先日私たちが訪れた夕張で、炭鉱火災があったらしい。月島軍曹と江渡貝さんはそれに巻き込まれた。江渡貝さんはトンネルの中で岩の下敷きになり、そのまま亡くなったそうだ。月島軍曹が持ち帰ったのは江渡貝さんが作った偽物の刺青人皮だった。家主の居なくなった江渡貝邸には偽物を作った証拠が残されている。それを処分するための班が編成され、私と二階堂は再び夕張に向かうことになった。道中、二階堂はずっと洋平(浩平)の耳とお話していた。浩平はいつの間にか口元に耳を縫い付けた素敵仕様(浩平的に)のヘッドギアを江渡貝さんに作ってもらっていた。感想を求められた私は棒読みで「イイヨー似合ッテルヨー」と言ったけどそれがお気に召したらしくドヤ顔されてちょっと後悔したのは内緒だ。
私たちが江渡貝邸に到着したとき、すでに先客が居た。顔は確認できなかったようだが2、3名が中にいるらしい。月島軍曹の報告では杉元さんとそのお仲間に追われたせいで炭鉱火災に巻き込まれたらしいから、この中にいるのは杉元さん一派である可能性が高い。……不死身の杉元、か。杉元さんには尾形上等兵が大変お世話になったのでお礼参りしたいところではある。しかし自分も第七師団の一員としての任務を遂行しなければならない。個人的な恨み以外はないけど、許せと祈りつつ、屋敷の中に火炎瓶を投げ入れた。
「月島軍曹の報告通り杉元佐一がいた場合は絶対殺すなよ!!俺のだ!!」
これ邪魔したら二階堂の殺害リストに載るやつだわ。杉元さんを殺すことに関してはひと際狂気的な二階堂だからあり得ると思う。……この嗜虐性が命取りになりませんように。杉元さんへの殺意を漲らせる浩平を横目に、独り言のように「死ぬなよ」と呟いた。
「は離れたところから援護しろ」
「はい」
愛銃である三十年式歩兵銃を握りしめ、屋敷正面の木に隠れた。尾形上等兵を狙撃した感触がまだ残るこの銃は少し、使い心地が悪い。誰かが「上だっ!」と叫ぶ声が聞こえた。相手側にも狙撃手がいるのか。小銃を二階の窓へ向ける。暗くて良く見えなかったが、こちらに銃口を向ける人影が見え、私は狙いを定めて引き金を引いた。残念ながら命中はしなかったようで、人影は窓辺から離れて行った。正面玄関では二階堂たちが屋敷内に突入しているのが見える。炎につつまれる江渡貝邸からは尚も銃弾が撃ち込まれ、外にいる私たちは手が出せずにいた。二階に潜む狙撃手の位置を確認しようと木の陰からそっと顔を出した次の瞬間、頬に熱を感じる。
「痛ってえええええ!!!」
「顔を出すな!」
弾丸が目の付近と耳を掠めて、その場所が一気に熱くなり、あとからじんわりと痛みが広がった。隙のない狙撃は、嫌でも尾形上等兵を思い起こさせる。……いやいや、今は尾形上等兵の事を考えている場合ではない。死んでしまったら本当に二度と会えないのだから。戦闘中は余計なことを考えないようにしないと。小さく首を振って、もう一度慎重に屋敷の様子を伺っていると、別の場所で味方の兵士の銃が撃たれた。
「相手の狙撃手さんすごいや。やっぱり尾形上等兵みたい」
「感心してる場合か!お前尾形の弟子だったんだろう、お前も撃て!」
「いや~でも煙で何も見えないですよ?ていうかもう逃げちゃったんじゃないですかね」
「いいから撃て!」
陸軍での無茶ぶりはいつものことだけど、いくら尾形上等兵の一番弟子の私だってこんな黒煙がもくもくしてる中で精密射撃なんてできない。そもそも対象が見えないし。はあ、と大きめにため息をついて再び建物の中に目を凝らしたけどやっぱり何も見えなくて、苦し紛れに二階のガラスが割れている窓へ一発撃ちこんだ。ああ、こんな無駄撃ち、尾形上等兵に知られたら絶対嫌味言われる……寧ろ言ってほしい……。尾形上等兵の嫌味が恋しくなって空を見上げセンチメンタルな気分に浸っていたら「早くしろ」と頭をすっぱたかれた。やはり対象は逃げたあとだったみたいだ。建物をぐるっと見て回ると、鉄格子が外されている個所があった。まるで無理矢理引きちぎったようなあとがあって、杉元さんの仲間には熊みたいな大男でもいるのかなあと思いを巡らせる。正面玄関まで戻ると、地面を這いずる二階堂がいた。怪我でもしたのかと近寄ると、右の膝から下がなくなっていた。
「……に、二階堂……」
ぱちぱち、がらがらという火災の音に二階堂の絶叫が混じり合い、とんでもない不協和音が響き渡った。近くに居た私にも、なんと叫んでいたのかわからないくらい、浩平は取り乱していた。もしかして本当に杉元さんがいたのだろうか?