暁より10

 盗掘犯と思われる人物の自宅には「江渡貝剥製所」という表札が出ていた。

「え……えと……?えわたり……」
「えどがい、と読むらしい」
「珍しいお名前ですねえ」

 その江渡貝剥製所には一人の青年が住んでいるらしい。月島軍曹と二階堂は近くの建物で待機、私は江渡貝剥製所の周囲に待機、そして鶴見中尉が江渡貝弥作という青年に接触する作戦だ。けど、鶴見中尉が単独で容疑者に接触なんて、危なくないのだろうか?勿論鶴見中尉も日露戦争を生き抜いた屈強な兵士であることはわかっているのだけど、もし江渡貝弥作が凶悪な殺人犯とかだったら……そう心配して月島軍曹に意見したけど「俺たちがいては逆に邪魔になる」とよく分からない回答しかもらえなかった。結局当初の予定通り、私は江渡貝剥製所の外で銃を構えて中尉を見守ることになったけど割と暇だったので月島軍曹の言っていた逆に邪魔の意味を考えていた。逆に邪魔……って……お前弱いから足手まといってこと?え?まじですか月島軍曹殿。酷くないですか?と月島軍曹が潜んでいる隣の建物に目をやったら、面倒くさそうに手でしっしっされた。あ、すみません、ちゃんと見張れってことですね。気を取り直して中の様子を探ると、江渡貝弥作と思われる青年が奇妙な服?を何着も着替えては鶴見中尉に見せ、それを鶴見中尉が絶賛するという謎の光景が広がっていて私は目を擦った。……なんだこれは。本当に現実か?唖然としていたらこそこそと二階堂が建物に入って行くのが見えたので、慌てて後を追う。

「何してんの二階堂!」
「うーん、違うな……やっぱり鶴見中尉のがいい。もそう思うだろ?」
「いや知らねーよ。浩平が好きなやつにしなよ」
「そうだよな!あ……」

 浩平は気味の悪い人間の剥製の襟の間に耳を落としてしまい、あれ?といいながら着物の中をまさぐり始めた。

「ちょっと!見つかるって……」
「耳あった!」
「母さんになんてことを!!」
「うわーー出たあああ!!」

 絵面的にものすごく卑猥な場面を見られてしまった。江渡貝弥作が母さんと言ったその剥製は着物を乱され、浩平が馬乗りになっている。なんという修羅場。色んな意味で真っ青になっていたら鶴見中尉が江渡貝弥作の首を後ろから押さえつけた。

「ホラ、握りなさい。キミが母君を撃つんだ」
「えッ!?」
「決めるんだ、江渡貝くんの意志で……巣立たなきゃいけない。巣が歪んでいるからキミは歪んで大きくなった」

 江渡貝弥作は涙を流しながら拳銃を撃った。彼にとってそれは大きな一歩だっただろう。でも私は正直それよりも、後ろでうっとり顔してた鶴見中尉の方が気になっていた。今絶対脳汁出してましたよね。

 そのあと江渡貝邸で開催されたダンスパーティーはこれまた頭がイカレたものだった。江渡貝さんはお手製の刺青人皮ドレスを着用し、鶴見中尉も津山の刺青人皮を着て踊っていた。あと個人的に気になったのは踊ってるダンスが欧米流社交ダンスなのに演奏が和太鼓という点だ(和太鼓の皮部分が江渡貝さん製作なのは言うまでもない)。そういえば浩平はこの間も鶴見中尉が演奏するべーとーべんのなんとかって洋琴の曲にあわせてラッパ節歌ってたし、音楽性がちょっと特殊なのかもしれない。

「江渡貝くんが落とした革手袋、これを見て閃いたんだ。この天才職人にぜひ協力してもらおうと」
「ボクが何かのお役に立てるでしょうか」
「いま江渡貝くんと私が着ている刺青人皮は暗号になっている。デタラメの暗号が彫られた、ニセの刺青人皮を作りたい」

 鶴見中尉が踊りながらそう語るのを聞いて、私は漸く今回の目的を知るのだった。鶴見中尉の発想力にはいつも驚かされる。改めて鶴見中尉の恐ろしさを思い知らされた私の今日一番の驚きは、鶴見中尉ダンスめっちゃ上手いということだった。