暁より、愛をこめて

 の第一印象は最悪だった。初めて会ったとき、洋平が「こいつ女じゃん」と笑った途端何故か俺は顔面をグーで殴られ、2対1の乱闘が始まった。女でも容赦なく殴りつける俺たち兄弟に怖気づくでもなく、降参もせず、古年兵が止めに入るまで殴られ続けたのには敵ながらあっぱれを通り越して狂気を感じたものだが。チビでひょろっちい癖に態度だけは一人前な生意気女という印象は今でも変わらない。

「……よし、、軍服を脱げ」
「……はい?」

 ぽかん、と間抜け面になったが「え、なに、欲求不満?」と的外れな事を言いだした。なんだって俺がこんな馬鹿女の手伝いをしなければいけないのかと、早くも後悔し始めたがぐっと堪える。

「クソッ……いいからこれに着替えろよ」
「クソはこっちの台詞だよ。なんで急に悪口言われなきゃなんないの……で、これ何?病衣?何で?」
「脱走兵になる覚悟はあるか?」

 が何言ってるかわからないみたいな表情で俺を見つめる。クソ尾形に会いたいなら、第七師団を抜けるしかない。片足のない俺の前でなら、こいつに逃げられたとしても言い訳できる……はずだ。あの鶴見中尉をどこまで出し抜けるかは未知数だが。逡巡しているのか、の瞳は揺らいでいた。だが、ぐずぐずしていたら期を逃してしまう。

「尾形に会いたいんじゃねえのか」
「……うん、会いたい……けど……」
「お前は、クソ尾形と一緒の方がお前らしいぜ」
「……なにそれ、」
「しおらしいなんて、じゃねえ」

 昨日の敵は今日の友、ではないが、俺と洋平だけだった世界にはいつの間にかがいた。この世界がずっと続けばいいと思っていた。なのにどうして、あいつを笑顔にできるのは俺じゃないのだろう。ましてや洋平でもなく、よりにもよってクソ尾形が。うるさいやつがいなくなって清々したはずなのに、何故かはらはらと零れ落ちる涙が、俺の手に残る微かな体温を奪っていく。のいない病室はいつも以上に静かだった。