床に臥せる谷垣さんは、第七師団歩兵第27聯隊の小隊長、鶴見中尉のことを話してくれた。情報将校でもある、というのでかなり頭のきれる人物なのだろう。白石さんの話を聞く限りだとかなり変態度高めだと思うのだが、あれか、天才と変態は紙一重的なやつかもしれない。アシリパさんのおばあちゃんから聞いた、金塊に関する言い伝えでは当初の噂よりもっと多くの金塊が眠っている可能性があるというが、その鶴見中尉は2万貫との推測を立てているらしい。桁が大きすぎてよく分からない。2万貫あったら、日本一周、いや世界一周してもお釣りがくるのかなあと頭の悪い考えが巡る。それくらい非現実的な数字だった。普通に暮らしていたらそんな大金にはお目にかかれないし。白石さんもその金額を聞いて体勢を崩し、柱に頭をぶつけていた。
今所在が判明している刺青人皮は5枚だ。後藤とかいう酔っ払い、白石さんも名前を覚えてない雑魚(ひどい)、二瓶鉄造、不敗の牛山、33人殺しの津山。変態中尉こと鶴見中尉が着用していたというのが津山の刺青人皮らしい。私も改めてその不思議な暗号の刺青を観察した。杉元さんの言うように地図に見えなくもないが、やはりこれだけでは何もわからない。
「旭川の第七師団本隊を乗っ取るとか言っていたらしいが、それでどうするんだ?」
「……」
「金塊がそんなにたんまりあるんならよお、お仲間と山分けして遊んで暮らそうって発想にならんのか?なんだって第七師団を乗っ取ろうなんて物騒なことを……なにがあった?」
「旅順攻囲戦だろう」
日露戦争の203高地攻略戦。9日間で日本軍1万5千人の戦死者を出したという。そして、203高地の山頂に旗を突き立てたのが鶴見中尉だ。203高地に奉天会戦と激戦地で勝利に貢献したはずの第七師団はその後悲劇的な運命を辿ることになる。元第七師団長花沢中将の割腹自殺、陸軍内での冷遇。鶴見中尉の目的は、報われない戦友たちの救済だというのだ。
「お前らが何のために金塊を見つけようとしているのか知らんが、鶴見中尉の背負っているものとはおそらく比べ物にならんだろう」
鶴見中尉の描く理想はご立派なものだと思う。けれど、その先は?その軍事政権は果たして維持できるのだろうか?そんなものできれば中央が黙っているわけがない。……頭の悪い私に思いつかないだけで、鶴見中尉は先の未来まで見通せているというのだろうか。難しいことを考えるのは苦手だ。なんだか眠くなってしまうから。ふう、と小さく息を吐いてそれ以上の考察は断念する。知らない内に体に力が入っていて、刀を握りしめた手が震えていた。杉元さんも何か思うところがあるようで、外へ出て行った。杉元さんも日露戦争の帰還兵だと言っていたからそこで何があったのか、言われるまでもないだろう。そのあとから白石さんとアシリパさんも出て行って、残された私はふと谷垣さんに目を移した。未だ顔色が良くない谷垣さんの額に脂汗が滲んでいたのでそっと拭うと小さな声で「すまない」と呟くのが聞こえた。この軍人さんも第七師団といっていたけど、鶴見中尉の印象が強烈すぎて麻痺しているだけなのか、至って普通の人間に見える。
「その銃と刀……女が持つには重いだろう……」
「まあ、そうですね。ちょっと肩こりますけど」
「!オオワシを捕まえにいく!一緒に行くか?」
「オ、オオワシ……?って、食べれるんですか?」
「当たり前だ!」
「わかりました、お供します」
「早く支度して来いよ!」
「賑やかなやつらだ」
「ははは、本当に」
顔色は優れないものの、表情が若干和らいだような気がした。アシリパさんを人質に取られたりしたせいで第一印象最悪だったけど、根は悪い人ではないのかもしれない。
オオワシの捕獲は忍耐が必要らしい。とにかく待つ、待つ、待つ。そしてチャンスが来た瞬間、鉤をワシの足首に引っ掛ける。それはどことなく狙撃手の戦術に似ていると思う。まあ、自分には狙撃の才能はないんだけど。結局その日、オオワシはエサを食べにこなかったので、私たちは鷲猟用の小屋に泊まることになった。アシリパさんは伝説の巨鳥「フリ」の物語を怖い話風に語った後寝落ちしてしまった。
「ああ!?もしかして……俺を「必要だ」ってのは湯たんぽがわり?」
「いまごろ気づいたのか」
「白石さん温かいですからね~」
「そういえば、あんたも元陸軍なんだろ?どこの所属だったんだ?」
「えっ!?そうなの?」
「えっと……」
「まさか、第七師団とか言わないよな」
「……第二師団です」
「そうか……もしかしたら、あんたとも会ってるかもな」
「そうですね」
「え?まじで?」
「何だよ白石、別に珍しいことじゃないだろ?」
「いやだって……」
「ふぁあ……すみません、自分ももう限界です……」
「あっ、おいずるいぞ!」
寝落ちした私は次の早朝杉元さんの声で目が覚めた。杉元さん、完徹したんですかすごいや。と思ったら杉元さんも寝落ちしててたまたま起きたらしい。アシリパさんが巨大な鳥に攫われそうになるという事件もあったが、私たちは無事オオワシの捕獲に成功して煮込み料理を堪能した。足の食べ方がよくわからなくてとりあえず爪が邪魔だった記憶しかないのは残念だが。