最果ての熱砂23

 アイヌになりすましていた男たちはすっかり皆殺しにしてしまった。杉元さんが殺してしまったわけではないらしいが、私たちが会いに行こうとしていた熊岸長庵も毒矢に当たり死亡していた。その死体やらなんやらで荒れに荒れた村の中の片づけを私たち全員で手伝う。……つもりだったが私は安静にしてろと言われてみんながやっているような重労働は手伝わせてもらえなかったので、左肩に負担のかからない仕事はないだろうかと考えた結果、壊れた子熊のオリの残骸を片付けることにした。村の端で男たちを埋葬している杉元さんたちから少し離れた場所でかつてオリだった丸太を1本ずつ脇に抱えて移動させる。片手でできるといってもこれもかなりの重労働だ。長くて持ち上げられないものには紐を括って引きずっていく。そうやって少しずつ片付けを進めていると杉元さんがこちらの様子を見にやってきた。

「動くなって言ってるのに……」
「だって、一人だけ休んでるわけにもいかないじゃないですか」
「また傷が開くぞ」
「そうならないように右手だけでできることをやってるんですよ」
「……あんたも強情だな」
「杉元さんこそ」

 はあ、と息を吐いた杉元さんは私が引きずっていた丸太の反対側をひょいと持ち上げた。「どこに運ぶの?」と聞かれ死体を埋めているのとは別の場所を指さす。その口調には怒気の混じっている様子はなく私はほっとして足を踏み出した。尾形さんも言っていたけど杉元さんは過保護である。アシリパさんに対してはまだ理解ができるのだけど、彼女ほどではないが自分にもそれが向けられているのがよくわからない。そんなに私って子供っぽいのかな?

「俺は傷の治りが早い方だけど、は違うだろ?」
「まあ、普通、でしょうか」
「じゃあ無理しちゃだめだよ」
「別に無理してるつもりはないのですが」
「それは、陸軍にいたせい?」
「…………どうなんでしょうね。陸軍じゃない自分が想像できないのでわかりません」
「そっか」
「あの……心配してくださるのは有難いのですけど、自分の限界くらいわかってるつもりなので放っておいて構わないですよ」
「でも、なんかって死に急いでるみたいに見えるんだけど」
「……そうですか」
「否定しないのか?」
「多少自覚はあります」

 杉元さんのように「なにがなんでも生き残ってやる」という気概など私にはない。ここまで生きてこられたのが不思議なくらいである。家族も失くしてしまった私はたしかに彼の言う通り死に急いでいるのかもしれないし私自身それでいいや、なんて半分諦めたようにしていたから指摘されたところで「あ、やっぱそう見えてたんだなあ」くらいにしか思わなかった。暫く無言になった私たちが丸太を置いて戻ろうとしたとき、杉元さんが再び口を開く。

が突然死んだらアシリパさんも白石も悲しむよ」
「杉元さんは悲しんでくれないのですか?」
「……たぶん、悲しいと、思う」
「あはは、なら、安心して死ねます」
「いやだからさ……死んでほしくないって話なんだけど」
「人はいつか死ぬものですよ」
「そんな先のことを言ってるんじゃないんだよ俺は」

 さきほどまでとは違うトゲトゲしい声に思わずぽかんとしていたら杉元さんはそんな私を見てはっとしたように「ごめん……」と呟き戻っていった。しまった……吃驚しすぎてお礼を言い損ねた。




「……で、杉元は何を怒ってるんだ?」
「えーと、価値観の相違?ってやつでちょっと……」
「なんだそりゃ」

 ヤクザたちから解放してくれたお礼にとオオウバユリを使ったアイヌ料理でおもてなしを受けていたところで、私の隣に座っていた尾形さんが面白そうにそう言った。アシリパさんの前だといつもの杉元さんなんだけど、私に対してはちょっと気まずそうというか不機嫌そうというか……なんといえばいいのだろうと考えていたが、当然と言うべきなのか尾形さんも気付いていたらしい。その原因が「価値観の相違」で正しいのかは正直なところ自信がなかった。ただ、私が自分の命を軽んじていると思われたことが一端なのは確かだと思うし、私はそれを否定しない。必死で生き抜いてきた杉元さんにとって私のような死にたがりは理解し難いのだろう。だから、きっとこれは私と杉元さんの死生観の相違なのだと思うことにした。
 それはそれとして、だが……私は杉元さんに謝った方がいいのだろうか?……一体何に謝ればいいのかわからないけど……死にたがってることに対して?いやでもこれは変えるつもりがないから解決にならないだろうし。だとすると杉元さんと分かり合える日はこないのかもしれない――――。「それは嫌だな」と思っている自分自身に吃驚して、私はお団子を食べようと口に運んでいた途中の手を止めた。

「まあ、価値観の合うやつなんざそう出会えるもんじゃねえよ」

 尾形さんがぽつりと零したので、初めてこの人と意見が合ったような気がして「そうですね」と少し笑った。私たち以外が杉元さんのオソマで盛り上がっている間、私と尾形さんは黙々とアイヌ料理を食す。尾形さんが陸軍に入ってどのくらい経つのかはわからないけど、誰かに話しかけられない限り食事中に無駄口をたたくようなことをしないのは軍隊生活が長かったせいだろうか。自分自身もその習慣が身についていたので、みんなでおしゃべりをしながらゆっくり食事をするというのはアシリパさんたちと出会ってから初めて経験したことだったけど、それも悪くないななんて思っていた。尾形さんはもしかしたらそういうのがもともと苦手なのかもしれない。
 最近、戦場の夢を見る回数は減っている。それが何故なのか、考えなかったわけじゃないけど、答えはまだ出せていなかった。当初の予定通りアイヌのコタンで一晩宿を借りた私たち6人は一つのチセの中で休んでいたけど、みんなの寝息の中ゆっくり目を開けた私はあ~やっぱり眠れないとため息を吐きながら起き上がる。尾形さんは寝ているのかそうじゃないのかよくわからないほど静かだがそれ以外のみんなは割と大きめのいびきをかいたりすうすうと寝息が聞こえるので、起こさないようにそーっと寝床から抜け出した。減っているとは言ってもなくなったわけではないし、寝つきが良くなったわけでもないので夜中に抜け出すのは相変わらずである。




 適当な場所を見つけ座り込んだ私は膝を抱えて顔を埋める。今日は空を見る気分じゃない。あの時みたいに迎えに来てくれたらいいのに……なんてあり得ないことを考えているうちに、私は眠りに落ちていた。