27聯隊の所属となった私は基本的には常時この尾形上等兵と行動を共にすることと指示された。初めはただ単に射撃の教練を受けるために必要なだけだと思っていたけど、それの意味に気付くのはもう少し先のことだ。朝食の時間、尾形上等兵の隣に座る私に内務班からの熱い視線が集中していて食べづらいのなんの。通常兵卒には異動というものは行われないらしい。その物珍しさもあるだろうけど、やはり何といっても私が女というのが大きいだろうことは容易に想像がつく。こんな大勢から注目を浴びるなんて人生で初めてのことだから緊張して顔が熱くなってくるわ折角の食事も味がわからないわで、俯いてほぼ丸呑みという勿体ないことをしてしまった。
「はぁ……疲れた」
「朝食で疲れるようなことなんかないだろ」
「精神的に疲れました」
「早く慣れることだな」
「簡単に言わんでください……」
「ここでは体力もそうだが精神力も必要だ。屯田兵では教わらんかったか」
「……わかって……ますよ!」
「なんだ、八つ当たりか?」
いちいち癇に障る言い方をする人だ。慣れなきゃいけないのなんて百も承知なわけで、それも女が陸軍なんて特殊な状況、慣れないとやっていけるわけがない。何も言い返せなくて睨みつけたけど、尾形上等兵は楽しそうにニヤニヤ笑うだけで逆効果のようだった。この男、いつかギャフンと言わせてやる。歳の差は兄と同じくらいらしいのだけど性格が真逆なものだからどう対処すればいいのかわからない。こんな状態でやっていけるだろうか。初日の射撃訓練のため営庭へ向かう私の足取りは鉛みたいに重かった。
「これがお前が使う小銃だ」
「三十年式小銃ですね」
「そうだ。お前の背丈とそう変わらない大きさだ。重さも約4キロある。お前はこれを撃つだけじゃなく、長時間持ち歩く必要がある。、体重はいくつだ」
「……尾形上等兵殿、女性にその質問はご法度です」
「勘違いするな、貴様の体重に興味はない。有事の際はこの小銃の他に装備一式を担いで走り回ることになる。お前にできるか?」
「……私に、やらないという選択肢はありません」
「上等だ」
にやり、と笑った尾形上等兵が急に持っていた銃を私に投げてよこした。落としたらやばい気がする、と思うより早く体が動いていて私はその4キロあるという三十年式小銃をなんとか受け止める……までは良かったのだが、やっぱり重くてその場に尻もちをついた。
「はは、よく受け止めたな」
「あっ……ぶないのでやめてください」
「落として壊したらどうなっていたか、興味あったんだがな」
「……たぶんですけど、尾形上等兵殿も道連れだと思いますよ」
最初のとっつきにくい印象は何処へやら、尾形上等兵は意外にも軽口が多かった。あとつまらない冗談も多い気がする。まあ、訓練の時は別なのだけど。尾形上等兵が銃を撃つ時の目が、私は少し怖かった。感情を含まない漆黒の瞳がただただ獲物を見定め、殺意もないままに引き金を引く。そこにあるのは「無」だ。お手並み拝見といこうじゃないか、なんて余裕ぶっこいていたのに、それを見せられたとき、全身が粟立ち暫く動けなかった。この人は本物だ、私の本能がそう言っていた。私の射撃姿勢を見た尾形上等兵は、変な癖が付いているから直せと言った。自分ではわからないけど、子供の頃見よう見まねでとりあえず当たりゃいいみたいな感じで撃っていたから、その時の癖が残っているのかな。
「屯田兵の時の訓練ではそのような指摘は受けませんでしたが」
「そいつらに見る目がなかっただけだ。いいか、変な癖なんかつけたら実戦で困るかもしれん。困るのはお前だけじゃなく、一緒に戦う奴ら全員が困る。わかったら今すぐ直せ」
「…………了解しました」
「顔が了解してねえぞ平一等卒」
「申し訳ございません、私、嘘が付けないタイプでして」
「それでよく陸軍でやってこれたなお前」
「世渡りは得意な方ですので」
「……矛盾してないか?」
「尾形上等兵殿は世渡り苦手そうですよね」
「うるせぇ」
昨日会ったばかりだけど、私は、もしかしてこの人、人見知りなだけで結構面白い人なのかも?と思い始めていた。仲良くなれそうにない……と思っていたけど案外この上等兵殿は私の軽口にも乗ってくれるし、あまつさえつっこみまでしてくれる。嫌味ったらしく説教するきらいはあるけど正論しか言わないし(それが厄介でもあるのだけど)有難くも何処がどうだめなのかを懇切丁寧に説明してくれるものだから私は頷くしかなかった。上等兵になるのは超大変らしい、ということくらいは知っているけど、別に階級に興味はないので何がどう大変なのかはわからない。ただ、この尾形上等兵が「上等兵」になるためにした努力はきっと並大抵ではなかっただろう。射撃以外からきしの、「実験」という名目がなければ即暇を出されてもおかしくない私からすればそこは尊敬できる部分だった。
ただし、人間性は別だ。この人はお世辞にも性格が良いとは言えない。もっと別の言い方あるだろと心の中で思いながらも一応上司だから我慢しようという理性は残っていた。顔には出てしまうけど。