私はいくらか落ち着きを取り戻していた。こんなことで心を乱すだなんて恥ずかしい。話を聞く限り「篤四郎さん」はすごく良い人そうなのに。渡されたチケットを見るとどうやら期間限定でイルミネーションや花火を使った盛大なパレードが開催されるらしい。
「ちゃんはこういうの好き?」
「うーん、まあ……特別好きでも嫌いでもないですけど」
「ああ、そうなの。別に行きたくないなら無理にとは言わないよ。篤四郎さんを誘うから心配しないで」
「い、行きたいです!」
宇佐美さんはその大きな瞳を満足そうに細めた。悪いことを考えている顔だとすぐに気付く。
「ねえ、どうしてさっき上の空だったの?」
「え……」
「妬いちゃった?」
「……そ、んなこと……」
「いいんだよ。だって、そのために篤四郎さんの話をしたんだから」
「えっ」
「僕が気付かないとでも思ったの?」
宇佐美さんのしなやかな手に顎をそっと掴まれ、上へ向けられる。
「本当に可愛いね、ちゃんは」
*************
◆我慢強すぎる基さん
帰宅するとマンションの前に基さんが座り込んでいた。
「は、基さん!なにしてるんですか!?」
「……か」
「連絡取れないからどうしたのかと思ったら……」
「実は携帯を失くしてしまって、仕方なくここで待っていたんだが」
つまり「今日は帰りが遅くなりそうだから約束の時間を1時間ずらしてほしい」と基さんへ送ったメッセージは未読だったわけか。道理で連絡がつかないはずである。それよりも、この寒空の下で1時間も待っていたなんて……相変わらずすごい忍耐力だと私は妙なところで感心した。基さんの身に着けている防寒具はコートだけで、手袋やマフラー等はなにもない。仕方ないとはいえ可哀想なことをしてしまったな。私は自分のマフラーを解いて彼の頭から被せた。
「風邪引いたらどうするんですか」
「大丈夫だ、体調管理には気を付けている」
「そんな薄着で言われても説得力無いんですけど」
こんなことならもっと早く渡しておけばよかった。私は正に今日彼に渡すつもりだった合鍵を思ってため息を吐く。とにかく早く温まろう、と氷みたいに冷たい基さんの手を握って自分の部屋を目指した。
「これ、今日渡そうと思ってたんです」
部屋に入ってすぐ暖房を点けて、基さんを毛布とひざ掛けでくるんでからお湯を沸かす。そして例の合鍵をテーブルに置いた。基さんは何度か目を瞬いてから私を見た。
「……いいのか?」
「よくなかったらそもそも渡しませんてば」
「しかし、人の家に勝手に入るのは……」
「家主が許可してるんだから勝手にではないですよ」
基さんはおずおずとテーブルの上に手を伸ばし、鍵を握りしめる。体温を取り戻し始めた基さんの手が真っ赤に染まっているのを見ていると後から後から罪悪感が押し寄せた。
「今日はごめんなさい……こんな寒い中待たせちゃって」
「お前のせいじゃない、気にするな」
「はい……でも次からは家の中で待ってていいですから」
「……ありがとう、そうさせてもらう」
「あ、でも家探しはしないでくださいね」
「俺に見られたくないものがあるのか?」
「そりゃ……まあ……って、やめてくださいね!?」
「わかっている、冗談だ」
もちろん基さんはそんなことする人ではないので本気で焦ったわけではない。そうこうしているうちに電子ケトルが蒸気を噴いた。よし、温かい飲み物でも淹れようか。
「コーヒーでいいですか?」
「ああ…………」
「はい?」
「実は俺も同じものを用意してたんだが、受け取ってくれるか」
「……あ、ありがたく頂戴いたします」
「いや、そこまでかしこまらんでも」
私はそれを自宅の鍵と一緒にキーホルダーで括った。うわあ、なんか、うわあ。どうしよう、すっごい嬉しいなこれ。掌に載せた二つの鍵をじっと見つめていると、口元が緩みそうになる。ふと顔を上げると基さんもこちらを見て微笑んでいた。
*************
◆利運さんちに押し掛けクリスマス
「ジングルベ~ルジングルベ~ルすっずが~~なるう~~」
子供みたいに歌いながら、100均で買った小さなクリスマスツリーにこれまた100均の折り紙で作ったオーナメントを飾り付ける。
「今日は~~嬉しい……ん?楽しい……クリスマス~~ヘイっ!」
「もう遅いから帰った方がいいよ~?」
「なに言ってるんですか、まだまだ夜はこれからじゃないですか」
家主である利運さんは「なにが楽しいのかおじさんにはわからねえなぁ」などと溜息を吐きながら熱燗を一杯やっていた。ぶっちゃけ私にもわからない。だがこういったイベントごとは利運さんの家に押し掛けるには格好の口実だった。押しに弱い利運さんは大抵受け入れてくれるからである。私だって良心の呵責がないわけではないのだけど、この人には押し掛け女房まがいのことでもしないとだめなのだ。彼はなにに対しても積極性がほとんどなかった。私の渾身の好きアピールも暖簾に腕押しだ。しかも、迷惑なら迷惑で距離を置くなり態度で示してくれればこちらだって察することができるのに、そういった意思表示さえしてくれないのはかなり厄介である。
「あんたみたいな若い子がこんなおじさんの家に入り浸るのはよくないんじゃないの?」
「追い出してもいいのに」
「無理やりってのは趣味じゃないんだよなぁ」
「利運さんが優しいから、調子に乗るんですよ」
「……まいったな」
彼が目を逸らしたすきに、持っていたお猪口を取り上げる。中にはまだ飲みかけのお酒が残っていたので、静止も聞かずに一気飲みした。さあっ、と熱い液体が喉を流れていく。食道が焼かれていくみたいだ。私にはまだ日本酒の良さがわからなかった。これを飲めるようになったら利運さんに近づけるような気がしたけど道のりはまだ遠い。悔しい。私は大人なのに、利運さんから見ればお子様なのだ。一瞬視界が歪んで思わず目を瞑る。気持ちの悪い浮遊感のあと、私の体はなにかに受け止められて傾くのをやめた。鼻をつく酒臭さからして利運さんであることは疑いようがない。
「大丈夫か?」
「……大丈夫じゃないです」
「横になりな?待ってろ、水持ってくるから」
私を寝かせようとする利運さんを阻止するべく全力で抱き着いた。全然大丈夫じゃない。このままずっと蛇の生殺し状態なんか嫌だ。
「利運さんのことは好きだけど、私のことどう思ってるのかはっきりしてくれないところは好きじゃない」
「……ごめん」
「謝らなくていいから、返事を聞かせてください」
「……あのなぁ、おじさんはもう好きだのなんだのってほいほい言えるほど若くないのよ」
「ほら!またそうやって誤魔化す!」
「そりゃ、俺だってちゃんみたいな子に好かれて悪い気はしないけどさ……ちゃんからしたら俺はおじさんなわけだし。後悔させたくないんだよ」
「それは『好き』って受け取っていいんですか?」
「…………もうちょっと考えさせてくれる?」
「明日までなら」
「厳しいねぇ」
「一応言っておきますけど、私はおじさんなのも飲んだくれなのも含めて利運さんのことが好きなので後悔とかする予定ありませんから」
もやもやとしていたものをぶちまけてしまったせいか、妙に気分がすっきりした。私は何事もなかったかのように利運さんから離れる。結局はっきりとした返事はもらえていないが、少なくとも完全に脈なしではないと知れたのは大きな収穫だ。彼が引っかかっているのが年の差だけだとしたらまだ勝機はある。鼻歌まじりに飾り付けを再開する私のうしろでまた徳利から酒を注ぐ音が聞こえた。
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◆菊田さんとビールで乾杯
今日日我が国のクリスマスといえば、恋人と過ごすというのがお決まりパターンで、私みたいな独り身にはちと肩身の狭い日でもある。だいたい、こういう外国由来のイベントは大抵日本人向けに魔改造されてしまってほとんど原型など留めていない。バレンタイン然り、ハロウィン然り、である。
「みんなおもちゃ屋さんとかケーキ屋さんに踊らされすぎなんですよ!そう思いませんか、菊田さんっ」
「まあまあ、落ち着けって」
数十分前「焼き鳥が食べたい」と何気なく零したら、目の前に居た菊田さんは「暇なら今日行くか?」と即座に誘ってくれた。誘い受けを狙う意図は断じてなかったが、待ってましたとばかり食い気味に返事をして現在に至るわけだ。同僚が某ファストフードのチキンを予約してあると言い出したのが発端だった。そういえば今日はクリスマスだな、などとさも今気づきました感を出しつつ相槌を打って、鶏肉は好きだけど骨のあるフライドチキンって食べにくくて苦手なんだよなと考えてからの焼き鳥発言である。
「というわけで私にもクリスマスプレゼントください」
「お前も策略にまんまとはまってるじゃないか」
「もらうだけならセーフ理論です」
「……あげてもいいけど、お返しはあるんだろうな?」
「あ~、見返り求めちゃう感じですか?」
「おいおい、もらうだけなんてずるいじゃないか」
「……なにかほしいものあります?ちなみに私は現金がほしいんですけど」
「頼むからせめてもうちょっと夢のあるやつにしてくれ」
本気で呆れている雰囲気だったので「冗談ですよ」と肩を竦めた。子供の頃なら間違いなくゲームとかだっただろうけど、大人になってからのクリスマスプレゼントほど難しい問題はない。アクセサリーとか……は、さすがにたとえ冗談でも菊田さんには言いづらかった。彼女か!とかつっこみを入れてくれるような相手ならこちらとしてもかる~いノリで言えちゃうんだけど、菊田さんは変なところで真面目だから本気と取られかねない。
「あ、じゃあ彼氏ほしいから誰か紹介してくださいよ~」
「なんだそりゃ」
「そうしないとこれから先もず~~っと私に付き合わされますよ?」
お前が言うなって感じではあるが、それじゃ菊田さんが気の毒だ。今日に限らず菊田さんはよく私の面倒をみてくれるし、急な誘いにも応じてくれる。私自身は結構この状況を楽しんでいるが、彼の方はどうだろう?お人よしの菊田さんのことだから、仕方なく付き合ってくれているに違いない。
「俺は別に構わんけどな」
「……私はオールド・ミスになるつもりはありませんけど」
「お前よくそんな古い言葉知ってるな、もう死語だろ。……いや、そうじゃなくてだな」
菊田さんがそのまま口ごもってしまい、私は首を傾げる。もっとこう、物事ははっきり言う人だと思っていたので少し意外である。菊田さんは人の不幸が蜜の味に感じるようなゲスなタイプではないはずだけど、なんだか紹介したくなさそうなオーラが駄々洩れだ。そんなに私は男を紹介するのが憚られるような女だっただろうか。
「……ちなみにどんなやつがいいんだ」
「え、うーん、そうですねぇ…………菊田さんみたいな人かな……なんちゃって!」
酔いに任せて普段やらないようなボケをかましたら思いのほか真剣な菊田さんと目が合った。じょ、冗談ですよ、冗談……。私は乾いた笑いを浮かべる。ほどなく菊田さんもふっと笑ってビールに口を付けたので内心息を吐いた。菊田さんみたいな人がいいっていうのはあながち嘘でもないのだけどそんなこと本人を目の前にして言えるわけがない。