「ちゃんてさ、なんで用心棒なんかしてるの?」
「なんというか、その、なりゆきですかね……」
杉元さん奪還作戦終了後、白石さんを迎えに行った私はアシリパさん、杉元さんと合流するべく山に向かっていた。白石さんは人見知りしないというか、気さくなあんちゃんって感じで、道中色んな話をしてくれた(主に無駄話なので具体的になんの話をしたかはあまり思いだせない)。話の流れで、用心棒をしていると言ったところで冒頭の質問である。別に人に言えない過去があるとかいうわけでもないけれど、今日出会った他人に話すのもどうかと思い適当にお茶を濁したのだが、白石さんは片目をぱちんと閉じてみせてから「まあ、こんな時代だし、いろいろあるよね」とかちょっと気の利いた台詞で話を終わらせた。胡散臭いところはある人だが空気は読んでくれるらしい。
「しかし、あの鶴見とかいう変態中尉……正直あんまり関わりたくないな」
「そうですね……ていうか、さっきの話本当なんですか?」
「本当だって!いや~あれには参ったね、愛の狩人と呼ばれるこの俺にもあれは無理だよ」
愛の狩人ってなんですか?と真顔で聞きたい衝動に駆られたが反応したら負けな気がしたのでとりあえず愛想笑いをしておいた。杉元さんが兵営で騒ぎを起こしたあと軍服をかっぱらい、刺青人皮を探していた彼が見たのはその刺青人皮を軍服の下に着用した鶴見中尉とかいう危ない将校だったらしい。額当てを付けた不気味な男だったというので、恐らく自分が見た男と同一人物だろう。第七師団に額当てをつけた変態が複数いれば話は別だが。しかしいくら狙われている刺青人皮を守るためとはいえまさか身に付けるという発想が生まれるとは……自分の中で第七師団の印象が益々危険な集団になっていくのを感じた。
「お、いたいた」
白石さんが杉元さんとアシリパさんを見つけて手を振る。二人の傍らにはレタラの他に馬が居た。杉元さんが乗ってきた馬橇の馬だ。その軍馬の処遇について、提起したのは白石さんだった。売ったらアシが付くから連れて行こうという杉元さんの意見に、白石さんは目立つからという理由で反対する。この馬には気の毒ではあるが私も白石さんに賛成だ。たしかに馬がいれば何かと便利な面もあるけれど今回は事情が特殊すぎる。軍馬というのは特別な調教を受けた馬であり外見は他の馬と変わらずとも決定的な違いを持っている。それに私たちの気付いていない身体的、或いは性格的特徴がこの馬にあったとしたら、それこそアシがついてしまうだろう。極めつけにアシリパさんが「レタラにもご褒美をあげたい」と言うと杉元さんは悲しげな顔をしていたが反論はしなかった。きっと彼も内心わかっているのだと思う。白石さんは持っていた拳銃で馬を撃った。たぶん、これも第七師団のものだろう。
「馬肉と言ったら桜鍋やっぱ桜鍋だよな!?」
と、今にも涎をたらしそうな顔で白石さんが提案する。馬肉は食べたことがないのだが、すき焼きは好きだ。すき焼きを食べたことがないというアシリパさんが生唾を飲んだ。最後にすき焼きを食べたのがいつだったか思い出せない私も、その味を想像すると自然に唾液が溢れてきた。卵を調達すると言って白石さんが去った後、杉元さんとアシリパさんの間に気まずい沈黙が流れる。まだ二人の間のわだかまりは解消していないらしい。こういうのは苦手だ。これから金塊を探す旅に同行するために身の回りを片付けておく必要もあるので申し訳ないと思いつつ私自身もその場から離れることにした。
「すみません、自分も店に挨拶してきますので、ちょっと失礼します」
「あ、おぉ……」
「桜鍋とやらができる前に帰ってこいよ」
「了解です」
自分がこの町に流れ着いたのは昨年の秋頃だった。
自暴自棄というほどではないけど何もかも失って何もかも嫌になって、実家から持ち出した愛刀と愛銃を背負い東京からはるばるやってきたのだ。広い北海道の中で小樽を選んだのも特に理由はない。強いて言うなら大きな町だから、だろうか。半年ほどの短い間ではあったが世話になった店の主人たちに別れを告げたら思いのほか寂しがられてしまった。用心棒なんていっても、大したことはしていなかった気がするけど、雰囲気に流されて涙目になってしまったのが恥ずかしくて雪に顔を突っ込んでおいた。杉元さんたちのところに戻ろうとした途中でばったり遭遇した白石さんに「顔真っ赤だけどどうしたの?」と心配されてしまってそこで初めて、どうやらしもやけみたいになっているようだと気づいた。でも泣いてると思われるよりはいいか、と思いなおす。それよりも桜鍋だ。白石さんはたくさんの戦利品を抱えていて、こういう才能もあるのかと私はつい感心してしまった。たしかに彼は話術に長けているのでそこは正直羨ましいとさえ思う。
白石さんと桜鍋の食べ方について花を咲かせつつ元の場所に戻ったが、杉元さんとアシリパさんはまだ気まずい雰囲気のままだった。思ったより長びいていたので内心もう少し時間潰せばよかっただろうかと後悔しながら食事の準備に取り掛かる。
「なんなんだ!?お前ら、雰囲気悪いぞ!これからご馳走だってのによう、まだケンカしてんのか?」
うまい鍋食って仲直りしようぜッと星を飛ばした白石さんがなんだかかっこよく見えてきたので目を擦る。本当に空気を作るのが上手い人だなあ。……顔が少しムカつくけど。
白石さんのおかげなのか桜鍋のおかげなのか、どちらかはわからないが、鍋が出来上がる頃になると二人はもう元の調子に戻っているようだった。甘辛い匂いに自然と食欲が刺激され、私は馬肉が鍋の中で桜色になっていく様を待ちきれない気持ちで見守る。食べごろになった馬肉を溶き卵にくぐらせて、漸く口の中へ入れた。お、美味しい……。久々に食べたすき焼きのあまりの美味しさに言葉も出ない。新鮮な馬肉というのも影響しているのだろうか。しかし、白石さんの「味噌」という単語にアシリパさんの表情が固まった。
「アシリパちゃん、味噌が嫌いなの?」
「嫌いというか、うんこだと思ってる」
「あぁ、見た目がね……」
「すまんすまんアシリパさん、肉はまだたくさんある。味噌なしで作りなおそう」
「待ってください、杉元さん!あれ……!」
「はっぷ、はっぷ……」
長い長い葛藤のあと、アシリパさんは味噌味のオソマを口に入れ、数秒間咀嚼した。なんだかよくわからないが緊張しながら見守っていると、ごくんと飲み込んだアシリパさんは「オソマおいしい」と満足そうな笑顔を浮かべたのでほっと胸を撫で下ろす。その晴れ晴れとした表情に謎の感動すら生まれてしまい、杉元さんなんかは涙ぐんでいた。
「ヒンナヒンナ」
「ヒンナですね」
「オソマおかわり!」
ちょっぴり大人になったアシリパさんはお腹いっぱいになるとうつらうつらし始め、とうとう眠り込んでしまった。すやすや眠る顔はまだあどけない少女だ。寝返りを打ってずり落ちた毛皮を杉元さんがかけ直した。そこだけ見ればとても微笑ましい光景なのだが、その杉元さんが血まみれだから全然ほっこりしない。
「す、杉元さん、その血……」
「ん?明日になったら洗うさ」
血みどろの自身を全く気にする様子がないのでこれって自分が気にし過ぎなのかと不安になる。若干引いている私に構うことなく、杉元さんは残りの馬肉も平らげていた。なんで私の方が気にしてるんだろうと急にばからしくなり、私も馬肉を堪能することにする。
次の日には白石さんが町へ行くというので自分も途中までついていくことにした。銃を使うことはあまりないが、装備は万全にしておきたいので弾薬を補充することにしよう。あとは、この着古した洋服もそろそろ買い替えたいと思っていたところだ。
「ちゃんは男装のままなの?用心棒は辞めたんだし、女物着たらいいのに。絶対綺麗だよ~」
「自分はこのままでいいです。動きやすいし」
「動きやすいっていっても、男物だよ?ぶかぶかじゃん」
……確かにサイズはちょっと合ってないが、他に代用品がないので仕方がない。いろいろ試した末、この書生姿が一番楽だという結論になり、ここ数年この服装で過ごしている。何といっても、手に入りやすいというのがミソだ。だが動きやすい・すぐに替えがきくという機能性重視の理由に白石さんはあまり納得がいっていない様子だった。
「でもさ、ちょっと考えておいてよ。ちゃんのドレス姿とか見てみたいから!」
「……いやドレスはちょっと」
あんなひらひらごてごてな洋服、似合うわけがないし刀も銃も持てないし。私としては着るための理由が見つからないので苦笑いしかできない。
「じゃあ俺がプレゼントしたら着てよね!」
ぱっちんと片目を閉じて上機嫌のまま去っていく白石さんを見送り、そんなお金ないくせに……本当にお調子者だなと若干呆れつつお目当ての銃砲店へ足を向けた。