アステロイドシンドローム4

 恋というものを知らないわけじゃない。片想いなら何度もあるしお付き合いしたことだってある。それでも慣れるなんてことはなくて毎度ゼロからのスタートの繰り返しだ。機械みたいにマニュアル通りにはいかないというのはわかっていたつもりだが杉元さんという人物は殊更難しい部類だった。戦争から帰って来た兵隊さんの気持ちなんて私にはわかりっこないのだ。時折彼が見せる闇ともいうべき部分には未だ触れることができないし、杉元さん自身も触れられたくはないだろう。戦場に行ったこともない小娘がわかったような口きくなと怒られてしまいそうだけどそれでも私は彼のことを知りたいと思うのだ。優しさだけじゃなくてもっとたくさんのことを教えてほしい、そう思うのは偽善ではないかとどこか遠くから誰かが囁くのを私は聞こえないふりした。
 おねむのアシリパさんを背負ってホテルを目指す杉元さんが「大丈夫?」と私の様子を伺った。杉元さん本人もビールをたくさん飲んで足元が若干ふらふらしていたので「そっちこそ大丈夫ですか」と逆に心配してしまったら「俺は不死身だ!」と突然叫んだ。いや不死身関係ないですよね。

「おいキロランケ、お前ちゃんに変なことしたら承知しないからな!白石にも言っておけよ!」
「はいはい、わかったわかった」
「白石さんは女将さんに夢中だったじゃないですか」
「いーや!あいつは見境ないからな。ほんと気を付けてね」
「そんなに心配ならお前の部屋に連れて行けばいいだろ」
「よ、嫁入り前の女の子と同衾なんてできるわけないだろッ!」

 流石の私でも同衾はご遠慮願いたい。酔いが回っているせいか話が飛躍している杉元さんが「破廉恥な!」と叱りつけたらキロランケさんは「アシリパはいいのか……」とご尤もなことを呟いた。それに対して杉元さんは「アシリパさんはほら、まだ子供だろ」なんて言い訳しているがアシリパさんが聞いたら子ども扱いするなって怒りそうだなあと思いながら口を挟まずに黙っていた。なんと嬉しいことに杉元さんは私を多少なりとも女性として扱ってくれているらしい。普段私に対してお母さんの如く心配性を発揮してくるものだからアシリパさんと同じで子供枠かな?と思っていたので少し意外だった。そのことに気付いて口元がにやけてしまったので慌てて口を押さえたが泥酔している杉元さんたちには気づかれなかったみたいだ。

「杉元について行けばよかったのに」
「……行きませんてば」
「もう少し素直になれば可愛げあるのになあ」
「すみませんね、可愛くなくて」
「おいおい、誰も可愛くないなんて言ってないぜ?まったく……」

 キロランケさんが呆れたように笑って窓の外へ煙を吐き出す。キロランケさんは核心に触れようとはしないけどきっと気付いているのだと思う。ていうか絶対気付いてる。いつもは蚊帳の外から応援するでもなくただただ傍観されているだけだが時々こうやって業を煮やしたみたいに煽られるのだった。キロランケさんは直球勝負してきそうなタイプの気がするからうじうじもたもたしているのを見ると早く行っちまえ的なもどかしさを感じるのかもしれないが私はどちらかといえばいのちだいじにタイプなので残念ながら煽られても何も起こらない。キロランケさんの独り言みたいな呟きには敢えて答えずベッドに潜り込んだ。……そういえば、白石さんが帰ってきてないなあ。

「白石さんて何処行ったんですか?」
「聞いてなかったのか?女将のところに行くってよ」
「あぁ……」
も、シライシくらい積極的にしてみたらどうだ?」
「私にあれは無理ですよ」

 自己紹介に「独身で彼女はいません。付き合ったら一途で情熱的です!」の定型文を欠かさない白石さんの積極性は確かに羨ましい限りだけどそれは玉砕してもめげないポジティブさを兼ね備えている彼だからこそできるのであり、私にはポジティブさとやらが足りないのでこの作戦は成り立たないのである。私は負け戦を選ぶつもりはない。勝利を確信するまできっと私はこの気持ちを本人に告げることはしないだろう。まあ要するに、白石さんと私では性格が違い過ぎるのだ。もし、もしも、負け戦だとかそんな打算的な考えなんて全部捨てて積極的になれたとしたら杉元さんは私の事を一人の女性として意識してくれるようになるだろうか。今だって(アシリパさんと比べたら)女性として扱ってくれているのかもしれないけれどどうにも保護者感が拭いきれない。やっぱり杉元さんは優しすぎる。杉元さんはもう寝たかなと別室の彼を思い浮かべながら私は眠りについた。

あの花のまどろみをまだ憶えているか::彗星03号は落下した