※野間さんのキャラはだいたい捏造です








「の、の、のまさーーーーーーーーーーん!!出たッ!なんか、変な虫がッ……!」

 兵室の隅で、は悲鳴にも似た叫び声を上げて野間を呼びつけたが、呼びつけられた本人は無反応のまま自身の私物を黙々と整理する。その間にもぎゃいぎゃいとカラスみたいに煩く騒ぐに向かって静かに舌打ちする野間を、同期の兵卒が「ご指名だぞ」と小突いた。

「面倒なことにならないうちに早く片付けて来いよ」
「……どうして俺が行かなきゃならねぇんだよ」

 立ち上がる気ゼロの野間だったが、確かにこのままだと騒ぎを聞いた上官が駆けつけて連帯責任になりかねないと思い至り、仕方なく重い腰を上げた。騒ぎ続けるの頭頂部を一度べちんと叩くと、「いだっ!!」という情けない声とともに頭を押さえ、涙目で野間を見上げる。

「静かにしろ」
「の、野間さん……虫……変なやつが……これ、」
「いい加減慣れろ。一々呼びつけるな。耳が痛いから喚くな」
「だって、なんか動きがキモチワルイ」
「……たかが虫だろ。死にゃしねえよ」

 の指さした先、寝台の上にその虫は鎮座している。野間にとってはたかが虫、である。何をそこまで騒ぐ必要があるのかさっぱり理解できない野間はさきほどにしたようにべちん、と素手で虫を叩くと簡単に床へと落下した。逃げる様子を見せないその虫を流れるような動作で思いっきり踏みつけると、野間の靴の下からは何かの潰れる、言葉に表しがたい何とも嫌な音がしてが眉を潜める。お望み通り片付けてやったぞとを振り返るとドン引きしたような視線で足元を見つめていたので聞かせるようにわざと大きめの舌打ちで不機嫌を露わにした。

「床はてめえで片付けとけよ」
「んな……殺生な!!こんな惨殺死体を一人で処理しろと?」
「殺してやっただけ有難く思え。あと、次からは三島にでも頼め」
「いや、三島くんには普段から迷惑かけてるので……」
「……お前、それわざと言ってんのか?」
「いや違うんですって!私はただ古年兵殿と友情を育みたかっただけなんです!」
「だからって、よりによって如何して虫の処理なんだよ。嫌がらせ以外の何物でもないだろうが……」
「だって普段話しかけても普通に無視するじゃないですか……虫だけに……なんちゃって!」

 平和主義、博愛主義を掲げるは同じ内務班の一員として野間とコミュニケーションを取りたかったのだが、彼は他人を遠ざけているのか彼女を疎ましく思っているのか、なかなか機会に恵まれずにいた。それとは別件で以前大きな虫が出てぎゃーぎゃーやっていたときに無言で現れて無言で退治し、無言で去っていったのが野間である。まさかその一件で懐かれてしまったとは夢にも思わない野間はどうして仲の良い三島を頼ろうとしないのかが不思議でならなかった。
 死ぬほどくだらない冗談で二人の間に寒風が吹いたように感じられ流石のも冷や汗をかいたものの、よく考えたらこの人普段からこんな感じだったわとすぐに立ち直る。野間は安定の無反応で彼女を見下ろすだけだったので「ああ、早く片付けろってことか」と観念してしぶしぶほうきとちりとりを取りに廊下へ出た。野間さんの好きなものって一体なんだろうなと、きっといくら頭を捻ってもわからないであろう難題に立ち向かいながら目的の物を手に取ってUターンする。無口で不愛想という点は尾形と共通していたが、決定的に違うのは無駄口に乗ることがほぼ限りなくゼロに近いということだった。少なくともの前でそれを披露したことはない。がため息を吐きながら兵室に戻ると、さきほど野間が踏みつぶした得体の知れない虫だった何かは変わらず寝台の下に横たわっていて、夢ならよかったのになあともう一度ため息を吐く。彼女の寝台には野間がどっかり腰を下ろし、自身の靴底を丁寧に拭っていた。



 が右手にほうき、左手にちりとりを携えてその様子を観察していたら唐突に顔を上げた野間が声をかけた。いくら普段がちゃらんぽらんな彼女でも、古年兵に呼ばれれば兵士らしくぴしっと背筋を伸ばしてしまうのはもう職業病みたいなものである。如何なる時でも冷静さを崩さない野間が何を伝えようとしているかなど想像できず、は気を付けの姿勢で先を待った。

「俺はお前みたいなやかましい女は嫌いだ」
「……じゃあ、野間さんと居る時は静かで慎ましい大和なでしこを装いますね」

 だから、もうちょっと私に構ってくださいとが笑うと、内履きの手入れを終えた野間はいつかと同じく無言で自分の寝台へ戻っていった。

すべてがうまくいく世の中ではないけれど、愛することは究極の自由だ::にやり