※二階堂くんのどちらかとお風呂
※裏要素はありません







「ふいいいいいいいー……沁みるわあ~~」
「おっさんかよ」
「失礼な!まだピッチピチの20代だわ!」

 そのぴちぴちの肌を見せつけるようにすると、二階堂が面倒くさそうに私の手を振り払った。湯治にきた私たちは日がな一日お風呂に入りまくり、傷を癒すのが仕事である。というのは少し大げさだが怪我を直さなければ復帰どころかそのための訓練もできないので今は休養するしかないのだ。これも立派な仕事だよね!大義名分を得た私はまた「あ~~~」と声を漏らす。

「早く旭川に帰りたいね」
「俺は静岡に帰りたい」
「あぁ、そういえば洋平は静岡の出身なんだっけ。やっぱ実家に勝るものはないよね」
「お前、実家ないじゃん」
「ねえなんでそうやって傷を抉るの?泣くよ?子供のように」
「自分が損するだけじゃねーか」

 特にやることもないので私はお風呂のお湯を掬っては落としを繰り返したり頭まで潜ってみたりする。二階堂はというと私が水面を揺らしても微動だにせずじっとお湯に浸かっていた。こんなにゆっくりお風呂に浸かれるなんて何年ぶりだろう。しかも丁度今は口うるさい古年兵もいないのでこうやって好き勝手しても文句を言うのは二階堂くらいなものである。それを良いことに今度は両手を組んで水鉄砲をやってみたけど情けないほど勢いの弱いお湯が指の隙間からだらだらと零れただけだった。「下手くそ」と哂った二階堂が得意気に遠くまで水鉄砲を飛ばして見せる。

「すごーい!どうやるの?」
「お前、変なところで不器用だよな」
「私は才能を銃に全振りしてるだけだからいいの!」
「全振りしちまったら現役終わったあと困るんじゃねえの」
「……りょ、猟師になる」
には無理だな」
「なんでーーーー!!!?」
「落ち着きがない」
「うッ……」
「いちいち騒ぐし」
「ぐぬぬ」
「そもそも一人で獲物捌けるのかよ」
「…………あっ、じゃあ浩平助手やらない?」
「やらない」
「即答かよッ!もうちょっと考えるフリしようよ!」

 一度命を捨てた私には除隊後の話をされてもいまいちピンとこなくてテキトーな未来予想図を語ってみたら真面目にダメ出しされて奥歯を噛み締める羽目になってしまった。腹いせに二階堂の顔面目掛けてお湯をパシャパシャやったが、反撃に出た二階堂が私の顔面に特大の水鉄砲を食らわせてきた。そのお湯が鼻に入り、私は暫し悶絶する。くそ~~実銃なら負けないのに……と少し物騒なことを考えつつ咳き込んだらその様子を見て二階堂が楽しそうに笑った。ちなみにここでいう楽しそうとは馬鹿にしたようなと同義なので彼の笑顔を見ても全く癒されない。だが出征前も戦地でも帰還してからも変わらない彼を見ることで私はある種の安心感を抱いているのはたしかである。それもなんだか口惜しい話なので自分の気持ちに蓋をして、性懲りもなく二階堂の腕をグーで殴ると「痛ぇ!」と声を荒げた。

「そんなに痛かった?」
「怪我人なんだから少しは手加減しろよ……本当にしょうがない奴だな」
「洋平だけには言われたくない!!」
「あとそれ、さっきから何なんだよ!俺と洋平を交互に呼ぶなッ!」
「なーんだ、浩平だったのか。すっきりした!」

 ごめんごめんと謝りながら浩平の腕に残る治りかけの傷を擦ったら今度は顔を顰めて「気持ち悪いなお前……」とドン引きされ、私は優しさを見せたことを後悔した。この二階堂ってやつは、私が何をしてもとりあえずいちゃもんつけてくるのである。ひどい話だ。浩平はさきほどと同じように私の手を振り払い、怪我の具合を確認する。もう傷は塞がっているように見えるけど痛みは続いているのだろうか。現に私も奉天会戦での傷は治りかけているとお医者様からのお墨付きを貰ってはいるが、歩くと少し痛みがあるので訓練への参加は禁止されている。そう診察されたあと、我慢できないほどじゃないんだけどなあと何気なく不満を零したら、隣で味噌汁を啜っていた三島くんに「戦争も終わったんだし、焦らなくてもいいんじゃないか?」と正論を返されたので私はしぶしぶ頷いた。三島くんの前だと素直になれるのに、二階堂の場合はつい喧嘩腰になっちゃうのってどうしてだろう。普段の行いだろうか。

「そろそろ上がるぞ」
「私はもうちょっと入る」
「これ以上浸かってたらのぼせるぞ。後が面倒だから出ろ」
「え~~~……」
「どうせ明日も来るんだからいいじゃねぇか」
「ん~~~」

 なかなか出ようとしない私の腕を浩平が無理くり引っ張り上げ、釣り上げられた魚のような状況で湯舟から強制連行される。たしかに少し、頭がぼーっとしているかもしれない。心なしかふらつく足でぺたんぺたんと浩平の後に続いて脱衣所に出ると浴場とは違う爽やかな空気が全身を駆け巡った。

「……そういえばさ、」
「なんだ?」
「私普通に女湯で良くね?」
「今更かよ!おせーな」
「気づいてたのに言わないってことは私の裸見たかったんでしょ!浩平のむっつり助平!」
「お前の幼児体型見て変な気起こすやつの気がしれない」
「人の地雷踏み抜く天才かよ」
「まあな」
「褒めてねーし」

 脱衣所で体重計に乗って体重を確認する。異常なし!身長も計る……い、異常なし……。わかり切った結果にがっかりしながら髪の水分を拭う。まあこの際身長はいいとして胸はなんとかならないだろうかと鏡に胸部を映してみたらすでに着替え終わった浩平が覗き込んできた。やっぱ裸見たいんじゃん。

「胸って揉むと大きくなるって本当かなあ?」
「俺が知るわけないだろ……馬鹿かよ」
「えっ!?浩平は胸大きくしたいと思ったことないの……?」
「変態じゃねぇか!」
「尾形上等兵殿が巨乳好きだったらどうしよ……」
「お前の悩みはくだらなすぎて同意できねえ」

 いいから早く服着ろと言って浩平が浴衣を投げてよこしたので顔面アウトで受け止めた私はお風呂上りはやっぱ牛乳だよね!とうきうきしながら秒速で着替えを済ませ、二階堂の後を追った。

どうやら僕はまだ意味なんて探していたらしい::ハイネケンの顛末