「梅ちゃんってどんな人ですか?」
……なんて聞けるはずもなくごはんの味もわからないままかれこれ数十分口の中のお肉を咀嚼し続けている。明らかに様子のおかしい私を見てアシリパさんたちが代わる代わる声を掛けてくれたがそれも右耳から左耳へ抜けるのみで「あ……はい」と呟くだけのボットのような存在と化していた。「梅ちゃん」とは誰なのか。家族、友人、幼馴染……恋人?自分で言うのもアレだが私は一人で勝手に考え込んで勝手に自滅するタイプである。もしかしたら本人に直撃したら「なぁんだ、そうだったのか~」と見事オチがつきハッピーエンドで終わるかもしれない。かも、しれな……いけどやっぱり無理なのだ。だってそうじゃなかったとき私は正気でいられる自信がない。現在進行形で抜け殻状態なのに一番聞きたくない単語を聞いてしまったらガチで魂が抜けそうだ。つまり私はただの腰抜けチキン野郎なのであった。
そもそも何故私が梅ちゃんを知っているのかというと、話は単純で杉元さんの寝言である。夜中にお便所……と起き上がったら杉元さんが魘されていて譫言みたいに寅次、梅ちゃんと繰り返していた。情けないことに私にはただ苦しそうにしながら体を震わせる杉元さんの手を握ることしかできず涙目状態で見守っていた。私が杉元さんなら泣きたいのはこっちだよとつっこんでいたことだろう。これが2日前の話で私はそれからずっと杉元さんと寅次さん、梅ちゃんの関係について勝手に想像しては勝手に落ち込んでいるのだった。
杉元さんは答えてくれるだろうか、なんて非生産的な悩みであることは承知の上だけど杉元さんの身の上を考えると迂闊に踏み込めない領域なので意気地なしの私はこうやって一人で悶々と悩むことしかできない。今日の夕食もいつもの倍以上かけて完食するとアシリパさんから「美味かったか?」と感想を求められたのでまた「あ……はい」と言いかけたところで我に返る。
「うん、美味しかったよ」
「最近上の空だけど、何かあったのか?」
「なにも……ないよ。ごちそうさまでした。器洗ってくるね」
深くつっこまれないうちにとみんなの食器をかき集めて急いで小川に向かった。心配してくれているというのに、少し感じが悪かっただろうか。でも流石にみんなの前で打ち明けるわけにもいかないし、きっとこれでよかったのだ。私が早く忘れてしまえばいいだけの話だ……それができればこんなに苦しくないのだけど。
「あ……手拭い忘れた」
私はばかなのか。いやばかじゃなかったら洗い物するのに手拭い忘れたりしないよな。既に洗い始めた食器が数枚。それを暫しの間見つめながらどうしようかと考えるが、まあ、戻ってから拭けばいいかと即断して洗い物を再開しようとした。その直後耳に入ったのは「あ、いたいた」という聞きたいけど聞きたくなかった呑気な声で、私はうっかり手を滑らせて持っていたお皿を川に落としてしまった。
「手拭い忘れたでしょ。も~、結構ドジっ子だよねちゃん」
「……ありがとうございます」
「俺も手伝うよ」
「いえ、大丈夫です。そんなに多くないし」
「なんか……怒ってる?」
「怒ってないですけど」
「本当に?」
「……本当です」
「うそ」
「…………嘘じゃありません」
そう、嘘じゃない。私は別に怒っているとか、誰かに不満をぶつけたいわけではなくて。ただ悲しいのだ。杉元さんが心に何かしらの傷を負っていることや彼を支えてあげられないことが。私は杉元さん達のお荷物でしかなくて、そんな自分が誰かの力になりたいだなんてちゃんちゃらおかしい話だと思う。その前にもっと体力付けろよとかつっこまれたらぐうの音も出ない。断ったにも関わらず杉元さんが私の隣に座って食器の山に手を伸ばす。杉元さんが私に優しくすればするほど私が嫌な女になっていく気がしてきて、鼻の奥がつんとした。でも大丈夫、今は夜だから。声さえ我慢すれば誤魔化せるだろうと、溜まっていく涙を気取られないように黙々と手を動かした。いっそ涙が出なくなるまで泣いてしまえばいい。そうしたらいつもみたいに笑えるはずだと開き直った私の視界に自分のものではない手が映りこんで、吃驚する暇もなく私の顔面がちょっと乱暴にごしごしと袖で擦られた。
「何があったの?」
「なにもないですよ。ちょっと……センチメンタル?な気分になっただけで」
「ちゃんを泣かせるような奴がいるんなら俺が懲らしめてやるよ」
「……元の世界の人でも、ですか?」
「全部終わったらね」
「……………………全部終わったら……私と一緒に来てくれるんですか」
「うん」
「でも寅次さんと梅ちゃんが……」
「……どうして知ってるの?」
「あ、ね、寝言で……」
つい勢いで口に出したことを私は早くも後悔した。「そっか」と呟いた杉元さんが俯いて食器を洗う。やっぱり私が踏み込んで良いところではなかったらしい。やっちまったなあと頭を抱えたい気分になり、杉元さんが拭ってくれた涙も復活してしまった。杉元さんは無言のまま手だけを動かしている。
「もしかして、気にしてた?」
「……す、少し……」
本当は少しどころの騒ぎではないのだけど余計なプライドが邪魔をして意地を張ってみる。そんなのバレバレなのか杉元さんは少し笑っていて「寅次と梅ちゃんも大事だけど、ちゃんのことだってすごく大事だよ」と言ってくれたので私はまたしても目尻に涙を溜める結果となった。
いつかちゃんと、寅次さんと梅ちゃんのこと教えてくれるかな。私は受け止められるかな。少し不安だけど元の世界に一緒に来てくれると言ってくれた杉元さんに負けないくらい強くなりたい。それが私を励ますための優しい嘘だったとしても今はそれでいいと思う。
It is the green-ey'd monster which doth mock The meat it feeds on;