アステロイドシンドローム5

 初めて熊と向かい合った感想は?と今聞かれたとしたら私は迷わず「思ってた百倍でかかった」と答えるだろう。
 動物園で遠くから餌をねだるような可愛らしいところしか見たことのない私は目の前でハグを求めるように立ち上がって両手を広げるヒグマをぽかんと見上げる事しかできず立ち尽くしていた。この熊が求めているのはハグなんていうハートフルな展開じゃないことは勿論承知である。けど丸腰の人間に一体何ができるというのか?たしか熊に遭遇したとき背中を見せて逃げるのはダメだってテレビで言っていた気がする。熊を刺激しないようゆっくり後ずさりするのが正解だとか。極限状態の中でも未だ冷静さを失っていないらしい私はいつか見たバラエティ番組だか何だったかの内容を思い出しそろりそろりと少しずつ後ろ歩きで熊と距離を取ったが、なんとそれに合わせて熊も前進してくるものだから全く距離が変わらない。え?なんか聞いてたのと違うんですけど!?テレビ通りの展開にならなかったことで途中まで冷静だった私は混乱した。涎をだらだら垂らしながら自分に向かってじりじり近づいてくる熊は完全にご馳走を見る目をしている。武器になりそうなものはない。人の気配もない。……終わった。私終わった。こんな誰もいない森の中で……ていうかここ何処なんだろう。さっきまで街中に居た筈が気が付いたら森にいましたなんてそんな馬鹿な。お巡りさんにも笑われるレベルだぜ。ハハッ。現実逃避している間に熊が再び目の前に立ちはだかった。
 人が死ぬのって呆気ないなあ。痛かったら嫌だなあなんて思いながらぎゅっと目を瞑ってその瞬間を待ったが、想像していた痛みはなかなかやってこない。そのかわり大きな銃声が三発と、直後にどしんと大きななにかが地面に落ちる音がして恐る恐る目を開けた。

「大丈夫かッ!?」

 大きな銃を持ったお兄さんが私に駆け寄った。大丈夫です、と伝えたかったのに唇が震えて上手く声が出なかったのでこくこくと頷くとお兄さんがほっと安心したみたに息を吐いた。猟師の人かな?と思ったけどお兄さんが被っている帽子はどこか見覚えがある。あれだ、映画とかで兵隊さんが被ってるやつ。星のマークは確か帝国陸軍のものだったはずだ。その猟師なんだか陸軍なんだかわからないが、帽子を被ったお兄さんは「そんな薄着で……」と言って自分の着ていた上着を着せてくれた。

「立てるかい?どこから来たの?」
「どこから……?」
「もしかして……記憶喪失?」
「いや……」
「とりあえず、こっち」

 寒さと恐怖とで震えの止まらない私の手をほんのり温かいお兄さんの手が優しく包み込む。終わってから怖くなることってあるよね。そうされると急に気が緩んでしまい私の目からはぼろぼろと涙が零れ落ちていった。私、生きてる。たった二十余年の短い人生で終わる所だった私を助けてくれたお兄さんは命の恩人だ。泣きながら「ありがとうございます、ありがとうございます」と壊れたおもちゃみたいに繰り返したが半分以上嗚咽だったので自分でも何言ってるのかわからないくらいだった。それでもお兄さんは私の気持ちを汲み取ってくれたのか「うん、無事でよかった。もう大丈夫だから」と安心させるようにぎゅっと手を握ってくれた。

その目は何を捉えていますか::彗星03号は落下した