「尾形上等兵殿!」
「……またお前か」
「そんなこと言っちゃって……嬉しいくせに!」
「殺すぞ」
呆れ顔も素敵ですね、とうっとりした顔をしている私は傍から見たらただの危ない奴なのだが尾形上等兵が無事だったのが本当に嬉しくて嬉しくて、つい顔が緩んでしまう。顎骨が割れたせいで、若干もごもごと喋る尾形上等兵もなかなか良い。
「しかし、手のひらに「ふじみ」って書かれた時は吃驚しましたよ。最初てっきり渾身の冗談かと思いました」
「……お前は本当に射撃以外脳がないな」
「そりゃもう!尾形上等兵の一番弟子ですからね!」
「弟子を取った覚えはないぞ」
「いや、私にいろいろ仕込んだのは尾形上等兵なんですから、これもう実質弟子じゃないですか」
「おい妙な言い方やめろ」
最高に嫌そうな顔をする尾形上等兵を網膜に焼き付けたい。なんでここに写真機がないのか。尾形上等兵にあんな渋い顔させられるのはお前くらいだと言ったのはたしか谷垣だ。谷垣と二階堂ズとはほぼ同期だが、特に私と谷垣は尾形上等兵と同じ班に配属されることが多い。つまりライバルだ。谷垣はマタギだから射撃の腕も申し分ない。一方私はもやしっこよろしく鍛えても鍛えても筋肉がつかないせいでとりあえず射撃だけでもなんとかしろと言われた。要するに落ち……いや、そんなはずない。そんな私も今では尾形上等兵の次に射撃がうまいんじゃないかと噂されるほどにまで上達している。ぶきっちょな私に根気強く銃の扱いを教えてくれたのは他でもない、尾形上等兵だ。多少口は悪いが教え方はすごく上手だったのが意外で、尾形上等兵を好きになったのはその頃だったかもしれない。
「それにしても、凄まじい回復力ですね」
「お前とは体のできが違う」
ドヤ顔で笑う尾形上等兵はもういつもの尾形上等兵だ。手術跡がまだ両頬に生々しく残っているけど痛みはないのか、我慢しているだけなのか。この人は自分のことをあまり話してくれないからわからない。……もっと仲良くなれば、教えてくれるのかな。友達とキャッキャウフフしてる尾形上等兵とか想像できないけど。頑張ってその姿を想像しようとして、じいっと尾形上等兵の顔を凝視していたら段々眉間に皺が寄っていった。
「おい、言いたいことがあるなら早く言え。そして帰れ」
「好きです」
「よし、帰れ」
「えっ!?返事は!?乙女の告白を蔑ろにするなんてそんな殺生な!」
「お前みたいな面倒くさい女はごめんだな」
「それも愛故に、ですよ」
「……」
尾形上等兵に愛の告白をするのはこれが初めてではないのだが(ちなみに返事ははいかイエスしか認めない)、しつこく返事を求めると真顔で黙り込んでしまう。この真顔も堪らない……のは置いといて、もしかして過去に女性関係で苦い思い出でもあるのだろうか。婚約者にこっぴどく捨てられたとか?だとしたらその婚約者には感謝しなければならない。貴女のおかげで自分にチャンスが回ってきました、と。妄想はさておき、今回もまた告白は失敗に終わった。こう見えてそんなにハートが強くない臆病な私は直ぐに話題を切り替えるのだ。
「それはそうと、髪伸びましたね」
「まあな」
「私が切って差し上げましょうか?」
「伸ばしてるんだよ。それに、お前の不器用な手で切られたら外を歩けなくなりそうだ」
「……私、自分の髪自分で切ってるんですけど?」
「だと思った」
「え?まじで?そんなに変です?誰にもつっこまれたことないのに……」
急に不安になって冷や汗掻く私を、尾形上等兵が面白そうに見ていた。私の目が節穴じゃなければ、ちょっとは心を開いてくれてると思う。
「安心しろ、そんなに変じゃないぞ」
「……ちょっと変なんですね」
「冗談だ」
「もう少しこう、部下の心をあまり抉らない感じの冗談にしてくれませんか?」
まあ、尾形上等兵が楽しそうでなによりですけどね。私怒ってますよと無言の主張をしたいのに、自分の意思とは裏腹に口角がじわじわと上がっていくのを感じた。