暁より5

 尾形上等兵のいる病室にお見舞いと称して転がり込んだ私はぱちぱちと薪の弾ける音を聞きながら、入手したばかりの少女世界を読みふける。二階堂兄弟からはいい年してそんなもの読んでるのかとからかわれただけど、これが結構面白いのだ。あとたまに実用的な記事があったりするのでいい年した大人が愛読してても何の問題もないと主張したい。この面白さを理解できないなんて、君たちの方こそ子供だねぇとため息をついたら何言ってんだこいつみたいな目でドン引きされた。

、ここは娯楽室じゃねえぞ」
「知ってますよー。私はただ、尾形上等兵殿のことが心配で心配で、目が離せないなと……」
「現在進行形で目離してる奴が言っても説得力ないな」
「いえいえ、視界の端には常に入れてますから」

 その言葉は嘘ではなく、ベッド脇に置いた椅子に座っている私の視界にはちゃんと尾形上等兵の姿が捉えられている。視界の端には常に入れてる発言をしたら尾形上等兵がうわあ……みたいな顔したのもちゃんと見てますよ。負傷前には坊主頭だった尾形上等兵だが怪我の回復と同じくらいの早さで髪の毛も伸びていた。髪の毛を後ろになでつける仕草がまた色っぽくて雑誌の内容があまり頭に入ってこないのは内緒だ。

「髪型って重要なんですね。前の坊主頭も男らしくて素敵でしたけど、その……なんて言うんですか、その髪型。わかんないですけど、それもお似合いですよ」
「お前に褒められても嬉しくないな」
「もお~照れちゃって!」
「その積極思考はどこでどう変換されてるんだ?」
「ま、このくらいじゃないとやってけないですよ、実際」
「……お前、故郷に帰らないのか」
「ここには尾形上等兵殿が居ますからね」
「そうか」

 珍しくつっこんでこない尾形上等兵に驚いて顔を上げると、これまた珍しく私のことを見つめていた。がっちり絡み合う視線の中、二人の距離がどんどん縮まり―――病室の外につまみ出された。

「あれえ!?今良いところでしたよね!?」
「涎はふいておけよ、汚いから」
「ごめんなさい尾形上等兵!次は涎たらしたりしませんから!!もう一回お願いします!!」
「そういう問題じゃねえよ」

 軍服の袖で口を拭いながら扉を叩いてみたが、その扉が開くことはなかった。くそ、私の身体が欲望に忠実すぎるばかりに、チャンスを逃してしまった。諦めて病院の外へ出ると、二階堂が立っていた。腕組んで格好つけてたから笑いそうになったけど同じ顔の片割れがいないことに気付いてすっと冷静になる。

「どうしたの、二階堂もお見舞い?」
「そんなわけないだろ」
「仮にも上司に向かって酷くない?」
「ちょっと付き合えよ」
「え?なになに?逢引?ごめん、私には尾形上等兵という将来を共にする予定の人がいるから」
「……お前本当に面倒くさいな」
「ガチで引くのやめてよ」

 洋平が死んでから、浩平は少し大人しくなった。二人でいたときはムカつくこともあったけどいつも楽しそうにしていたのに。良からぬことを考えてるにやにや顔で。自業自得っていうのは本心だけど、だけど悲しくないわけではない。私たちはもう名前当てゲームも、並んだ同じ顔に向かってどっちがどっちだよとつっこむこともできない。一番近くにいた浩平がどれほどの悲しみを抱えているのかわからなくて、なるべくこの話題にはふれないようにしていた。

「奢ってやるから、有難く食えよ」
「まじで?どうしたの、怖いんだけど。槍でも降るんじゃないの」
「……だまって食え」

 二階堂は私を小樽公園まで連れてきた。奢ってやると言って差し出したのは名物の串団子だ。これ、食べた瞬間に何でも言うこと聞けとか言われないよな……とどきどきしながら手をつけたけど二階堂は串団子を頬張る私をじっと見ているだけだった。それはそれで怖い。

「で、何が目的なの」
「お前なあ、人の好意は素直に受け取れよ」
「好意とか言われても……目を逸らした瞬間に殴られそうな雰囲気しか出てないよ」
「俺は熊か」

 漆黒の瞳でじいっと見つめられるのは居心地が悪い。なんだか吸い込まれてしまいそうだ。お団子頬張る私の姿なんか見て面白いのだろうか。そんなにじろじろ見られたら味なんかわかったもんじゃない。目的はわからないがとりあえず私に串団子を食べさせたいらしいのでとにかく口に詰める作業に没頭した。……なんで好物の筈のお団子を早食い選手権みたいに食べなくちゃいけないんだ。

「……洋平が」
「ん?」

 突然の洋平の話題にどきりとして、顔を上げる。二階堂はもう私のことを見ていなかった。

はここの串団子が好物だって、言ってた」
「あ、うん……言った…………かも?洋平だったかわかんないけど」
「俺は聞いてない」
「拗ねんなよ、ちゃんは二人とも愛してるから」
「うぜえ!」
「もお~、第七師団って素直じゃない人ばっかりだね!」

 表情の乏しい浩平がそのとき、悲しそうにうっすらと笑った気がしたけど私は気のせいだと思うことにした。儚げな二階堂とか、そんなの二階堂じゃない。