アステロイドシンドローム2

「お前、杉元に惚れてるのか?」

 私の記憶違いでなければ尾形さんと初めて会ったのは夕張だったはずなのだけど、この短時間で見抜かれるとは私がわかりやすいのかこの人の観察眼が並外れているのかどちらだろうと首を捻る。まあこの際それは置いておくとして出会って間もない人間にそれ言うか?この人にはデリカシーってやつがないのだろうか。ていうかこの時代にその概念があるのかもわからないが。
 ド直球すぎやしませんかねなんてつっこむのも忘れ口をぽかんと開けてその人を見るがそんなこと意にも介さず私を真っ直ぐ見据えていたのできっと空気読まないタイプなんだなあと自己完結した。だがこれは一体どうしたものか。素直に「はいそうです」と答えたほうがいいのかとりあえず否定しておいた方がいいのか逡巡して目をこれでもかというほど泳がせる。それをYesと取ったのか尾形さんがにやりと効果音のつきそうな笑顔を浮かべたかと思うと「まあ俺にはどうでもいいことなんだがな」と宣った。じゃあ何で聞いた?何で聞いたの?これではただ辱めを受けただけではないだろうか。もう興味を失くしたのか彼は進行方向の逆側を双眼鏡を使って念入りに観察している。追手が来ていないかを確かめているのだと思う。流石軍人さんだ。なんやかんやでこの人は優秀なのだろうなというのは江渡貝邸の一件でわかっていたけれどどうにもキャラが掴めない。軽口くらいは叩くようだがかと言って陽気なキャラというわけでもなさそうだし人に恋バナ持ちかけるようなタイプにも見えなかったので意外だなとその後姿を少しの間眺めていたら杉元さんが「何か居たの?」と私の背に向かって問いかけた。

「いえ何も……」
「尾形にいじわるとかされなかった?」
「……されてないです」

 さっきのはいじわるに入るのだろうかと一瞬考えたもののそれを口に出すとまた言い合いが始まりそうなのでやめた。杉元さんは私のこと心配しすぎじゃないだろうか。アシリパさんより年上の私の方が手のかかる子だと思われているようで有難いやら情けないやら複雑な感情が渦巻いていた。たしかにアシリパさんは私よりしっかりしてて頼りになるかもしれないけど……いや実際一般ピープルの私がこのサバイバル生活で役立っていることはなにひとつないのだけどね!まるでお母さんから心配されているみたいでその優しさが辛い。戦闘力皆無な私だから言える事だけどただ守られるだけというのは案外辛いものなのだ。これまでの道中杉元さんだけでなくアシリパさんやキロランケさんにもたくさんたくさん助けられてきた。シライシさんにも……何か精神的な部分で助けられたような気がしないでもないよな。うん。そのたびに私は自分がここに居ることについての意味を考えてきた。私がこの世界に飛ばされてきたのはどうしてなのだろうと。電子機器やらのハイテク技術に当たり前のようにずぶずぶに浸っていた自分ではまずこの環境に付いて行くので精一杯なのである。きっとみんなもそれを承知の上で色々助けてくれているのだろう。それは十分分かっている。分かってはいるのだ。それでも助けられるたび、心配されるたび私の心は曇っていった。私が役立たずだと証明されている気がしてしまう。めちゃくちゃ自分本位の思考で勝手に落ち込んでいた私を見て杉元さんがまた心配したように眉毛を下げる。だめだ、しっかりしなきゃ。せめて明るく振舞わないと杉元さんを無駄に心配させてしまう。

「それより杉元さん、私に銃の使い方教えてください」
「え……いやだめだよ」
「じゃあ、護身術とか」
「護身術か……うーん……」
「あ、牛山さんに教わった方がいいですかね?」
「それもだめッ!」
「え~……」

 現代なら柔道の大会とかで根こそぎ優勝を掻っ攫いそうなほど強い牛山さんだが、女好きが玉に瑕だ。元の世界ではモテ期という都市伝説にもお目にかかったことのない私でさえ牛山さんは興味を示し彼氏の有無を確認してきたので女性なら誰でもい………………守備範囲が相当広いらしい。そういった意味での杉元さんNGなのかもしれないがそれじゃ私いつまでたってもお荷物要員から脱却できないではないか。何かを言い淀むみたいに口をもごもご動かす杉元さんを見て「私はそんなに頼りなく見えているのか」と絶望のようなものを感じて着物をぎゅっと握りしめる。「ちゃんには無理だからやめておきなよ」とでも言われそうな気がして目頭が熱くなったのでくるりと後ろを向き「じゃあ、気が変わったら相手してくださいね」と精一杯の虚勢を張って小走りで杉元さんから離れた。杉元さんが私の名前を呼んだ気がしたけど聞こえないふりをする。

「振られたか」
「……振られてないです、たぶん」

 小川のほとりにしゃがみ木の枝で土をつんつんして気持ちを落ち着かせていたら音もなく尾形さんが現れた。まだ告白もしていないのに振られて堪るか。私の隣に同じようにしゃがんだ尾形さんが「魚でもいるのか?」と川の中を覗きこむ。静かに涙を零しながら隣の尾形さんを見上げると普段あまり表情を変えない彼が一瞬だけ目を見開いた。

「……なんだよ、その酷い顔」
「どーせ私はブスですよ」
「そうは言ってねえだろ」
「ていうか、泣き顔ブスじゃない人なんて居ます?」

 川に溶けていく涙に止まれ止まれと念じながら土に穴を穿ち続けていたら頭の上にずしりとした重みを感じた。人に興味がなさそうだと思っていた尾形さんが慰めてくれるなんて意外だが頭に乗せられたその手の動きは若干ぎこちなさを隠しきれていないからきっとそういうことに慣れていないのだと思う。「お前が気落ちしてるとあいつらまで辛気臭くてかなわん」と言い訳する尾形さんに「慰め方下手くそですね」と駄目だししたら腹いせなのか後頭部を鷲掴みされた。

「尾形さん」
「なんだ」
「私に銃の使い方、教えてくれますか?」
「……いいぜ」
「…………え?いいの?」
「何でお前が驚いてんだよ」
「絶対断られると思ったので」
「まあ、お前には無理だと思うがな」
「大人気ないですね」
「うるせえ」

 尾形さんはアレだ、クラスの男子みたいなノリで気軽に話すことができるのだ。杉元さんともこんな風な感覚で会話ができればいいのに。年上の成人男性に向かってクラスの男子という表現が果たして正しいのかはわからないけど。

惑星を模した揺らぎ方::彗星03号は落下した