朱仄へ13

「俺はお前の父親がどうやって死んだのか知っている」
「……え?」

 いきなり何の話ですか?と言った意味で聞き返したが流石に言葉足らずにもほどがあり、私の気持ちは届かなかったようだ。勿体ぶっているのか尾形上等兵はその先をなかなか言わなかった。まさかカマをかけられたのでは?という疑いが一瞬頭を過ぎったがそんなことをしても尾形上等兵には一文の得にもならないはずなので恐らく違うだろう。それでも私の胸のあたりはもやもやしたままだった。父が死んだあの日、家には家族3人しかいなかったし私の家は街のはずれにあったから発見が遅れたために警察の到着も遅れたのだと兄から聞いている。尾形上等兵が知っているはずがない。

「知りたいか?」
「そ、そりゃ……」

 尾形上等兵は私を見つめたまま一歩、こちらへ近づいたので私は思わず体を硬直させた。改めてじっと見つめられるとそれはそれでたじたじなのである。そういえば、尾形上等兵が大けがした時もこんなことあったけどあの時はつまみ出されただけだったっけ。じゃあ、今回は?どくりと心臓が大きく鳴った。でもそれはいつもみたいな胸の高まりではない。―――怖い。尾形上等兵が、怖い。







「ハッ!!!」
「漸くお目覚めか」
「……オハヨウゴザイマス」
「どちらかというと今はおそようだな」
「オソヨウゴザイマス、尾形上等兵殿」
「嫌味もわからんのか?」
「ここは陸軍じゃないんだから少しくらいいいじゃないですかー」
「たるんでるな」
「死闘を繰り広げたあとだし……緩急って大事ですよね!」
「お前はいつでも緩みっぱなしだろ、笑わせんな」

 おはよう一番で飛んできた尾形上等兵の口撃を躱しつつ、室内をぐるっと見渡したが私と尾形上等兵以外誰もいない。先ほどの気味の悪い夢がまだ鮮明に残っていてなんとなく尾形上等兵の顔が見れないまま、私はのそのそと起き上がり布団を片付けることにした。時計の針は8時半あたりをさしている。なあんだ、そこまで寝坊したわけじゃないじゃん。などとほっとしていたところに「朝飯はとっくに終わったぞ」という尾形上等兵からの死刑宣告を受けた。

「外で済ませてきます……」
「金はあるのか?」
「この前捕まえた鳥を売ったので、少しだけですが」
「なら、さっさと支度しろ」
「え!?まさかの、尾形上等兵殿も行く流れ!?」
「一人で出て行ったらどうせ戻ってこれなくなるんだろ、お前」
「……お、尾形上等兵殿の匂いを辿って戻ります」
「お前は犬か何かか」
「というか、尾形上等兵殿も朝食食べ逃したんですか?」
「お前のせいでな」
「ええ……?何があったのかすごく気になる」
「いいから早くしろ」

 今までどれだけしつこく外食に誘っても一向に乗ってこなかった尾形上等兵が自らこんなことを言いだすなんて……きっと少し前の私なら飛び上がって喜びまくった挙句ドン引きされて結局一人で行くハメになっていただろうが、悪夢のあと、そして昨日の彼の意味深発言のあとでは素直に喜べない気分だった。……もやもやする。こんなこと初めてなので、私は尾形上等兵が嫌いになってしまったのだろうかと焦り女袴に片足を通したままのまぬけな体勢で入口付近で胡坐をかいている彼を振り返った。私に背を向ける尾形上等兵は身動きせずじっと座っているだけだ。何をしているんだろう……と暫く(といっても数秒ほどだけど)その背中をじっと見つめてみる。私がいつも追いかけまわしていた、いつもの背中だ。大丈夫だ、私は彼を嫌いになったわけじゃない。ただ、少し、ほんの少し……昨日のことが気になっているだけだ。
 私の朝食のために外に出たのだから当然私の行きたいお店に行くものだろうと思っていたのに、尾形上等兵は「どこで食っても変わらないだろ」なんて言い出して旅館の近くにある定食屋さんへさっさと入っていってしまった。「私、今日はおしゃれに洋食な気分で……」とは言い出せないまま、尾形上等兵に続いて暖簾をくぐる。

「おまちどうさま~」

 運ばれてきたのは洋食とは程遠い鮭の塩焼き定食だったが、まあ、魚が嫌いなわけではないし魚に罪はない……と自分に言い聞かせて箸を付けた。正面の尾形上等兵が注文したホッケも良い匂いを漂わせている。だが、焼き魚の良い匂いも、塩気の強い鮭や味噌汁を口に入れても思い出すのは夢のことだ。まさか、正夢とは思わないが……尾形上等兵は一体何を知っているというのだろう。聞いてみようかやめようか、迷っているせいでなかなか箸の進まない私を見て、尾形上等兵も怪訝な顔で手を止めた。

「……なんだ、腹が減ってたんじゃないのか?」
「あ、いや……そうなんですけど……」
「口に合わんのか」
「そういうわけではないです……」
「……鬱陶しいから言いたいことがあるならさっさと言えよ」
「えっと……いや、大丈夫、です」
「……」

 不服そうに眉を潜めた尾形上等兵を見ないようにして、鮭、白米、味噌汁、漬物を順番に口へ突っ込む。美味しい。美味しいはず、なのに……味がわからない。