数日振りに見た浩平は頭部に大けがをしていた。熊にやられたらしく、頭皮がべろりと剥がれ、耳が引きちぎられるという酷い状態だ。更に酷いことに、応急処置を受けた浩平は両手を後ろに拘束され、四方八方から銃を突き付けられた状態で鶴見中尉の尋問を受けていた。私もまた、浩平に銃を突きつけ重傷の二階堂を見守る。
「片耳だとどうも、釣り合いが悪い」
「美男子の条件は左右対称だといわれておる」
「新撰組なら、お前は逃亡の時点で切腹だ」
「アイヌの刑罰には、耳と鼻を削ぎ落として追放というのがあるらしい」
「第七師団は間を取って、耳と鼻を削いだ後に切腹だな」
ご機嫌で浩平の右耳を切り落とす鶴見中尉を、私たち兵士はただ見守ることしかできない。二階堂は声も上げず拷問に耐えていて思わず目を瞑ったが、隣に居た同僚から小声で「目を逸らすな」と注意されてもう一度血まみれの二階堂を目に映した。長い時間を共に過ごしてきたはずなのに、尾形上等兵と浩平がどれほどの決意を持って陸軍を抜けようとしたのか私には想像がつかない。どうして、なんて薄っぺらい言葉しか思い浮かばない私自身に対する口惜しさから唇を噛み締めた。
「造反者は他に誰がいる!名前を言え二階堂!」
切り落とした耳に向かって鶴見中尉が叫ぶ。頭がおかしくなりそうな光景だ。私は鶴見中尉に踏み絵を踏まされたのだと思う。あの時尾形上等兵を撃つことができなければ、きっと私も二階堂のように造反組として厳しい尋問を受けていただろう。撃ったといっても、結果的に当てる事はできなかった。いや、当てなかったというのが正しい。私は頭を狙ったかのように、尾形上等兵のやや右上を狙撃した。これで一応面目を保ったかたちになったが、果たして鶴見中尉が騙されてくれているのかどうか。今後の自分の処遇はともかく、尾形上等兵は追跡を振り切ったようで捜索は打ち切られ、私は胸をなでおろした。けれど、残された浩平は。
「この鼻はやはり裏切り者の鼻だったか!どうりで気に食わない形だと思った!貴様の顔で福笑いをやってやろうか!?」
「どうぞみんなと楽しんでくださいよ、鶴見中尉殿」
鼻にカミソリを当てられた二階堂がにやにやと鶴見中尉を挑発する。ここで造反組の名前を告白したとしても、どのみち二階堂は処分されるだろう。
「杉元を殺させてやる」
その言葉を聞いた瞬間浩平は笑うのをやめ、小宮を名指しした。ああ、そうか。浩平を突き動かすのは金塊なんかじゃなくて、洋平なのか。洋平が死んだあの日からずっとそうやって生きてきたのだろう。浩平がどんどん私の知らない浩平になっていく。止血を命じられた私は浩平の顔にべったりとついた血をふき取る。寒さのせいですでに固まりつつある血に水を含ませて優しく拭いていく。浩平はただその目に憎悪だけを映して、杉元さんの名前を呟いた。