暁より9

「どうだ、俺も美男子になったか?」
「あー、うん、なったなった。浩平君かっこいいよー」
「感情が籠ってない!やり直し!」
「ごめん、私尾形上等兵一筋だから」
「……それ、鶴見中尉に聞かれたらやばいんじゃねえの?」
「言わないよ流石に……私だって自分の命惜しいし」

 あの後すぐ病院送りとなった二階堂は順調に回復していた。尾形上等兵ほどじゃないかもしれないけど浩平も結構生命力強いよな。顔面にぐるぐると包帯を巻かれたなんとも痛々しい見た目の二階堂だがこんな軽口を聞けるということは気にしていないのか。それとも気にしないようにしているのかはわからないけど、鶴見中尉の言っていた美男子の条件……左右対称というのを覚えていたようで、手鏡で色々な角度から自分の顔を観察している。まあもともと黒目勝ちの大きなおめめで鼻筋も通っているからパーツは悪くないんじゃないかな。眉毛は薄いけど。なんて言ったら調子に乗りそうなので心の中にしまっておく。

「そういえば、言ってたやつ持ってきてくれたか?」
「あぁ、紐ね……はい。何に使うの?」
「耳に通して首にかければ……洋平といつも一緒にいられるだろ?」
「……それ………………うん、なんでもない。よかった、ね」

 浩平は自分の耳を洋平の耳だといってきかない。日が経つにつれてしおしおしてきたそれは紛れもなく鶴見中尉が切り落とした浩平の耳だというのに。最初の頃は洋平という度に訂正していたけど、そうすると浩平に怒られてしまうのでもう何も言わないことにした。それで浩平の心が落ち着くなら、今はそれでいいと思った。

「あと、軍服も持ってきたよ。明日退院なんだよね?迎えに来ようか?」
「母ちゃんか。別のやつが監視してるからお前は来なくていいよ」
「……これでも一応心配してるんだからね」
「はぁ?」
「……なんでもないよ」

 私が心配なんてしたところで浩平には迷惑なだけだろうけど、洋平みたいに、急に居なくなってしまったらと思うと不安で仕方なかった。それに、ひと月後には夕張へ行くことになっている。こんな大けがしたあとに遠出させるとは、さすが第七師団。まあ第七師団以外知らんけど。でも当の浩平は「夕張ってなにが美味いんだ?」とか言っててなんならウキウキしていた。旅行気分かよ。

「夕張は炭鉱とか石炭が有名なんだよ」
「石炭って美味いのか?」
「……食べてみたら?多分食べたことある人間なんていないから一番乗りだよ、歴史に名前残せるかもよ」
「お前ばかにしてるだろ!石炭なんか食べたら歯折れるだろ!」
「そういう問題じゃねえ」

 気のせいかもしれないけど、最近の浩平は少し感情表現が豊かになった。以前はこんな風に大きな声を出すことってあまりなかった気がする。むず痒い違和感を覚えつつ、その正体はわからずにいた。





 夕張での任務は勿論刺青人皮の捜索だ。鶴見中尉、月島軍曹、二階堂と私の四人は明りのない闇のなか、盗掘被害が度々起こるという墓地で盗掘犯とやらを待つ。死体を掘り起こすなんて悪趣味な……一体なにが目的だというのだ。物陰に潜んでいると二階堂が私の耳に自分の切り取られた耳をぴとりと当ててきた。ちょっ……おまっ、邪魔くさい!手で振り払うと浩平は「うーん、ちょっと違うな……」と呟いて鶴見中尉にも同じことをやっていた。

「どうした、二階堂」
「洋平の耳、やっぱり鶴見中尉殿の耳にそっくりです。鶴見中尉殿の左耳いただけませんか?かたっぽじゃ可哀想です!」
「わかったわかった、私が死んだらくれてやる」
「ホントですか?鶴見中尉殿」

 言質をとろうと二階堂が前のめりになったとき、足元の小枝がパキッと折れた。見張っていた墓地に円匙らしき道具を手にした人影が見えたが、その音でこちらに気付かれてしまったようでダッシュで逃げられてしまう。

「追え」

 鶴見中尉の合図で私たちは銃を手に容疑者を追いかける。自慢じゃないが体力があまりない私は少し走っただけで他の二人に遅れをとり、ぜえはあ言いながら二人を追いかける。もうこれ、私いらなくね?と思っていたら月島軍曹の背中が見えて止まれと言うように目の前に腕を出される。

「どうしたんですか、月島軍曹殿」
「逃げちゃいますよ」
「いや、ここからは気付かれないように尾行しろ」

 月島軍曹の意図がわからず、二階堂と顔を合わせる。二階堂は物足りないようでご機嫌斜めだ。指示通り対象に気付かれないように尾行を続けた私たちは、容疑者の自宅と思われる場所にたどり着く。大きくて立派な洋風の一軒家だ。

「よし、一旦鶴見中尉のところへ戻る」
「はい」

 鶴見中尉に報告すると、満足そうに目を細めて「ご苦労だった」と私たちを労った。その手には人の皮みたいな素材の手袋がはめられていて私は顔を顰めた。普通に気持ち悪い。「さっきの盗掘犯の落とし物だ」と鶴見中尉が補足したけど、だとしても履く意味がわからないので私の表情は変わらないままだった。やっぱこの人危ねえわ。