「そういえば、いつの間にキロランケさんと合流したんですか?」
「……お前こそ、何勝手にいなくなってやがる」
「い、いやぁ、なんか気付いたら誰もいなくて……」
「よそ見してるからだろうが……少しは落ち着きってもんを覚えろ」
杉元一行(仮)は昨日の一件以来重苦しい空気が漂っている。私が杉元さんたちに追いつく間、色々なことがあったというのは尾形上等兵から(だいぶ端折られつつ)教えてもらったが、自分は第七師団のただの下っ端も下っ端だ。金塊を探すにあたってのざっくりした説明は受けていたけれど知らないことの方が多くて、もちろんキロランケさんのことは詳しく知らないしインカラマッさんとの事情も知らない。昨日の彼女はこれまで見てきたノリが良くて優しいアイヌのお姉さんという印象と全然違い、見慣れてきたはずの笑顔でさえその陰に謀略があるような気がして何を信じていいのかわからなくなってしまった。
何故だかわからないけど私がはぐれた後のことをあまり話したがらない様子の尾形上等兵が「キロランケとインカラマッにはあまり近づくな」と言うのでとりあえず頷いたものの、それはどちらも信用してはいけないということなのだろうか。今まで一緒に旅をしてきたインカラマッさんに近づくなというのは寂しい気持ちだが尾形上等兵とどちらを信じるのか?という二択を迫られれば答えはもう決まっている。私は尾形上等兵について行くだけだ。そのためにここまできたんじゃないかと決意を新たにする私に尾形上等兵が心の読めない顔を向ける。……一番何考えてるのかわからないのはきっとこの人だろうなあ。いつものようにへらっと笑ってみたらこれまたいつものように無言で視線を逸らされたので「つれないなあ」と独り言を呟きながらも殺伐とした雰囲気の中ではこのやり取りも砂漠の中のオアシスみたいに思えた。私は根っからの穏健派なのだ。金塊争奪戦に加わっている時点で穏健派もクソも無い気がするけどぶっちゃけ金塊にはあまり興味ないし、もし許されるなら今すぐ尾形上等兵とどこか遠くに、内地にでも海外でもどこでもいいから逃げてしまいたい。
あまりにもきまずい雰囲気に耐えられず現実逃避をしていたら杉元さんが「インカラマッとキロランケ、旅の道中もしどちらかが殺されたら……俺は自動的に残った方を殺す!!これでいいな!?」と爽やかにとんでもない宣言をしたあと一人で笑っていた。いや笑えねえよ。杉元さんとは短い付き合いだが、この人ならやりかねないという謎の確信を持っていた。当たり前だが杉元さん以外誰も笑っていない……もしや杉元さんも冗談下手くそなの?と思わず尾形上等兵をチラ見したら私の知っている冗談下手くそ勢である尾形上等兵も無表情を貫いていた。この二人、意外と気が合うのではなかろうかと一瞬思ったけどそれを言ったら嫌がられるのは目に見えていたのでとりあえず杉元さんに疑われるようなことはしないでおこうとだけ心に決めたところで小さな理髪店が目に入り足を止めた。
「ハッ!!そろそろ髪切らなきゃッ!」
「……なんで今?」
「ちょっとあの床屋さんで切ってきていいですか?」
「駄目に決まってるだろ。馬鹿なこと言ってんじゃねえ」
「じゃあ杉元さん、その銃剣貸してください」
「ヤダこの子!何する気!?」
杉元さんに銃剣貸してもらおうとしたらどうしてか怖がられてしまった。髪を切ろうと思っただけなのに……。ならば尾形上等兵に、と後ろを向いたら「軍を抜けるなら髪なんか切らなくていいだろ」とご尤もな指摘をされ尾形上等兵殿は天才かな?と感心してしまう。でも今からまた伸ばすのかあ……中途半端な長さって逆に大変そう。切るか伸ばすか、選択肢ができたことに戸惑って短い毛先を指先で無理矢理遊ばせていたら白石さんに「髪の毛、伸ばしたことないの?」と尋ねられた。陸軍に入る前はそりゃ、人並みに女らしい恰好をしていたつもりだ。女物の着物を着てたし髪だってアシリパさんくらいの長さはあった。もちろん坊主頭になんてしたことがないのでこの状態から昔の長さ……アシリパさんくらいまで伸びるのにはどれくらいの時間が必要なのかなんて想像もつかないことだ。
尾形上等兵はどっちがいいかな、と気になってちらっと目を向けたけどそれくらい自分で決められないのかと呆れられてしまいそうな気がして言い出すことができなかった。まあ伸ばしてみて「似合ってない」って言われたら切ればいいか!と自己完結した私は誰にも聞かれてないのに「やっぱりこのまま伸ばすことにします!」と手を挙げて宣言してみた。
「それがいいよ~、折角可愛い着物も着てるんだしさ」
「谷垣が選んでくれたんですよ」
「買ったのはインカラマッだけどね」
「チカパシくんそれは内緒ッ!」
楽しそうにキャッキャと笑う私とチカパシくんを谷垣が何か言いたそうにじっと見ていたけどもう色々と諦めているのか特に口出しはしてこなかった。いやでも、この着物は良い趣味してると思うよ。ちょっと意外だったからもしかして谷垣って心は乙女なの?だから女の子の趣味がわかるの……なんて聞いていいのかわからず暫く悩んだものだ。肝心の尾形上等兵は褒めてはくれなかったけど……ま、最初から期待していたわけではないのでそこはどうでもいい。寧ろとんでもなくにべもない彼の口から「可愛い」なんて形容詞が飛び出した日にはいつもの癖で「具合でも悪いんですか?」なんて余計なことを口走ってしまいそうで怖いからノーコメントでお願いしたいところだ。
そのかわり、というわけではないけど白石さんは割としょっちゅう褒めてくれる。それはそれで容姿に関して褒められ慣れていない私には辱め以外の何物でもないのだがもしかしたら世間一般の婦女子にとってはこれが普通なのかもしれないのでむず痒い感覚に口元を歪ませながらも耐えることにしていた。
「、今度はよそ見するなよ」
「し、しませんよ……ここで置いていかれたら私もう、のたれ死んじゃいます」
「相変わらず方向音痴なのか」
「方向音痴がそんなすぐ治るわけないじゃないですか」
「難儀なもんだな……それよりなんだこの手は」
「はぐれないように……」
「子供か」
さりげなく尾形上等兵の外套の裾を掴んでいたらやっぱりばれていて即座に振り払われたのでちえっと舌を鳴らした。この人なりに私のことを気にかけてくれているというのは一応伝わっているから大して傷つくこともなく後に続く。尾形上等兵はそんな私を意味深な視線で一瞥して前に向き直った。
時々、私は試されているのではないかと思うくらいなにか言いたそうな視線を投げかけてくるけれど流石の私でもそれだけじゃわからない、わからないんですよ尾形上等兵殿。ちゃんと口に出さないと想いは伝わらないんですよ。だからほら、私を見習って……と背中に念を送ったけど特になにも起こらなかった。