世界が東雲に変わってゆく5

 兄に似ている将校さんを見つけた。似ているといっても、顔ではない。後姿だ。背格好だとか、立ち姿とか。だからつい、その後姿を見て「兄さま」と声に出してしまって、隣に居た尾形上等兵を誤魔化した。兄は死んだのだ。看取ったのは自分じゃないか。幻覚を見るなんて、私はどうかしている。その兄に似た将校さんは、尾形上等兵を「兄様」と呼んだ。花沢少尉はそれはもう好青年という言葉はこの人にあるんじゃないかと思う程の好青年だった。整ったお顔立ちを綻ばせ、尾形上等兵に話しかける花沢少尉は傍らの私に気付くと私にまでその爽やかな笑顔を向けてくれた。だけど、尾形上等兵は浮かない顔をしてる……気がする。まあ、そりゃそうだよな。噂になっている張本人なのだから。花沢少尉は成績優秀、眉目秀麗で、師団内でも注目の的だった。だからこそ、尾形上等兵と一緒だと余計に目立つのだ。尾形上等兵が。傍から見れば仲の良い兄弟の談笑に見えるのだろうか。それとも――――

「兄がいつもお世話になっております」
「あっ、いえ、はい」

 こんなハンサムな男性に声をかけられたことなかったものだから、意味不明な返事をしてしまった。横から尾形上等兵が肘鉄してきて「うっ」とうめき声を上げた私を、花沢少尉が楽しそうに見ていた。小声で尾形上等兵から「お前は外せ」と言われてしまって、どうしたものかと思っていたらまた肘鉄されそうな気配を感じたのでそそくさと退散する。……あの二人、大丈夫かなあ。表面の穏やかさとは裏腹に、どこか危うい雰囲気を感じた。私は噂を聞いただけだから、実際尾形上等兵が花沢少尉のことをどう思っているのかもわからない。赤の他人である私が出しゃばっていい問題じゃないし、どうせ聞いたところであの尾形上等兵が答えてくれるはずもないだろう。だから私の胸なのかお腹なのか、そのあたりがなんだかもやもやと気持ち悪い状態だとしても我慢するしかないのだ。そう思っていたのだけど、その日の訓練中におもいっきり頭をすっぱたかれた。

、言いたいことがあるなら言え」
「…………自分は今、何故叩かれたのでしょう?」
「貴様が訓練に集中しないで考え事してるからだ」
「あ~……あ、はい。申し訳ございません」
「謝るのはいいから理由を言え」
「いえ、それは……その、」
「どうせ昼間の花沢少尉のことだろう」
「すごいですね、尾形上等兵殿。どうしてわかったんですか?」
「顔に書いてあるぞ」
「えっ!?!?」
「……お前本当に馬鹿だな」
「純粋と言ってください」

 思わず顔面を触る私に、尾形上等兵は呆れを通り越して最早憐れんだような視線を向けた。吃驚した。誰かに落書きされたのかと思った。それにしても私って、わかりやすいんだな。これからは尾形上等兵みたく真顔の練習でもするか。

「……聞いても、教えてくれないじゃないですか」
「聞く前に決めつけるんじゃねえよ」
「じゃあ……尾形上等兵殿は……………………」
「早く言え」
「尾形上等兵殿は、………………私の家庭の事情知りたいと思いますか?」
「興味ねえよ」
「………………じゃあ、やっぱりいいです」
「なんだよ、折角答えてやろうと思ったのに。いいのか?」
「自分が聞こうとしてるのって、そういうことだと思うから」
「相変わらず意味不明だな」

 自分が聞きたいことは、立ち入った話なのだ。私が聞いて良いことじゃない。だけどもし聞いていたら本当に教えてくれていただろうか。最早気になっていることの答えが知りたいというよりも尾形上等兵が私にそれを教えてくれるのかどうかの方が気になっていることに気付いて頭を振った。別に期待なんかしてない。いや、そもそも何で期待なんかしないといけないんだ。私だって別に、尾形上等兵の家庭の事情なんて、き、興味ないし。こんな性格悪い上等兵殿なんて好きになるはずない。私の好きなタイプはもっとこう、冷静沈着な大人の男の人で…………あれ?尾形上等兵って割と冷静沈着だよな。いやいやいや、それなら月島軍曹だってそうだし、認めない、私は認めないぞ!と、脳内の自分と戦っていたら本日二度目の有難い私的制裁を戴いた。