アステロイドシンドローム3

ちゃん、ちょっと痩せた?」

 女の子への禁句はいくつかあるが、それはいつからのことだろう。杉元さんが私にその話題を振ってきたのは単にそういう概念が生まれていないのか杉元さんがそういうことを気にしないタイプなのかどちらなのか私には判別がつかなかった。

「…………そうでしょうか」
「え?なんかまずいこと言った?」
「いや~、私太ってたのかなってちょっと不安になって」
「いやいやいやそういう意味じゃないって!ちゃんは、寧ろ痩せすぎて心配。ちゃんと食べないとだめだよ?」
「なんか、お母さんみたい」
「俺一応男だけど」
「当たり前じゃないですか。何言ってるんですか?」
「え~……?」

 上半身を露わにした杉元さんの逞しい筋肉とともに痛々しい傷跡が目に入り恥ずかしさやらなんやらで目を背ける。こんな見事な筋肉を見せられては意識しない方が難しい。少し離れたところで女子たちにきゃあきゃあ言われながら軽業の練習に励む鯉登さんを見ていたら後ろから杉元さんの「クソッ」という悔しそうな声が聞こえた。羨ましいことに運動神経抜群で割とイケメンな鯉登さんは私にとってもクソッと言いたくなるほどハイスペックである。難なく曲芸を披露していく彼を見つめながら世の中の理不尽さを噛みしめている私に杉元さんが「ちゃんもやっぱり鯉登少尉の方が気になる?」と弱気な発言をした。

「まあ、そりゃ少しは」
「そっか……」
「いや、杉元さんに興味がないとかじゃなくて」
「確かに俺は華とか無いかもしれないけど……」
「杉元さんだって格好いいですよ!刀持ってるのも新鮮だし」
「ありがと」

 不意打ちの笑顔ほど反則なものはない。彼の柔らかい笑顔が不覚にも私の耳を熱くさせるとそれに気付いた杉元さんもほんのりとほっぺたをピンク色に染めた。気恥ずかしい雰囲気に耐え切れず、私は預かっていた杉元さんの上着に顔を埋める。杉元さんの匂いがするなあなんて思いながら深呼吸をすると心なしか心臓のどきどきがおさまるような気がした。……なんか私、危ない人みたい?冷静になった私が視線を感じて顔を上げるとさっきよりもほっぺたの色を濃くして私のことを見ていたのでばっちり目が合ってしまった。

「……あのさ、ちゃん」
「は、はい……」
「あんまりかわいいことされると、困るんだけど」
「……え、あ、ハイ。すいません…………?」
「謝らないでよぉ……」
「そんな理不尽な」

 両手で顔を覆って恥ずかしがる杉元さんは私より乙女だった。杉元さんの方がかわいいと思うんだけど……。かわいいのにかっこいいとかレッドカード級の反則じゃないか。ずるい。かわいいなんて言われ慣れていない残念すぎる私はどう反応すればいいのかわからなくて無言のままぎゅっと目を閉じた。普通にありがとうって言うべきだっただろうか。まるでこの返答に自分の生死が関わっているかの如く悶々と考えていたら私の身体が遠慮がちに包み込まれた。反射的に顔を上げたら触れるか触れないかという至近距離に居た杉元さんの腕が私の背中に回されていた。状況が飲み込めず「ひえっ」と悲鳴を上げそうになるのをすんでのところで飲み込んだが肩がびくりと震えてしまったせいで杉元さんは「ごめん、つい」と言って直ぐに離れていく。

「あ、い、嫌だったわけじゃなくて……」
「ほんと?」
「ただ、恥ずかしい、なっ……て」
「……じゃあ、練習終わるまで待っててくれる?」

 恥ずか死にそうになりながらこくりと小さく頷いた私に満足したのか杉元さんは「もう少しだけそれ預かっててね」と耳元で呟いてから戻っていく。杉元さんて人たらしだよなあなんて見事にたらされている私は深くため息を吐き、呆れるほど杉元さんに惚れているのだと思い知らされたのだった。

すみやかに降服、あまねく目を閉じて::彗星03号は落下した