最果ての熱砂7

「最近、あちこちの漁場でヤン衆が殺されてるんだ。犯人は辺見という男に間違いない」

 なぜか顔面に怪我を負った白石さんが、辺見という入れ墨の囚人の情報を持ってきた。

「間違いないとなぜ分かる?」
「死体の背中には文字が刻まれていたのさ」
「文字?」
「ひょっとして、その文字は『目』じゃないか?」
「どうしてわかるんですか?」
「山で滅多刺しにされた死体を見つけたんだが、その背中に刻まれてたのが『目』だったんだ」
「叔父がその囚人に狙われないか心配だ。叔父たちは今、海岸に行っている。ニシンを追って海岸へ来た鯨を捕まえるためだ」
「クジラ?」
「よしっ杉元、海へ行こう!!クジラを食べに!!」
「アシリパさん?」
「……囚人を見つけに、じゃないんですね。あっ、その前に白石さん手当しましょうよ」
「うわあああちゃああああん!」
「鼻水垂れてんぞ。気を付けろよ
「うわほんとだ!鼻水つけないでくださいね」
「クーン……」

 海岸へ向かう道すがら、白石さんから辺見さんの特徴を教えてもらう。曰はく、「ごく普通の男」というのが第一印象だそうだ。

「その辺見という囚人は金塊に興味が無いと白石にも言っていたんだな?矛盾してないか?捕まらないように移動し続けるような用心深い奴が、なんだって他の囚人をおびき寄せるような手がかりを残すんだ?」
「辺見の頭の中なんて理解したくもねえな」
「もしわかったら自分も向こう側の人間てことですしね」
「飲んだくれてるただのブタだと思った白石が金塊の手がかりを持ってくるとはな。私の中で白石の地位はグッと上がってリュウのちょっと下だ」
「うれしいね」

 自分の評価が低すぎたせいか白石さんの声は震えていた。ちなみに自分はどのくらいですか……やっぱり怖いのでやめておこう。アシリパさんにただのブタとか言われたら立ち直れない気がする。波の音が響く海岸に着くと、アシリパさんの叔父さんからクジラの捕獲作戦に加勢してくれと頼まれた。ここへ来た目的は辺見和雄を探すことなのだが、結局手伝うことになり分かれて船に乗り込む。

「あの~、自分カナヅチなので残っていいですか?」
「そうなの?」
「杉元が助けるから安心して溺れていいぞ」
「ちょっとアシリパさん!こんな冷たい海に入ったら心臓発作起こしちゃうって!」

 アシリパさんは残念がっていたけど、やっぱり溺れるのに安心もへったくれもないので岸でお留守番させてもらうことにする。海岸から双眼鏡で様子を見ていたら、杉元さんがクジラに銛を突き刺しているのが見えたけど、そのクジラにみんなの乗った船がすごい勢いで引っ張られていって「危ない!」とか「アシリパさんが落ちちゃう!」とか誰にも届かない独り言を叫んでしまった。本当にあんな大きなクジラを獲ることができるのだろうか……とハラハラしながら観察していたら、今度は別の漁船に衝突しそうになり誰かが船から落ちてしまった。杉元さんたちは落ちてしまった人を救助し岸に戻ってきた。

「大丈夫ですか?」
「早く中に!」

 海に落ちたのは鉢巻を頭に巻いた優しそうなおじさんだった。極寒の海に落ちたのでは命の危機もあり得る。ニシン加工用のたき火がすぐ近くの漁場にあるらしく、急いでおじさんを連れて行く。……やっぱり、舟に乗らなくてよかった。海に落ちたと聞いただけで身震いしてしまって、自分もたき火にあたる。

「濡れた服もそこで全部脱いじまえよ」
「え……!?ここで服を?」

 濡れた服を着たままだと体が温まりづらいと思うのだが、杉元さんの提案におじさんは何故か動揺していた。どうやら人前で裸になるのが恥ずかしいようで、それを聞いた杉元さんが「毛布使う?」と自分の持っていた毛布を差し出した。杉元さんて、初対面の人にも優しいんだよなあ……自分はあんまり優しくしてもらえないけど。谷垣さんを連れてアイヌのコタンへ行った時に見た笑顔が幻だったかと思う程、杉元さんの柔和な態度が自分に向けられることは滅多になかった。冷たい……というわけではないのだけど、なんだろう、信用されてない的な感じだろうか。帝国陸軍も金塊を狙って動いているというので元陸軍の自分も警戒されているのかもしれない。

は寒がりなのか?」
「いや、海に落ちたって聞いたらなんか寒くなってしまって」
「寒がりならわざわざ北海道来ないでしょ」
「ははは……」
「毛布あれしかないからな……」
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」
「今晩泊まる場所も探さないとな」
「番屋に泊まらせてもらえたりしないでしょうか」
「さっきのおっさんに聞いてみよう」

 さっきのおじさんは親方さんに頼んでくれるらしくて、親方さんが戻るまで漁場を案内してもらう。ニシンの粕玉を切断する道具、玉切り包丁を、お試しあれと渡された杉元さんは一度高く振りかざしてから粕玉を真っ二つにした。なんか変な声が聞こえたきがしたけど、なんだろう?と思いつつ、私は玉切り包丁に興味津々だったので気にとめなかった。剣士故なのか、自分だけなのかはわからないけど、こういう切れ味の良い刃物には目がない。

「それ、自分もやらせてもらえませんか?」
「ええ、もちろんです……どうぞ」
「大丈夫?結構重いよ?」
「自分も剣士の端くれですから、これくらい……平気……です!」

 玉切り包丁は想像してたより重たくて、油断していた私は杉元さんから受け取った瞬間足元がふらついてしまう。けど剣士の端くれですからとか大見得切った後だったので下っ腹に力を入れて踏みとどまった。これは、杉元さんのように振りかぶったりしたらそのまま後ろに倒れる奴だと判断し、刀を振るうように慎重に頭上まで持っていってから力を抜いて、自重で切る作戦にした。ストン、と落とした玉切り包丁は粕玉を一刀両断した。なんという切れ味。綺麗な切断面を自慢するように杉元さんを振り返る。

「……ほら!」
「今、よろけなかった?」
「気のせいです」
「あんた、元軍人の割には細すぎだよな」
「ちょっ、くふっ、やめ」

 杉元さんが私の筋肉を確かめるようにわき腹を触ってきて、変な声を出してしまった。わき腹弱いのでやめてください。と声にならない声をあげていたらアシリパさんが「その辺にしておけよ」と止めに入ってくれた。漸く手を離した杉元さんは何か考えているようだったけどきっとこいつなら一撃で倒せそうとか思っていたに違いない。