「どうやったら殴り合いの試合で切り傷ができるんです?」
「……ちゃん、それは俺が……」
鯉登さんの手にできた傷を見てため息を吐くと杉元さんが申し訳なさそうに頭を掻いたけどどうしてこうなったかについては結局語ってくれなかった。たしかに二人はいつも喧嘩ばかりでいがみ合っているけど、こんな怪我をさせるようなことはなかったのに……。杉元さんは時々子供みたいだけどただの喧嘩で殺そうとするほど自分を見失うなんてことはないはずだ。……今までそう思っていたのだけど少し自信がなくなってきた。何も言ってくれないからただの勘だけど、杉元さんは優しすぎる人だからたくさんたくさん抱え込んでいるのだと思う。そうやってため込んでいたものが何かの拍子で、それこそくだらない喧嘩が切っ掛けで一気に噴き出したのだとしたら……そんなことを考えていたらいつの間にかしかめっ面にでもなっていたのか、鯉登さんが「血が苦手なのか?」と尋ねてきた。この人は杉元さんとは違った意味で目力がすごい。真っ直ぐ見つめられると尋問でもされているような気分になり、思わず身を引いた。
「……得意ではない、かな」
「手当も全然なってないぞ」
「す、すいません」
そしてこの言い様である。一般人の私にさえ容赦なしとはさすが将校さんとでも言うべきなのか。鶴見さんは優しかったけどなあ……なんて余計な事を考えているうちに月島さんを呼ばれてしまった。すいませんねえ不器用で。
「何かありましたか、鯉登少尉殿」
「巻き方が緩いのだ。やり直せ月島」
「……だそうですよ、さん」
「えっ、また私がやるんですか!?」
「私が教えますから、もう一度やってみてください」
「私を練習台にする気か!?」
その通りです、とは言わず月島さんは無言で包帯を解いた。なんだかんだでこの二人は良いコンビだと思う。月島さんは苦労してるみたいだが。リベンジした結果鯉登さんにもご満足いただけたみたいで「まあ……合格だな」と捨て台詞を吐かれたので笑顔を引き攣らせながら「アリガトウゴザイマス」と大人の対応をしておく。月島さんにわがまま言ったりクズリに襲われたりとあまり鯉登さんの良いとこを見れずにいたのでこ、これが残念なイケメンか~~とものすごく失礼なことを考えていた私だが今回のことで私は少しだけ認識を改めた。鯉登さんは強かった。月島さんも、谷垣さんも。チカパシくんやエノノカちゃんも自分たちにできることを考えて立派にやり遂げている。けど、自分に何ができるのかについては未だにわからないままだ。
「安心しろ、先ほどの数倍マシだぞ」
「……あ、そこは別に落ち込んでないです」
「なら何を落ち込んでいるのだ?」
「まあ落ち込んでるっていうか、考え事というか」
「だから、何を悩んでいるのか言ってみろ」
「……私って役立たずだなあなんて……思ったり?」
「……」
「ノーコメントはやめてもらえますか」
「今のままでは不満なのか」
「不満……というか、なにもできないくせにここまで着いてきちゃった罪悪感、かな」
「何もできていないわけではないだろう」
「例えば?」
「私に怪我の手当てをした」
貴方さっきその包帯の巻き方に駄目だししましたよね?もしかしてツンデレかな?彼の言葉をどう解釈していいやら悩んで微妙な顔をしていたら横にいた月島さんが「鯉登少尉なりに励ましているみたいですよ」と耳打ちしてきた。鯉登さんてなんか、こう……不器用だよね。手先とかじゃなくて対人関係的な意味で。部下以外との接し方には慣れてない感じがするけど、もしかしたら鶴見さんが例外なだけで将校さんってこういう感じの人が多いのかも。そう思うと少しだけこの強面の将校さんにも親近感が湧いてきたのか心に余裕が生まれた。
「他には?」
「まだ足りんのか!?」
「だって別に手当が上手なわけじゃないし……」
「……おい杉元!なんとかしろ!」
「なに、喧嘩してるの?」
「鯉登さんが私の気持ちを弄んだ……」
「てめぇ……」
「あ、ごめんなさい嘘です杉元さんその銃下ろしてください」
ほんのかるーい気持ちで吐いた嘘を杉元さんが信じてしまい、冗談を言う相手は選ばなくてはいけないという教訓を得た私だがこのメンバーの中に冗談通じそうな人いなくね?という悲しい事実に直ぐ気付くことになる。まさか白石さんを恋しく思うときがくるとは思わなかった。
「俺の傷も手当てしてくれる?」
「どこです?」
「こことか」
杉元さんが指さした顔面に薬液を染み込ませた布を張り付ける。私は顔を殴られた経験がないのでわからないがあんな強く殴られて顔の骨とかって大丈夫なのかな?小学生のときクラスの男子が冗談で腹を軽くパンチしてきたことがあったけどそれだけでも目の前が真っ暗になって生命の危機を感じたというのに、それとは比べ物にならないほどの力で殴られていた杉元さんたちがみんながけろっとしているように見えるのは痛いのを我慢しているのか見た目の割に痛みはあまり感じないのかどちらなのだろうか。……うん、まあ、鍛え方が違うっていうのはあるかもしれないけど。杉元さんが目を閉じているのをいいことに私は彼の顔に残る大きな傷跡をじっと観察する。この傷も身体にある無数の傷も、痛くて堪らなかっただろうに苦しくて辛くてもう死にたいとさえ思っただろうにそれでも彼は生きて帰ってきた。一体どんな役目を自身に背負わせているかなんて想像もつかない。すべてが知りたいなんて烏滸がましいことは言わないけれどどうか、どうか、私が居る事に気付いてほしい。杉元さんの見ている世界を教えてほしい。なんの取り柄もない私だけどきっと寄り添うことならできると思うから。
「……まだ?」
「……まだ、です」
「また泣いてるんでしょ」
「……私そんなに泣き虫じゃないです」
「今度はどうしたの?やっぱり鯉登少尉が原因?」
「違いますって」
私がこの世界で泣きそうになることなんて9割方杉元さんのせいなんですよ、なんて言ったらまた困らせてしまうこと受け合いなので「早く目を閉じてください」と強引にもう一つの湿布を貼って誤魔化した。
抱き締めた色が生ぬるくてただ泣きたくなった::彗星03号は落下した