「ちゃん、ちょっと手出して?」
あまりにも唐突だったので私がつい「なんでですか?」と聞き返すと杉元さんは少し困ったように苦笑いしたあと「ちょっとだけでいいから」なんてお願いしてくるものだから仕方ないなあと言いつつ両手を彼の前に差し出した。杉元さんから何かをお願いされることは殆どない。醤油取って、とかそういったことならあったかもしれないけど、彼は基本的に自分のことは自分でやる人だし、そもそもこんな風に目的のわからない言い方はあまり聞いたことがなかった。まあ変な悪戯をしてくるようにも思えないけど、まったく予測がつかないので少し落ち着かない気分で杉元さんの動向を見守る。
「ちょ、ちょ……っと待って、恥ずかしいから目瞑ってて!」
「えっ?なに?何する気ですか!?」
「あ、いや……別に変なことするつもりじゃ」
「杉元さんがサプライズなんて、珍しいですね」
「さぷらいず、って何だっけ?」
「えっと、相手を驚かせるみたいなやつです」
「……じゃあ、やっぱり目瞑って」
杉元さんが急に頬を赤らめて真面目に言うのでこちらもつい背筋を伸ばして向かい合った。こうやってゆっくりするのもなんだか久しぶりな気がして、私はそのまま杉元さんを観察してみる。いつもみたいに軍帽を被っていない杉元さんはなんだか新鮮だ。癖っ毛が額にかかっていて別人みたいに感じる。寝ている杉元さんをこっそり眺めていたことはあるけど面と向かってまじまじ見つめたことはなかったかもしれない。
「……あんまり見ないでくれる?」
「髪、触っても良いですか?」
「もお~、人の話聞いてッ」
「杉元さんが可愛くてつい」
「ちゃんが目瞑らないと、ずっとこのままだよ?いいの?」
「私は構いませんけど……」
割と冗談ではなく、もうしばらくこのままでもいいかななんて思っていたので悪びれもせずそう答えた。ずっとこうしていられる保証なんてないのだから、だったら気の済むまで平穏を味わいたいじゃないか。
「俺は、嫌だよ」
「えっ」
「ちゃんにちゃんと聞いてほしい」
杉元さんがあまりにも真剣な瞳で見つめてくるので、語彙力をなくした私は素直に頷いた。ごくりと唾を飲み込んでから、さきほど言われたことを思い出してゆっくり目を閉じる。聞いてほしいことって何だろう……たぶんなにかプレゼント的なものかなあと予想はついていたけれど、杉元さんは躊躇っているのか暫く待ってみても何も起こらない。私は気が長い方ではないので、薄目で確認してしまおうかなどという悪魔の囁きを躱すのが大変である。
「ちゃんにもらってほしいものがあるんだ」
「はい……。あの、もう目開けていいですか?」
「まだだめ!」
「……杉元さんが今どんな顔してるのか気になるなあ」
「ぜっっったい見ないで」
「そう言われると余計見たくなる」
「……いじわる」
冗談ですよと笑ったら杉元さんがため息を吐いたのが聞こえた。目を閉じているとタイムスリップした時のことが脳裏に浮かぶ。最初に私を見つけてくれたのは杉元さんだった。もし違う人と出会っていたらどうなっていたのか、わからないけれど、杉元さんで良かったなあなんてしみじみ感じて目頭が熱くなる。強くなりたいとか役に立ちたいとか、そう思うようになったのもきっと杉元さんだったからだ。まあそのことに気付いたのが最近っていうのが情けないのだけれど。自分がついていくのが迷惑かもなんてそんなことばかり考えていた頃も懐かしく思えた。
「なんか、変な感じですよね」
「……何が?」
「杉元さんと出会えたのって奇跡というか超常現象というか、普通じゃありえないじゃないから」
「うん」
「それどころかよくわからない金塊とか探してるし、危ないことばっかりやってるし」
「……巻き込んでごめん」
「そう思うならどうして私を連れて行ったんですか?」
「ちゃんが、すごく寂しそうな顔してて……放っておけなかったから、かな。でも怖かったよね、ごめん」
「す……杉元さんと一緒だったから、大丈夫でしたよ」
「ほんと?」
「あの、だから……これからもそうだったらいいなって……思って……」
「……」
「な、んで黙るんですか……なんか恥ずかしくなっちゃった」
「ちゃんこそ……先に言わないでよ」
「えっ」
「これからもずっと一緒にいてほしい、って……言おうと思ってたのに」
「……ほんとに?」
「もう、目開けていいよ」
そう言って杉元さんが何かを私に握らせたので、遠慮なく目を開けてそれを確認する。掌に乗っている少し細めの銀の指輪を見てから顔を上げると、さきほどより顔の赤みが増した杉元さんが眼を伏せていた。杉元さんは何も言わずに俯いたままだったので、指にはめてくれるかと思ったのにと冗談めかして笑ったら「えッ!?じゃ、じゃあやり直そうか……?」と神妙な顔で提案されてしまったのでからかうのもほどほどにしないとなと自分を戒めて首を振った。
メテオ・ストライク