杉元さんたちのもとへ戻ると、杉元さんと白石さんが遠い目をしながら食事をしていた。
「一足遅かったな、残念だがの分はなくなってしまった」
「ええ……?自分、ご飯抜きですか?」
「安心しろ、鹿の肺ならまだ残っている」
……一体何が安心なのかわからないが、そんな満面の笑みで首を傾げられては受け取るしかない。自分の顔くらいはある鹿の肺を恐る恐る受け取る。杉元さんと白石さんは感情のこもっていない顔で自分をじっと見ていた。動物の肺なんて食べたことないんだけど……てかこれ生で食べるものなの?ドキドキしながらアシリパさんを見るとすっごい笑顔を向けられていて、あ、生なんですねと察した私は意を決して噛り付いた。
「どうだ?、ヒンナか?」
「…とても、ヒンナです……」
二人のあの顔の理由がわかった気がした。鏡はないが多分自分も同じ顔してると思う。
「次はチタタプを食べさせてやる」
「出ましたチタタプ!」
「……なんでそんなテンション上がってるんです?」
「鹿のチタタプはセウリといって、主に鹿の気管を使ったものをいう」
……アイヌ文化は驚きの連続だ。アシリパさんが口にした「チタタプ」とは、我々が刻むものという意味らしい。杉元さん、私、白石さんと一人ずつ肉を刻んでゆく。やってみると楽しい反面、イマイチやめ時がわからない。
「どれくらいやればいいんですか?」
「好きなだけやればいい。好きな時に代われ」
「じゃあ、はい、白石さん」
「チタタプって言いながら叩くんだぞ、白石」
「肉が食いたいんだけど・・・」
「一応これも肉の部類では?」
「そうじゃなくてえええ!」
「チタタプって言えぇ!!」
「あ……!勝手に飲んでる!!」
目を離した隙に日本酒を飲んでしまったアシリパさんが真っ赤な顔で突然叫んだ。酒が入りガラの悪くなったアシリパさんは嫌味をいいつつも「食えオラ!」と一番いい部分の肉をくれた。
「ウマイッ」
「多少の臭みがあるが柔らかい肉だな~」
「肉!って感じですね!」
杉元さんと白石さんも酒を煽り、みんな赤ら顔になっていた。自分は下戸なので遠慮していたけどそんな美味しいものなのか。
「おい杉元ぉ、チタタプ残ってるぞ、全部食えッ!」
「もうオナカいっぱい」
「なにぃ?」
杉元さんのおなかいっぱい発言に「お前ッ!」とビンタをお見舞いするアシリパさん。でもそれ白石さんですよ。
「懸命に走る鹿の姿!内臓の熱さ!肉の味!全て鹿が生きた証だ!全部食べて全部忘れるな!!それが獲物に対する責任の取り方だ!」
「……もし俺が死んだら、アシリパさんだけは俺を忘れないでいてくれるかい?」
はっとして杉元さんを見ると、とても優しい目をしていた。この人の過去に何があったのか知らないし、きっと話してもくれないんだろうけど、今はアシリパさんが支えになっているんだろう。そう思うと自然に笑顔がこぼれていた。
「ヒンッ!!死ぬな杉元ッ!!」
「俺は不死身だ!!」
「不死身だってさ、アシリパちゃん。ほらほらチタタプ食いな!」
「まむまむまむまむ、チタタプ、うまーーーいッ」
屋根を突き破るアシリパさんを見て私は頭を抱えた。だめだこの酔っ払いども、めんどくせえ。どうか絡まれませんように。そんな祈りが届いたのか、白石さんが話題を切り替えた。
「そうだ杉元、そもそも俺がここに来たのは・・・街である情報を掴んだからだ」
「情報?」
「金塊の暗号を体に彫られた、囚人の情報さ」
「きん…………かい?」
「忘れてんじゃねえよオイ!!」
お酒はあまり強くないのか、べろべろの杉元さんは記憶が飛んでいたようだが白石さんの会話でだんだん正気に戻っていった。白石さんの口から出た「悪夢の熊撃ち二瓶鉄造」という囚人の名前にアシリパさんも反応した。アシリパさんも酔いが覚めてきたのだろうか。まだ突き刺さったままだけど。しかし、二瓶鉄造の武勇伝には背筋がゾッとした。話だけでも伝わる恐ろしい執念。それが初老の男といのうも驚きだ。
「アシリパさん、昼間見た男かも……兵士の装備をした男の連れだ」
「そうだ!それともうひとつ……「もし白い狼の毛皮が手に入ったらいくらで買う?」……と毛皮商に聞いていたらしいぜ」
「それって、レタラのことなんじゃ……」
「何でそれを早く言わない!!」
「そうだぞ白石!てめーは「フプチャの刑」だ、噛めオラ!!」
「えぇ?屋根じゃんそれ」
これフプチャっていうんだーと思っていたら白石さんが口にそのフプチャの葉っぱをねじ込まれて「ばあああああああ!」と奇声を発している。アシリパさんはレタラを心配して不安気な顔をしていたが、結局今日はもう遅いということで朝を待つことになった。
「そう言えば、自分その入れ墨って見たことないんですがどんな入れ墨なんですか?」
「あれ、そうだったのか?おい白石、見せてやれよ」
「えぇっ!?俺を脱がすなんて……」
「なんで恥ずかしがってんだよ、ほれ」
「いやああああ」
「おお、これは変わった入れ墨ですね」
不規則に走る滑らかな曲線と、これまた不規則に散りばめられた漢字。まさに暗号だ。
「これに、金塊の在処が」
実をいうと、私はまだこの話を信じていなかった。
「ちゃんは金塊に興味ないって言ってたけどさ、もし見つかったらちょっとは貰った方がいいぜ」
「……そう、ですかね」
金塊なんて自分には必要ない。そう思って曖昧に言葉を濁す。綺麗な曲線を人差し指ですうっとなぞったら、白石さんが変な声を上げて杉元さんにしばかれた。