「二階堂さんお帰りなさい。今日は怪我しませんでしたね」
「……俺が弱いって言いたいのかよ」
「どうしてそんな捻くれた考え方するんです?心配してるのに」
「お前が俺の心配してなんの得があるんだ?」
「………………包帯替える手間は減りますね」
「ぶっ殺すぞ」
「こら二階堂!またか」
例のごとく、月島さんがグッドタイミングで現れる。もはやこれ監視されているのでは?と疑ってしまうくらいである。ふと見ると、二階堂さんの胸元に悪趣味な首飾りがぶら下がっていた。これは、耳……?本物、なわけないよなあ?首を捻ってじっと見ていたら、二階堂さんが視線に気が付いた。
「これは、洋平だ」
「洋平……さん、ですか」
「……二階堂の双子の兄弟だ」
「なんか、めちゃくちゃそっくりな顔してそうですね」
でも耳が洋平さんとは一体?頭に疑問符を浮かべていたら、月島さんに廊下へ連れ出された。
「二階堂洋平は……さんがここに来る前に死んだ」
「…………死んだ?それは、戦争で……?」
「いや、」
「……じゃあ、あの耳って」
「あれは、二階堂浩平のものだ」
「はあ……?え?自分のってことですか?」
「……そうだ」
「どうして…………」
それは月島さんにもわからないようで、小さく首を振った。生前はいつも二人一緒の仲の良い兄弟だったというから洋平さんの死を受け止め切れていないのだろうか。生まれてからずっと一緒だっただろう双子の片割れを失った心境なんて私には一生わかるはずもない。だからその心の痛みは想像でしかなくて、慰めようにもぺらっぺらで内容のない言葉しか浮かばなかった。まあ、私が慰めたところで神経を逆なでして不機嫌にさせそうだけど。月島さんはあまり気にするなと言ったけど、それは無理な話だった。替えの包帯を用意して二階堂さんのところへ戻ると、俯いてひそひそと何かを呟く彼がベッドに腰かけていて、思わず足を止める。内容までは聞こえないけれどたしかに「洋平」と聞こえた。「二階堂洋平さん」とはどんな人物だったのか。双子で、顔がそっくりだというから一卵性双生児のようだけど、そう聞くと某双子タレントを思い出してしまうのは現代っ子なら仕方のないことだと思う。つまり私が言いたいのは「二階堂洋平さん」もこの二階堂さんと同じような感じなのだろうなということだ。……これは勝手な想像だから口には出さないでおこう。入口に立ち尽くす私を漸く自分の瞳に捉えると、さきほどまで楽しそうにしていた二階堂さんがすん、と真顔になった。いつになったら私への警戒を解いてくれるのだろうか。たしかに、ある日突然現れた得体の知れない女が今日からお世話させていただきますとか言ってもどこの少女漫画だよっていうくらいの超展開ではあるけども。いやこの場合は少年漫画なのか。そこはどうでもいい。ただ、そんな漫画みたいにすぐ打ち解けて仲間と認めてもらえるというよくあるご都合主義なんてこの現実の世界ではあり得ないということが身に染みてわかった。
「……早くしろよ」
「言われなくてもわかってますよ」
相変わらずの上から目線だけど、それに慣れてしまった自分が怖い。しかし、隙を見せたら殺されるんじゃないかと思う程鋭い視線を送られるのには慣れることができずにいた。一体私が何をしたっていうのだ。包帯替えて、入院中の食事とか着替えの世話とか……あ、そういえばこの前結構舐めた口聞いちゃったな。でもそれ以前から敵視されていたと思うから……生理的に受け付けないとか……そうならそうと、初めに言ってほしい。そうすれば傷が浅くて済むのに。はあ、と息を吐いたら思いのほか大げさになってしまった。
「なんだよ、俺の世話にうんざりしてるのか?」
「別に……そんなつもりありませんけど」
「いつも俺の傷みて顰め面してるだろ」
「そ、そんな顔してました?」
「嫌ならさっさと鶴見中尉に言えよ」
「…………私は、二階堂さんのお世話するの、そんなに嫌じゃないです……」
「……嘘だ」
「どうしてそう思うのですか?」
「お前は、俺のこと知らない」
「じゃあ、教えてください。教えてくれる気がないのにそんなこと言われるのは心外です」
二階堂さんの表情は変わらないままだったから果たして私の言いたいことが伝わったのか、自信はない。でも私の腕を痛いほど掴んで「、お前のことも俺に教えろ」と言ってくれたからきっと彼の腕の長さ分くらいは距離が縮まったように思う。そういえば、初めて私の名前呼んでくれたなと気付いたのはその日の就寝前のことだ。
ミミックリグレット::ハイネケンの顛末