いつも二人でひとつみたいな二階堂兄弟が、今日は一人で私の前に現れた。……どっちの二階堂だろう?休日に私の所属する班を訪ねてきた二階堂は、ある勝負を持ちかけた。

「う、腕相撲……」
「負けた方が勝った方のいう事を聞くんだ。どうだ?」
「それ、もちろんハンデもらえるんだよね?」
「あ?んなわけねえだろ常識で考えろよ」
「こっちの台詞だよ!男女の腕相撲にハンデなしとか鬼か!」

 どうせ悪だくみでもしているのだろう。その手には乗らんぞ。周りにいたガヤからもブーイングが飛んでいた。二階堂は細めの部類だけど、力が弱いわけではない。余談だが二階堂ズは二人揃うとめっちゃ強い。色んな意味で。

「汚ねえぞ二階堂ーー」
「同じ顔しやがって!」
「うるせえなあ、同じ顔は今関係ないだろ!」
「せめて両手許可してよ。それなら勝負してもいい」
「チッ……わかったよ」

 しぶしぶ両手対片手の勝負を了承した二階堂は茣蓙の上に寝っ転がったので、私もそれに向き合うかたちで寝そべった。

「二階堂は私に何をお願いするつもりなの?」
「勝ってからのお楽しみだ」
「いや、全然楽しみじゃないけど。どうせ碌でもないことでしょ」
「お前はどうなんだ」
「そうだな~、あ、じゃあお団子奢ってよ」
「……それだけか?」
「え、だめだった?一日私の言うこと何でも聞けとかの方がよかった?」
「やめろ」

 審判はたまたま通りすがった谷垣がやってくれることになり、右手同士を組んだ私たちの手に谷垣の手が重ねられた。「はじめ!」と谷垣が言い終わるか終わらないかといううちに組んでいた右手に力を込め、駄目押しの左手で上から圧を加える。

「きっ……たねーぞ!」
「へん!汚くなんかないもんね!ちゃんとはじめの「め」のときに力入れたもん!」
「くッ……屁理屈言いやがって……この……!」

 もうすぐ床につきそう、といったところで二階堂の抵抗が始まる。なんという馬鹿力だ。地面すれすれだった二階堂の右手はあっという間にスタート地点まで私の手を押し戻しつつあった。まじか、私もう血管も筋肉も限界なんだけど!こうなったら最終手段だ。私は自分の右手に体重をかけた。二階堂が短く「ぐっ」とうめき声を漏らす。

「重てえ!腕折れる!」
「折られたくなかったら早く負けて!!」
「だが断る!」

 いつの間にか私たちの白熱した戦いを見ようと外野が集まってきてる。何かの試合会場のような熱気に包まれた空間の中心で、私も二階堂も汗を垂らしながら一進一退の攻防を繰り返していた。別に勝ったところで二階堂が言うこと聞いてくれるだけの特典しかもらえないけど勝負事に負けるのは癪だ。両手でもだめなら、全身を使うしかない。上半身を起こして更に体重を掛けると、二階堂の右手が少しずつ反対側へ沈んでいき、それまで感じていた反発力がある一点でふっと消滅した。どうやら、私が勝ったらしい。ひと際大きな歓声が上がったあと観客たちが私をもみくちゃにしてから去っていった。なんで?……勝ったのに罰ゲームを受けた気分なんだけど。ぐちゃぐちゃになった私の髪と軍服を、谷垣が整えてくれた。

「なんでも言うこと聞いてくれるんだよね?」
「いや今のは卑怯だろ!両手は使っていいとは言ったけど体重かけていいなんて言ってねえぞ」
「体重かけちゃだめなんて言われてないし」
「……それ屁理屈だろ」
「負けを認めなよ二階堂くん」
「気持ちが悪いからくん付けはやめろ」
「お団子食べ放題ね」
「それ以上太ってどうするんだ?」
「もう一回勝負してまた洋平に言うこと聞いてもらう」
「…………」
「あれ?もしかして当たり?」
「……残念だったな、俺は浩平だ」
「なあんだ、今度こそ当たったかと思ったのに」

 もう腕が痛すぎて何もやる気がおきない。ごろんとその場に大の字になってお昼寝の体勢に入ると、浩平も同じように仰向けになって目を閉じた。二階堂と一緒に居るのにこんなに静かなのは珍しいなと思っているうちに、私は心地よい微睡みに飲まれていった。

蜃気楼の中から手を振って